第2話序章2

 数日後の6月上旬のことだった。そろそろランチタイムという時間帯になり、由香と共に準備をしていた西田は、テレビから流れていた、11時半の民放全国ニュースのトップニュースに目が止まった。


「今朝の8時頃、札幌市西区山の手地区にあるスーパーマーケットの駐車場の裏で、女子児童と見られる遺体が発見されました。首に紐の様なもので絞められた痕が見られることから、殺人事件と見られています。遺体の状況から、昨夜遺体発見現場で殺害されたものと見られ、現在身元の確認を進めている……」

昔の癖か食い入るようにニュースに食いつく西田を尻目に、由香は、

「あら、西区だったら、吉村さんが居る札幌西署の管轄内かしら? 忙しくなりそうで、しばらくうちにはなかなか来られないかもね」

と、他人事の様な言い方をした。


 吉村とは、フリーライターの竹下同様、以前西田の部下だった刑事で、今は札幌西署に勤務している。階級は警視。役職は刑事・生活安全官と呼ばれる、都道府県警本部(北海道の場合、各地方方面本部含む)における管理官の、各所轄、つまり各警察署内における同等の役割のポジションに就いている。元々正義感が強い一方、やや軽薄染みた言動や振る舞いも多く、知性溢れるエリートとは言い難い面もあるが、知能そのものは問題無いタイプだ。同時に、西田と共に以前刑事として大きな実績も挙げたことから、今の地位まで昇り詰めた。ただ、西田からは頼りなく見える一方、警察OBとしての伝手つてを頼って聞く現在の吉村の評判はそれなりに高く、西田が現役時代に直接見ていた頃よりも、刑事として格段に成長しているのだろう。


「まあそもそもの話が、50越えた管理職の刑事デカが、頻繁に店に来て時間を潰してること自体がおかしいんだから、これを機に少しは本業に身を入れてもらわんとな」

ニュースを最後まで聞き終えた後、西田は溜息を吐きながら、目の前に居ない元部下にそう苦言を呈しつつ、せわしなくテーブルを拭いていた。一方で何だかんだ言いながらも、事件のことが頭の片隅から離れる事は無かった。


※※※※※※※


 午前10時半から午後8時半まで開けていたマチュアを閉めた後、妻と共に店から徒歩で数百メートルの距離にある自宅マンションに戻った西田は、早速9時以降のニュース番組をハシゴしながら、情報を収集し始めた。


 事件の経緯を振り返るVTRが流れた後、札幌西署の前に詰めている記者とスタジオのキャスターのやり取りという、大事件が起きる度に見せられる決まりきったパターンを西田は凝視していた。隣に座っていた古女房はと言えば、退職してから数年経っても、大きな事件があると昔の癖が抜けない夫を冷めた目で横目に見ていた。ただ、長年の夫婦生活から得た教訓として、今更何を言っても聞く耳を持たないことを知っているので、そんな夫の様子を見なかったかの様に、すぐにスマホをチェックすることに余念が無かった。


 一方の西田も、実は店に居る間も暇を見つけてはテレビやネットをチェックしていた。改めて、夜の時点で何か新たな情報が上がっていないか注目していたのだが、夕方のニュースで判明していた以上の情報は出ず、既に知っていることがリピートされているだけだった。


※※※※※※※※※※※※※※


 殺害されたのは、三島紫苑しおんという、現場近くのマンションに住む10歳の女子児童であった。母親は同居しておらず、父親と共に暮らしていたが、彼が飲食店を経営していて、いつもの様に朝まで家に戻らず気付かなかったらしい。父親が帰宅する前に登校することも多かったそうで、それが一晩中帰らなかった娘に対して、家庭側から何のアクションも無かった理由らしい。


 元々友達が家に帰る平日の時間帯は、1人で過ごすことも多く、遺体が見つかった照明が付いているスーパーマーケットの駐車場の植え込みなどで1人で遊んでいる姿が目撃されることも多かったようだ。スーパーの店員もよく女児を目にしていたが、基本的に放置されていたらしい。更にこの日は、夕方の前から友達と現場付近で既に遊んでいたという。その後一度帰宅してから、また現場に戻って1人で遊んでいたと思われる。


 遺体発見現場自体は、駐車場の裏側の6畳程のかなり手狭な空き地というより空き空間とのこと。隣にあるファミリーレストランの裏であると共に、駐車場からもファミリーレストランからも死角であり、スーパーの駐車場の監視カメラの圏外でもあった。更にファミリーレストラン側の道路から、敷地内に入ることなく、細道のようなすき間を通って殺害現場まで行けるので、スーパーの監視カメラに映らずに現場へたどり着くことが出来るらしい。一方で、ファミリーレストランの厨房の灯りが多少漏れるせいで、夜でも十分視界は確保されるレベルだったとのこと。元々この空間に不法投棄のゴミが捨てられることがあり、スーパーの店長が店を開ける前にいつもの様に確認しに行ったことで、早期の遺体発見となった模様だ。


 女児が登校してこなかったことと、ニュースで女の子が殺害されていたことを知ったクラスの担任の教師から確認の電話を受けた父親が、警察に連絡したことで身元が判明していた。死因は紐状のモノによる絞殺と見られていた。検死やスーパーの監視カメラの範囲内で一部時間帯に映った分の女児の姿から、昨夜の午後10時以降から日付が変わる前辺りの時間帯に殺害されたものと見られた。着衣はあったが、やや乱れがあったと共に、遺体には「体液」が残されていたらしい。当然、このパターンでの体液とは、ニュースでは直接表現していないが「精液」のことであることは、一般人は勿論、西田の経験上でも確信していた。つまり、性的いたずら目的による殺害の可能性は十分窺えたのだ。


 横でスマホを見ていた由香は、

「ホント、最近こういう酷い事件が多くイヤになるわね。子供がこんなに少なくなったのに変態は減らなくて」

やりきれない表情で話し掛けてきたものの、西田は生返事をしたままニュースを注視していた。ただ、現場に精液が残っている以上、この手の犯罪者は同じことを繰り返す習性があり、「前(歴)があれば、それほど難しくない事件かもしれない」

と、何だかんだ言いつつも、後輩の捜査の進展が楽であることに期待していたのは、元上司としての愛情故だろう。


 科捜研が持っている現在のDNA鑑定の高い技術を前提にすれば、近年の性犯罪を中心に逮捕歴のある人物のDNA情報はしっかりと警察側にデータとして保管されており、該当するデータがあるのなら、日数を掛けることなく炙り出されるはずだからだ。また、殺害から日が経っていない状況からしても、精液の状態は間違いなく良いはずで、より容易な鑑定となるだろう。無論、該当人物のデータが警察にあればの話ではあったが、実際、事件は数日後に一気に動き始めることとなる。

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