第5話 ポラリスアワード
航空機関士は機長に告げた。
「
「はい」
その時、また機首が極端に上を向いてしまう。
「頭下げろ!」
機長は思わず声を張り上げる。
機首が上がり過ぎると、失速して墜落してしまう。
航空機関士が提案する。
「ギアダウンしたらどうですか?」
ギアダウンとは、着陸用の車輪を出すことである。
これによって空気抵抗が発生し、機体の速度を抑えて姿勢が安定するかもしれない。
「出せない!」
なんと、油圧系統の異常は、車輪の方にまで及んでいたのか。
しかし、ギアは電動でも出すことができる。
航空機関士は、油圧以外の方法で車輪を出すことに成功する。
車輪の自重を使うことで、ゆっくりとではあるが出すことができたのだ。
「ギアダウンしました」
「はい」
副機長は、ほっと安堵する。
米軍横田基地からの無線が入る。
緊急遭難信号を、米軍も受信していたのだ。
機長は横田基地に返信する。
「
東京コントロールからの無線も入る。
『123便、羽田に着陸しますか?』
どちらに着陸するか、選べる状況ではなかった。
機体をまともに制御できていない状態なのだ。
レーダーによると機体は現在、横田基地の西方に位置している。
機長は返信した。
「このままでお願いします」
横田基地からも無線が入る。
『こちら横田基地、着陸可能。123便、聞こえていたら機体識別コード5432を発信せよ』
『了解しました。スタンバイ』
しかし、機体は北を向き始めた。
横田基地から離れていく。
我々は機体の進む方向を制御できないのだ。
「これはもうだめかもわからんね」
機長は飛行場への着陸は難しいと判断した。
しかし、まだできることはあるはず。
木更津のレーダーサイトに誘導を依頼する。
『了解しました。羽田空港、
「
『了解』
もとより、レーダー誘導は無理な状況ではあったが、それでも依頼した。
我々の位置をレーダーでしっかりと把握してもらうためだ。
管制は
羽田とはまったく反対の方向だ。
羽田空港に着陸できる見込みはなかった。
目の前に山が迫ってくる。
機長は叫ぶ!
「ターンライト! 山だ! コントロール取れ、右! 山にぶつかるぞ!」
「はい」
山への激突は避けられた。
しかし、再び別の山が目前に迫る。
「レフトターン! 今度はレフトターンだ!」
次の山もなんとか避けることができた。
しかし、これ以上はもう持たないであろう。
機長は決心した。
「山いくぞ!」
「はい」
山間部への不時着しか方法がない。
失速の警報が鳴り始める。
「ああ、だめだ!
不時着するために速度を下げれば、当然、揚力を失う。
失速を防ぐために、エンジンの出力を再び上げる。
副機長は、不時着するには速度が出過ぎていると判断した。
「スピード出てます、スピード」
「どーんといこうや!」
機長が励ます。
速度を落とすと、不時着する前に失速して墜落してしまうのだ。
機体を水平に維持するためには速度が必要だ。
機長は姿勢維持を優先した。
かなり強行な不時着になるだろう。
「がんばれ!」
「はい!」
機体がまた、上を向き始めた。
「頭下げろ!」
「はい! 今、コントロールいっぱいです!」
このままでは失速してしまう。
航空機関士が叫ぶ。
「
機長も指示を出す。
「パワーでピッチを調節しないと」
油圧が使えないので、エンジンによる制御しか方法がないのだ。
「パワーコントロールでいいです。副機長にパワーコントロールさせてください」
航空機関士が機長に助言する。
副機長が速度計を読む。
「スピード220ノット(時速400km)」
東京コントロールからの無線が入る。
「123便、周波数を119.7に変えてください」
横田基地も、123便に再度、機体識別コードの送信を呼びかけてきた。
機体は、横田基地とは反対方向である西に向かって飛び続けている。
羽田空港の方からも無線が入る。
『羽田空港、横田基地、両方とも
機長も副機長も黙ってしまう。
そのどちらにも向かうことができないのだ。
代わりに航空機関士が羽田管制に返信する。
「了解しました」
羽田管制からの無線が続く。
『
どうするもなにも、山をよけ、失速を避け、ひたすら機体の姿勢を維持して飛び続けるしかなかった。
「頭上げろ!」
機長が叫ぶ。
今度は機首が下を向いてきたのだ。
頭から山に突っ込んだら大爆発である。
副機長が叫ぶ。
「フラップ アップ! フラップ アップ!」
しかし、高度は下がっていく。
地上接近警報が鳴り始める。
「パワー! パワー! フラップ上げろ!
「上げてます!」
「もうだめだ!!」
その後、2回の爆音がフライトレコーダーに録音されていた。
123便は群馬県山中に墜落、爆発炎上した。
機体の姿勢維持を徹底したため、墜落時に運よく、機体後尾が尾根の下に転落。
前半分の爆発炎上から逃れることができた。
生存者4名は、すべて、後部座席の乗客であった。
もし、機体が頭から突っ込んでいたら、機体全体が爆発し、全員死亡していたと思われる。
****************
フライトレコーダーの内容が公開されると、
機長たちの遺族に対する非難の声が和らいできた。
機長たちは最期まで諦めず、操縦を続けていたのだった。
墜落の原因が判明した。
この機体は、以前に尻もち事故を起こしており、
その修理をメーカーが行っていた。
その修理が不完全であり、隔壁の継ぎ目17%に不備があったことが発覚した。
強度不足により、機体後部の圧力隔壁が損傷し、それが原因で垂直尾翼が破損。
垂直尾翼を制御する油圧系統から油が漏れ、連携している他の油圧系統もすべて使えなくなり、操縦不能に陥っていたことが判明した。
機長たちは、そんな状態の機体を操縦していたのだった。
機長・副機長・航空機関士たち、123便クルーは、最期の最期まで全力で職務を全うしていたのだった。
後日、この3人に「ポラリス
ポラリス賞とは、民間航空機パイロットに対して、その優れた飛行技術や英雄的行為を表彰する、国際的な賞である。
機長のご息女は、当時は厳しい世間の批判に晒されたが、それに負けることはなかった。
その後、父と同じ航空会社に就職し、現在はCAとして働いている。
< 終 >
墜落する飛行機の中で……【実話】 神楽堂 @haiho_
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