不思議家族


 リプレイス案件の概要から大まかに八木さんが話をしてくれた。


 現行で動かしているサービスの保証が終了するのは二年後に控えており、直前でドタバタする事が無いように今から手を加える。八木の見積もりでは約一年で全てを新しい環境に置き換える事が出来ると踏んでいた。


 まず、共通の認識として急ぎの案件では無い。最終的に遅れても二年で終わればいい仕事である。


 今の段階だと毎日残業が必要な訳では無く。終わりが伸びても半年以上の余裕があった。


 それに一からの開発では無く、現行をそのまま新しい環境で動かせれば良い。これは今動いている『見本』が既にあるので答え合わせしながら作業を進める事が出来る。問題点としてはバージョンがとても古いので新しい環境に載せ替える事でどれくらい差があり、修正が必要なのかはやらないと分からない点だ。


 余裕を持った期間ではあるが忙しい時期は増員も視野に入れて頑張る事になる。


「技術部の私が主な部分を担当しますので、西崎さんには細かいところをお願いします」

「わかりました」


 娘さん――粟乃ミオンは僕達と違って技術に関しての知識は無い。むしろ、現行サービスを使って電力会社の社員を管理している立場の人間だ。


 管理部の使うサービスのメンテナンスが僕達の仕事で、業務のコアな部分は八木さんが入る事になっている。僕が準備期間で作り上げたテスト環境にお互いの会社で手を入れてシステムを作り上げる。


 手順としては現行の動きをひたすら新環境で動かして違いが発生するのかを確認するのと、プログラムの動きを網羅し優先順位を付けて仕事を進める。


 電力会社に勤務する社員の勤続年数や給料計算。交通費の規約なども確認して正しく動作するかを確認するため守秘義務も多々あり認識合わせを行った。


 真剣に聞く姿勢を評価する。今井は訳が分からないと思うが八木の話をしっかり聞いている様子だった。しかし、内部に詳しい粟乃は八木の話に興味がなく今井にお菓子を渡したりちょっかいを出している。


 僕は客先と仲良くなる事は今後の仕事が円滑に動かせるキッカケにも繋がると判断し特に振れない。


「一応、こちらで軽く見積もりをしましたので、参考にしていただきたい。これを元にそちらで引き取って頂ける部分を話せたらと思っています」

「ちょっと目を通しますね」


 僕も環境を作る際に触り程度に見積もりはしている。八木さんが出した見積もりと大きな差異は無く安心した。


 今は僕と今井の二人で月に行える作業は少ない。今井に関しては新人で手が掛かると判断し戦力として見込まない。増員も無限に行える訳では無く、僕一人で溢れないラインを見極めなくてはならない。


 人が増えても教える手間を考えると今井を含め最大でも五人くらいしか今の僕には余裕が無いと仮定した。


「一番手が掛かる部分としましては、電力会社の専門的な知識が無いと進めずらい場所だと思いますので、一般的な業務知識で触れそうなところを引き取ります。給料計算や休暇あたりは大きく乖離も無いはずです」


「そうですね……似た場所が発覚したら細かいお願いをすると思います。とりあえず、そんな感じで行きましょう。分からない事があれば粟乃では無く、八木へご連絡ください」


 顔合わせは簡単に終わった。これからはビデオ通話などを用いて業務が進むだろう。


 会議も終わりが近づくと雑談が増えてきた。


「お姉ちゃんは何してる人なの? 美味しいお菓子を用意してくれたし。うーん。案内する人?」


 粟乃は素直な疑問を今井に問う。会議中は基本的に僕と八木が話をしていたから今井が口を挟む機会が無かった。僕としても粟乃さんの相手をして貰えて助かっていたけれど、よく考えると今井に話をさせる良い機会だった。


 はて、今井に何を話させるか改めて考えると何も浮かばない。構築した環境でちょっと触らせる程度しかさせていない。


 一周回って今回は顔を売れれば良いという結論が僕の頭に出た。


「ちっちっち。なんと、お姉ちゃんは技術者なので先輩の元でバリバリ働くのです」


 人差し指を口元で揺らす仕草を見た粟乃も同じ様に真似ていた。そして二人で顔を見合わせて笑い合う。


「技術って事はこれからも会えるね」

「社会見学は何回もあるのー?」


 ぐっと心にダメージを受けた表情の粟乃が八木に視線を送る。


「はぁ……心して聞いて欲しい。粟乃は今年でさんじゅ」

「わぁああああ。そろそろ帰ろうかパパ! お姉ちゃん美味しいお菓子ありがとね」


 実年齢をバラされそうになった粟乃はすぐさま立ち上がり椅子に座っていた八木の手を無理やりひっぱり転びそうになった。


「うぉ。あぶな」


 僕なら尻もちをついて盛大に転んでそうだなぁと思いながら見守った。八木さんの手を引く粟乃さんは後ろから見たら親子と言っても過言ではない。もちろん口に出さず僕は見送ることにした。


「お疲れ様でした」

「今後とも宜しくお願いします。お疲れ様です」


 廊下を歩きながら粟乃が言った。


「ねぇパパ。ミオンもお姉ちゃん欲しい!」

「何時までロールプレイしてるんですかねぇ……」


 愉快な人達が去っていく。それを今井は物寂しそうに見ていた。


「先輩。カナもあんな娘が欲しいです」

「んー、ちょっと考えさせてくれ」

「お洋服も可愛いし可愛いピアス付けてましたよ。アレ? カナの学校はピアス禁止だった気もする」


 頭を抱え始めた今井を無視して僕は神下部長に話しかけることにした。終始無言で僕等を見守っていた部長に感想を求める。


「一応、新部署で初顔合わせでしたけど、あんな感じでいいんですか?」


 ゆっくりと神下部長は立ち上がった。


「何かアレば口を出す。君のやり方を魅せてくれ」

「分かりました」


 口を出すまでも無く最低限の要件を終えたと判断出来した。後は僕の出来る事をひたすら形にして結果を出すだけだ。


「ねぇ先輩」


 流石に違和感があったと思う。今井も気づいたと顔を見て僕は思った。


「八木さんと粟乃ちゃん。名字が違いますね。世の中は複雑な親子関係が身近にあるんですねぇ」

「あー、そうだな」


 僕はデータを移し終えて役目を終えたノートパソコンを持って作業部屋に戻ることにした。

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