第27話 8年前の真相
寂れたビルの間を吹き抜ける風は妙に冷たく、厚手のコートを羽織っていても凍えそうな気分だった。
「それで、お話って……?」
武田さんは声を震わせながら聞いた。その原因は寒さなのか、はたまた編集長の圧力なのかはまだハッキリとしない。
俺は彼に自分の携帯の画面を見せた。AI教育ロボットに関しての週刊誌の記事で、記事の最後に「記事:武田義文」と書かれてある。記事の内容は極めて薄く、どこかの市町村でAI教育ロボットが導入されたが失敗に終わった、それだけだった。理由も具体的な市町村名まで伏せられていて、俺と橋本先生の目には極めて不自然に映った。
「これについて伺いたいんです。これってあなたが書いた記事で間違いありませんよね?」
「ええ、まあ、はい」
武田さんは認めた。
「この記事なんですけど、なぜこんなに短いんです?それに、誰が見ても情報量がなく内容も薄すぎます。あなたが書いた他の記事も見させていただきましたが、こんな記事はありませんでした」
「……」
武田さんは携帯の画面を見つめたまま、暫く黙り込んだ。頭の中で話す言葉を選んでいるようだった。
「武田さん。もしかしてですけど……」
武田さんの視線が、一瞬俺に向いた。
「誰かにこのネタ、握り潰されました?」
「……」
武田さんに反応はない。言葉を発するでも頷くでもなしに、ただ俺の言葉の続きを待っているように見えた。俺は続ける。
「根拠はありませんが、例えば、薪葉市の教育委員会とか?」
武田の反応を探るように、薪葉市という単語を出した。長居は薪葉小学校の教師、前田は薪葉市教育委員会の書記を務めている。握り潰せる権力を持っているのなら、前田の教育委員会の方に違いない。
「なぜ、そこまで知ってるんです?」
武田さんは狼狽えた。正解だったようだ。やはり、前田と長居は裏で繋がっていて、AI教育ロボットがその鍵を握っている。
「詳しく教えてください。お願いします」
俺は頭を下げた。この記者以外に、もう前田と長居の牙城を崩す術はない。前田の不倫から始まり、なつみとの強引な離婚、親権強奪、そして橋下法律事務所への訴訟。長居の度を越したパワハラやセクハラ、反省のない横柄な態度。これら1つ1つの事象が、きっとどこかで繋がっている。この一連の問題を解決する方法は、武田さんの握り潰された情報を紐解く以外にない。
「橋本法律事務所の、池谷先生でしたっけ」
「は、はい」
武田さんは真っ暗な夜空を見上げた。が、すぐに思い出したかのように、胸ポケットからライターを取り出すと、手に持ったタバコに火をつけた。口から出た煙は、冷たい風に乗って消えていった。
「……わかった。話す」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます」
「俺だって、このままじゃダメだって思ってたんだ。だから白紙に近い状態でも良いからと記事を出した。誰かに気づいて欲しかったんだ」
武田さんはニヤッと笑って、俺の手を取った。俺は少し驚いた。
「ありがとうよ、池谷先生。俺が掴んだ情報はお前に渡す。あとは好きにしてくれ」
「は、はい。ご協力感謝します」
俺は彼の手をしっかりと握り直して、感謝の意を存分に込めて握手をした。
「いいか?まず今回の事件の発端は、8年前に起きた」
「事、事件……」
武田さんの口から唐突に出たその言葉に、俺は顔をしかめた。俺が想像してた以上に大事なのかもしれない。俺は一層、気を引き締めた。そんな俺を横目に、武田さんはゆっくりと話し始めた。
「8年前の春、慢性的な現場の教師不足が原因で、薪葉市のいくつかの学校では過重労働が問題になった。現場からの要望もあり、いわゆるAI教育ロボットが導入された。その名も、『EDYエディー』だ」
「EDY……」
聞いたことがない。俺はメモ帳にそれを記した。
「まあ、AI教育ロボットと言えば聞こえはいいが、8年も前の技術だ。ロボットが実際に動き回って授業をする、みたいな物じゃない。児童生徒全員にタブレット端末を配り、そこに内蔵したシステムこそがEDYだ。今で言う、Siriの教育特化版みたいなものだと思えば想像しやすいだろう。主な機能は、学校では自習監督や質問受付。授業はしない。各家庭では個人に合わせた宿題の配分、スケジュール管理、悩み事相談など、多岐に及んだ」
「結構、ハイスペックですね」
俺は少し関心した。8年も前の技術とは到底思えない。
「ハイスペックだと思われていた、というのが正しい。多機能な割に実際はどの機能もパッとせず、役に立つことはほとんどなかった」
「な、なるほど」
「しかし、問題はそこじゃない。もう1つの機能が、重大な事件を引き起こした」
「もう1つの、機能?」
「ああ。それは、SNS機能だ」
俺は自分のメモ帳の、EDYと書かれた場所の横に、赤字でSNSと書き殴った。
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