第31話 あーん

「お、思ってたよりも片付いているじゃない」

 ナルが部屋を見渡して言った。


「い、いいいいきなりゴメンね!」

 もずきゅんはおろおろ遠慮しながら謝る。


「......ち、ちらかってはいないですかね。あと、もずきゅん先輩は謝らないでください。店長に半ば強引に連れてこられたって事はわかってますから......」

 猫実は覇気なく答えた。


 そんな中、

「猫実くん!何も食ってへんちゃう??」

 出し抜けにアミ店長が猫実に質問を投げた。


「は、はい。実はこれからお粥でも作って食べようかと思ってたところで......」


「そら良かった!ほなウチが腕を振るったる!キッチン借りるで!」

「えっ?」


「遠慮せんでええ!猫実くんはゆっくり待っとって!」


「猫実くん。店長に任せなさい」

 ナルが諭すように口を挟んだ。


「猫実くん!て、てて店長に任せとけばだいじょーぶだよ!」

 同様にもずきゅん。


「は、はい......」


 ...ちなみに、

 猫実好和の家の間取りは1K。


 キッチンでアミ店長が料理をしている間、猫実は再びベッドに横になっていた。

 ナルともずきゅんはというと......


「ふんっ。どうせやれてないんでしょ?清潔にしなきゃ治るものも治らないわ」

「わ、わわわたしもやる!」


 片付けや掃除をしていた。

 まるで家政婦ネコ娘。

 至れり尽くせりだった。


 猫実好和はベッドで横になりながら、有り難さと申し訳なさで複雑な表情を浮かべる。

「助かるけど......休んで迷惑かけた上にここまでしてもらうなんて......

 次、出勤する時、菓子折りでも持ってかないと......」

 猫実好和は律儀な男だった。

 

 ほどなくして...


「お待たせや!出来たでぇ!」

「ひと通りは綺麗にしといたわ。感謝なさい」

「か、かかか勝手にすいません」


 三人娘が戻って来た。

 猫実好和はむくりと起き上がると、よろよろと座布団やらをテーブルの周りに準備する。


「そんな気い遣わんでええって!」

「そうよ!猫実くんは病人なんだから!」


「い、いや、これくらいはやらないと......」


「わ、わわわわたしがやるよ!」

 もずきゅんが慌てて猫実の作業を奪った。

 アミ店長とナルは、運んで来た食事をテーブルに置いた。


「ど、どうぞ、皆さん、おかまいなく座ってください」

 猫実好和の恐縮に溢れる声に伴って、一同、腰を下ろす。


 早速、アミ店長が土鍋の蓋をパカッと開ける。

 湯気がもわーんと立ちこめる。

「どうぞ、召し上がれ!」


 猫実好和は、お粥の全貌を目の当たりにして密かに安堵した。

 なぜなら、彼にはネコまっしぐランドにおけるトンデモメニューのトラウマがあったからだ。

「ふ、普通の、お粥ですね......」


「普通?そんなん当たり前やろ?」

 アミはキョトンとする。


「で、ですよね......」

 

「ほな、特別サービスや!病人の猫実くんにウチが直接口に運んだるよ!」

 アミ店長はニイッと微笑むと、猫実好和の傍に寄り添った。


「!」

「!」

 ナルともずきゅんは何か言いたげな視線を向ける。


「えっ?て、店長」

 猫実が疑問の声を上げるも、時すでに遅し。

 アミ店長はレンゲでお粥を掬うと、猫実の口元に持っていき「はい、あーん」する。


「あ、あの…」

 戸惑う猫実好和。


「あっ、猫実くんだけに猫舌なんか?ならフーフーしたるよ」

 アミ店長はレンゲに向かってフーフーした。

 その光景は、側から見ればラブラブカップル以外の何者でもない。


「......」

 なぜかナルはじ〜っと苛立たしげな視線をぶつける。


「はわわわ......」

 なぜかもずきゅんは自分のことのようにアワアワする。


 今一度、アミ店長は「はい、あーん」する。

 もはや逃げ場のない猫実好和は観念してパクッとレンゲを咥えた。

「...!お、美味しい......」

 味はバッチリだった。


 アミ店長はニヒッとドヤ顔を決める。

「どや?ええやろ?これぞデリバリーあーん、略してデリあんや!」


「で、デリあん?」

「料金は三十分五万円や!」

「ぼ、ぼったくり...」


 アミ店長は相変わらずのドヤ顔で続ける。

「ニャハハ!ほんだら次はナルの番や!」

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