第38話 本音です、きっと

 有村さんに暴行を加えた男はすぐに逮捕された。市の役員が雇った暴力団だったそうだ。さらに市は大手企業ファブリックとの癒着があった。ファブリックによる再開発計画を全面的に押し進める代わりに、金銭を受け取っていた。市と会社が企画を進める中で、地元で署名活動を行なっていた有村さんは邪魔だったのだろう。市は暴力団を使って彼女を消すように頼んだ、それが今回の事件の全貌だ。

 このことはすぐに世間に広まった。その結果、世論の圧力によってファブリックの計画は頓挫した。

 彼女は後悔していなかった。確かに命の危険に晒されたのは事実だが、再開発が無くなって地元を守れたのもまた事実で、彼女はそれを誇りに思っているようだった。

 きっと彼女は昔からそんな強くて優しい性格なのだろう。俺もそんな人間でありたいと思うと同時に、図々しくもそんな彼女の側にずっと居たいと思った。

「ごめんね、慎也くん。迷惑かけちゃって」

「め、迷惑なんて、とんでもない。無事で良かったです」

 後日、彼女からお礼がしたいと言われて、まあまあ高級な洋食レストランに連れてきてもらっていた。

「すごいですね、このお店」

「でしょ?この前見つけて、いいなぁーって思ってたんです」

 俺は食にあまりお金をかけるタイプの人間ではない。そのせいか、メニューの内容もほとんどわからなかった。悩んだ挙句、結局彼女と同じものを頼んでしまった。

「ほら、何飲みます?ワインにしますか?」

「あ、ありがとうございます。じゃあこの……」

「じゃあ店員さん、1番高いワイン下さい」

 俺のメニューを指す指には目もくれず、彼女は中々男前な注文をしてみせた。今どきドラマでもそんなシーンは見ない。

「かしこまりました」

 店員さんは律儀に頭を下げると、そのまま早足で厨房に消えていってしまった。

「ちょ、ちょっと待ってください、有村さん。流石に気を使っちゃいます」

 彼女は首を横に振った。

「気を使うのは私の方です。命を助けてもらったのに、私はご飯に連れて行ってあげることしかできないんです」

 彼女は俺に笑ってみせた。それが空元気には見えなかったからか、なんだか俺もホッとした。

「そ、そうですね。確かに」

 俺がそう答えると、その言葉を聞いて彼女はまた笑った。

「ど、どうしました?」

「慎也くんは正直すぎるんです。こういう時は、『そんなの関係ありません!好きな人の前だから気を使うんです!』とか言えば、女の子もキュンときますよ」

「な、なるほど。でもちょっとキモくありません?」

「冗談ですよ。本当にそんなこと言う人はいません」

 彼女はそう言いながら、テーブルの上にあったナプキンを膝にかけた。

「なら、ぼ、僕が言ってみてもいいですか?」

「……え?」

 彼女の手がピタッと止まった。パチパチと何度か瞬きをすると、今度は真っ直ぐ俺を見つめた。

「す、好きな人の前なので、気を使います!」

 いざ言葉にしてみると、やっぱりキモい。俺が言うからキモく感じるのだろうか。そもそも、本当にこれであっているのだろうか。

「……冗談、ですか?」

 彼女の耳はあっという間に真っ赤になっていた。おどおどと焦る彼女が可愛らしい。鏡があればわかるのだろうが、きっと俺の耳も真っ赤なのだろう。

「ほ、本音です。はい、きっと本音です」

 俺がその言葉を放ったちょうどその時、店員さんが1番高いワインを俺たちのテーブルに運んできてくれた。





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