第3話序章3

 事件発覚から4日後の午後、札幌西署に置かれた捜査本部は、現場に残されたDNAと一致した、高須 義雄・41歳(以降、「高須」単独名義では「義雄」のことを指す)を逮捕した。高須は札幌を中心に北海道を代表する不動産会社の「高須リアルティ」の常務取締役だったこともあり、西田も含め世間からは驚きを以て迎えられた。


 また、ここ2ヶ月の間、3、4日に1回程度現場スーパーの駐車場の防犯カメラに高須が車で訪れていたことも記録されていた。当然の目的でなくてはならないスーパーでの買い物も、「申し訳程度」の数量しかしない上、車を降りた後何の買い物もしないまま駐車場を出ていくことすらあり、あくまで買い物はカムフラージュとして、獲物を「物色」していた可能性があると見られた。


 ただ、殺害事件当日(前日)には防犯カメラには高須も車も映っておらず、またそれまでも女児と直接接触したと見られる映像は一切なかったので、この点についてはあくまで状況証拠の1つとしか言えなかった。


 一方で、報道された「体液のDNAが一致した」という情報は、少なくとも道警に高須のDNAデータが以前からあったということを意味していた。これは高須に何らかの前科もしくは前歴、しかもおそらく性犯罪関係のそれが近年あったことをも意味していた。


 高須は、高須リアルティの代表取締役社長である高須 義隆・72歳の一人息子であり、当然後継者と目されていた。高須リアルティは、今の社長である義隆のその又父である義継よしつぐから、市内でも中堅程度の不動産会社「高須不動産」を受け継いた義隆が、80年代後半のバブル期にススキノ界隈の不動産転がしで莫大な利益を得た上、見事バブル崩壊前に逃げ切ったことから現在の大手化に成功。会社名も「高須リアルティ」と「不動産」を英語化して、最近も業績を更に上げている様だった。バブル崩壊後に、過去の転がしで得た利益で多くのビルやホテルを買い漁り、莫大なテナント料収入で経営状態が良かったと見られる。


 義雄も義隆の一人息子ということや、幼い頃に父と母が離婚していたこともあり、父親の元で甘やかされて育てられたらしい。だが、横浜にある国立大学の経営学部卒で、しかも札幌の公立進学校から正規の受験で入っており、2代目3代目にありがちな典型的な「バカボン」ではなかった様だ。身長も高く、顔もまあまあ整っているので、資産家の息子ということもあり、女性にはまあまあモテるタイプだと言う。また、周囲や会社の従業員に対しての態度も、経営者一族として尊大になることもなかったらしく、人格面での評判も悪い訳ではないと報じられており、そのことも尚更驚きに拍車を掛けていたと見られる。しかし、性犯罪歴があると思われる以上、それはあくまで表側の顔ということなのだろう。


 報道では、逮捕された高須が警察のワンボックスカーで連行されて、西署の敷地へと入っていくシーンがしきりに流されていたが、車のフロントガラス越しに初めて見る義雄の表情は、強張こわばるどころか、むしろ密かに笑みを浮かべているかの様に西田には見えた。無論、それは元刑事故の勘繰り過ぎなのかもしれないが……。そして、西署前からの記者のレポートでは、高須は犯行を完全に否認しているという話だった。


 高須は独身で、一人暮らしをしているという高級住宅街・宮の森地区の一戸建ての高須の自宅前にも報道陣が押し寄せており、捜査員が慌ただしくガサ入れをしている様子も頻繁に映し出されていた。


※※※※※※※


 高須が逮捕された後、勾留が始まってから数日後、突然店名の名付け親である竹下がマチュアを訪ねて来た。竹下は札幌を拠点にしているが、全国各地を取材で飛び回っていることが多い。そのため吉村より訪問する頻度が格段に低いので、竹下が店に入ってきた瞬間に、

「おお! 久し振りだな!」

と西田は思わず声を上げた。他の常連客と話していた由香も、

「あら、竹下さんじゃないの」

と、名付け親を快く迎え入れた。

「どうも。1週間前に帰札もどっていたんですが、記事書いたり立て込んでいたんで」

50代半ばに入った割に若々しい頭部を掻き上げながら、竹下はカウンター席に着いた。


「竹下さんは何にする?」

由香が早速注文を取るが、気に入った店名を付けてくれたお礼として、彼女は竹下が店を訪れた際の最初の一杯は恒久的に「無料」とすることを竹下に約束していた。彼も遠慮なく、「じゃあカモミールティー」でと、一切悩むことなく答えていた。


「何の記事書いてるんだ?」

西田に、読んでいた新聞を折りたたみながら問われると、

「まあ財務省の土地取引関係の疑惑で、高垣さんに応援頼まれまして」

と素っ気なく語った。

「ああ、あの安売りの話か……。まあ高垣さんが追いそうな話だな。で、高垣さんは元気なのか?」

「ええ。70越えて益々意気軒昂ですよ。健康の為、タバコは止めたって話でしたが」

 

 因みに、高垣とは竹下の師匠に該当あたる有名なフリージャーナリストで、西田、竹下、吉村の3人も、以前大きな事件捜査で情報を得るのに世話になったことがある。竹下も30代半ばで刑事を辞めた後、学生時代に元々志望していた新聞記者を経て、50を越えてから高垣に師事し、現在のフリーライター・ジャーナリストとしての第三の人生を歩み始めていたのだ。


「そうか。そいつは良かった。俺も退職してからタバコは止めたからな」

西田はそう言いつつ、店では一切出していないコーヒー、とは言ってもインスタントだが、それの入ったマグカップを口元に寄せた。

「ところで、例の女子児童の殺害事件勿論知ってますよね?」

唐突な切り出し方に、西田は思わず飲んでいたコーヒーをむせそうになったが、

「ああ。勿論だ。吉村が今頃捜査の陣頭指揮を取ってる最中だろうしな」

と返す。

「まあ気にならない訳無いですよね。吉村も居るんだし……」

そう言ったところで、由香が竹下の前にそっと入れたばかりのカモミールティーを置いて、再び2人からすっと離れて行った。元刑事同士の会話には一切入ってこないのも、さすが長年連れ添った相手だけあってよく空気を読んでいた。竹下はそんな由香に頭を軽く下げた後、また口を開く。

「状況証拠的には真っ黒なんですが、高須自体は全然自白ゲロってないとか」

竹下は新聞記者時代、北海道を代表する地方紙の「北海道新報」の社会部畑を中心に歩んでいただけに、ある意味既にOBとなった西田以上に、昔の同僚からの警察情報が直で入って来ているはずだった。

「そうか。まああれからあんまり進展をマスコミが伝えないことから見て、思った程トントン拍子には行ってないとは思ってたがな……」

西田は驚くこともなく、淡々と返した。


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