第4話 非常事態宣言

その頃、123便の客室には警報が鳴り響いていた。

与圧が低下したため、自動的に酸素マスクが降りてきていたのだ。

チーフパーサーは、乗客に呼びかける。

「酸素マスクを付けてください。シートベルトは必ずしてください」


乗客は動揺を隠せない。

目の前に酸素マスクが降りてきている。

緊急事態であることを受け入れざるを得ない。

機体は大きく傾いており、不安定な飛行になっていることは誰の目にも明らかであった。

左右に最大で60°も傾斜し、窓から地面が見えた時に悲鳴を上げる乗客もいた。



機械による自動音声が、客席に繰り返し流れている。

「ただいま、緊急降下中。マスクを付けてください。ベルトを締めてください。タバコは消してください。ただいま、緊急降下中……」


客室乗務員が座席を回り、酸素マスク装着の点検をしていた。

小さい子供は自分では付けることが難しい。

乗務員や近くの大人たちが装着を手伝っている。


機体の揺れは、だんだん大きくなってきた。

手帳に遺書を書き始める者もいる。

しかし、揺れがひどくなっていき、字を書くのも難しくなってきた。

気を失っている者もいる。


一方、操縦席には、東京コントロールからの無線が入っていた。

『123便、緊急事態宣言ということで、よろしいか?』


その通りですアファーマティブ

機長が応答した。


「123便、どのような緊急事態か報告せよ」


しかし、コックピットでは高度を下げることに注意を払っており、返信ができなかった。

「ハイロドプレッシャー、オールロス!」

航空機関士が報告する。

フラップなどを動かすための力を伝える油が、すべてなくなってしまったということだ。

「オールロスですか?」

副機長は、信じられないといった声を出す。

「オールロス」

航空機関士が答える。

操縦は絶望的となった。


東京コントロールからの無線だ。

『伊豆大島のレーダーで誘導する。進路を真東090に維持せよ』


「現在、操縦不能アンコントロール

機長は答えた。

レーダー誘導をしてもらおうにも、こちらは操縦ができなくなっている。


『操縦不能、了解』



機体の角度が急に上を向いた。

機長は副機長に声を荒げる。

失速ストールするぞ、本当に!」

「はい……」

「はいじゃないが!」

「はい……」

下げろ!ディセンド


飛行機はなぜ、空を飛べるのか。

それは、翼の上と下とで気流の速さに差があり、それによって揚力が生じるため、飛行機は空を飛べるのだ。

しかし、その気圧の差を作ることができないと、飛行機は揚力を失い、墜落する。

これが、失速ストールである。

機体があまりにも上を向きすぎると、失速して墜落してしまうのだ。


東京コントロールから無線が入る。

『123便。識別コード、2027を発信せよ。降下可能か?』


「了解。現在降下中」


『名古屋空港が近いが、そちらに行くか?』


緊急着陸への対応は、羽田空港の方が設備が整っているので安心できる。

機長は返信した。

「いいえ。羽田空港への着陸を希望します」


『了解。以後、日本語でよろしいですから』


「はいはい」

機長は少し気が楽になった。

管制の方で、緊急事態ということでこちらに気を遣ってくれたようだ。


『123便、周波数を134.0に切り替えられますか?』


しかし、それどころではなかった。

航空機関士からの報告が入る。

右最後尾R5ドア、破損!」



『123便以外のすべての航空機は、東京コントロールへの連絡は周波数134.0で行うこと。なお、別途指示があるまで無線通信は極力、控えること』


無線から音声が聞こえてくる。

しかし、客室の状況が大変なことになっており、機内ではその対応に追われていた。

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