第35話 秘薬

 一時間後。


「ほな、そろそろ宴もたけなわやな!ちゅうことで......

 みんなきちっと片付けるで!ウチらが来る前よりもキレイにしてから帰るで!」


 アミ店長の号令と共に皆で手を動かし、あっという間に部屋は綺麗に片付けられた住まいとなる。


「ほな、帰るか」

「そ、そそそうですね」


「ハヤオン。帰りは魔法の箒に乗るのやめなさいよね」

「なんで?暗い夜道を歩くより安全だよ?」

「だから目立つの!」


「俺らも行こうか、秋多」

「そうだな」


 一同は帰り支度を済ませ立ち上がった。

 とその時。

 窓からコンコンと音が鳴る。


「また窓から?ま、まさか......」

 猫実好和はすぐにピンと来て、頭の中で一人の人物の顔がハッキリと浮かび上がった。


「こんな時間に窓から何だ?」

 先ほどのハヤオンの登場シーンの事をすっかり忘れて秋多が無警戒にカーテンをシャーッと開ける。

 彼の目に飛び込んできたのは...


「ち、千代さん!」


 夜のベランダに忍のように佇むくノ一ネコ娘千代であった。


「や、やっぱりか......」

 ある意味予想通りの猫実。


「おお!千代!やっと来よったか!」

「ちちち千代も、きき来たんだ!」

 どよめく店長ともずきゅん。


「あの子はまた目立つ事を......」

 うんざり顔で嘆くナル。


 秋多はすぐさまガラッと窓を開けた。

「千代さんも来たんですね!」


「其方は......猫実殿の友人の秋田殿か。どうも今晩は。御久し振りでござる」

 千代はうやうやしく挨拶した。


「千代!やっと来たんやな!」

 ドタドタとアミ店長が窓まで駆け寄る。

「けど、もう今からみんな帰るとこやで?」


「そ、そうだったでござるか!拙者も猫実殿のお見舞いに馳せ参じたが。ならこれだけ猫実殿にお渡しさせていただくでござる」


「千代先輩、何か持って来ていただいたんですか?」

 猫実好和も窓まで歩み寄る。


 千代は手に持った風呂敷包みを解いて一本の瓶を猫実に差し出した。

「これは拙者の故郷に伝わる秘伝の薬にござる。飲めば風邪の如きは一晩のうちに完治するでござろう」


「あ、ありがとうございます!」

 猫実はありがたく瓶を受け取ると、素朴な疑問をぶつける。

「いったいこれはどんな薬なんですか?」


「ヤマカガシのエキスをもとに独自に加工したものでござる」


「ヤマカガシ?」

「毒蛇でござる」


「えっ」

「心配無用。ヤマカガシは非常に大人しい蛇でござる」

「いや、そういう問題じゃ......」


「ヤマカガシの毒は溶血毒といって、日本の毒蛇の中でも最も強力な猛毒と言われているでござる」


「だ、大丈夫なんですかこれ!?」

「猫実殿。マムシドリンクはご存知でござろう?」


「ふ、不安だ......」

 せっかく良くなってきていた猫実好和の顔色が青ざめていった。

 

 そんな彼の肩にアミ店長がポンと手を置いて励ますように言葉をかける。

「心配せんでええで?それホンマによう効くから。ウチなんかインフルエンザも一晩で完璧に治ったからな!」

 

「インフルが一晩で!?」

「ホンマやで!」

「...タミフルどころではないな......」


「何ならガンでも早期のものなら治してしまうらしいで!」

「そこまでいくと逆に怖いっす!!」



 そして......


「ほな、猫実くん!くれぐれもお大事にな!」

 アミ店長はニカッと笑って手を振った。


「お、おおおお大事にね!猫実くん!」

 もずきゅんは実に心配そうな顔で言った。


「ふんっ!しっかり休みなさいよ。まっ、何か困ったことがあったらいつでも言いなさい。助けてあげなくもないんだから」

 ナルは片目を瞑って鼻を鳴らしながらも猫実を安心させるように言った。


「お見舞いとはいえ体調悪いところに押しかけたみたいになっちゃってゴメンね。何か欲しいものがあれば言ってね。私が魔法の箒便でお届けします」

 ハヤオンは相変わらずキュートに微笑んで言った。


「猫実殿。夜分遅く失礼つかまつった。それでは拙者はこれで」

 千代はシュン!と一瞬のうちにベランダから何処へと姿を消した。


「じゃあ俺らも行くよ。お大事にな」

「早く元気になれよー。大学で待ってるからな」

 柴井と秋多はあっさりと、だが優しさのこもった目を友に放った。



 ...こうして突然の見舞客一同は皆、ぞろぞろと帰って行った。


 猫実好和は一人になるなりベッドに腰掛けると大きく溜息をついて、

「見舞い......だったのか??」

 困り顔で言葉を漏らした。


 同時に、ふと胸に手を当てて何かに気づく。

「なんだろう。楽に......なってる??」

 

 その晩、猫実好和は早速、千代から貰った特製瓶薬を服用して眠りについた。

 その眠りは深く、風のない海のようにとても穏やかなものだった。

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