エビデンスは大事と存じます
本格的にリプレイス案件が始動した。僕は受け取ったシステムをリストに分ける作業を始める。優先すべきは今井が出来る作業を割り出す事である。僕が難しい部分の作業を初めてしまっては今井が何をしてか良いのか分からなくなる。作業に慣れる為にも簡単な作業を探す。
僕が用意した環境は本番とテストの二つ。名ばかりで現行と同じ状態と新しく使う想定の環境だ。今井には本番で動かした結果とテストで動かした結果を照らし合わせて違いを見つける間違い探しをして貰う。
勤怠システムなら出勤時と退勤の時間を入力して上手く動くか試してもらう。
特に重要なのは人間は間違えるという点だ。あり得ない情報を書いて処理が動くと困るので大抵の場合はエラーコードや文言が出て処理が動かないようになっている。数字を入れるところにひらがなを入れたりして処理の様子も観察して貰う。
プログラムの知識が必要の無い部分を今井に任せた。
「分かりました。やってみますね」
「困ったら直ぐに呼んで」
いつにも増してやる気に満ちあふれている今井は手を動かしてパソコンをカタカタと操作し始めた。僕はその様子を見て自分の作業に戻る。
プログラムのバージョンが大きく乖離しているからには、何がどう変わっていったのかを遡る必要がある。プログラム的に現行で使用している関数がどう変更されているのかを追いかけて変化をテスト環境で試す。
その結果が現行のシステムとは違い、意図しない動きをするならプログラムを変更する。
プログラムを用いて何かを作る訳では無く、プログラムがどう動くのかを紐解く作業が僕のやる当面の仕事だった。
この部分は新人の今井には重すぎてパンクするのは目に見えている。
「あ、忘れてた」
僕は隣の今井を向くと飛び跳ねるように驚かれた。
「先輩。急に声を掛けたらびっくりしちゃう」
「ごめん。それで、作業は進んだ?」
「ここは同じ様に動きましたよ!」
この返答は想定通り。今井は確認した画面を指さしながら恐らく自分で確認したであろう手順で二度目の動作確認をした。結果は、想定通りの動きをしている事が見て取れる。
「上手く動いてるね」
「えぇ、任せてください」
「エビデンス――調査結果はどうしてる?」
ぽかーんと口を開けて暫く動きが止まった今井をじーっと僕は眺めた。説明不足の僕が全て悪いので今井の反応を観察する。
「エビデンス。昨今のニュース番組で小耳に挟みますわねぇー。エビデンスはアレですわっ。ぷりっとした食感が魅力的ですわよね?」
今井が壊れてしまった。
「そうそう、エビデンスって美味しいよね」
「あははー。……困ったでヤンス」
僕も何故か分からないが良くカタカナが使われる世界ではある。デグレ、マスト等も良く耳にする言葉だ。昔はことわざの一部を英語にする事で一世を風靡した芸人さんも存在する。
意外と身近に存在するから流行ったのかと僕は一人で納得していた。
「見ててね」
僕は今井のお手本となるサンプルを作成した。必要な入力値をメモして結果――出力値をスクリーンショットで撮影し資料に貼り付ける。ひと目見て何をどうしたから結果が出たのか分かればいい。
「なるほどぉ~。こうやって纏めて行けばいいんですねっ」
僕が簡単に残したのも形の一つである。結局は見てすぐ分かれば良いだけなのでやり方は技術者にお任せする。ある程度の形を決める事で後続も続きやすいけれども。思考停止になって欲しく無い。
「後は任せる。大事なのは何も知らない人が見ても直感的に伝わるのが良いかな」
「直感ですかぁ。まぁ、新人の私が見直してもすぐ分かればいいんですよね」
今井から的を得た答えが出てきた。僕は今までの経験が邪魔をしてくるので柔軟な考えが思いつかないけれど、今井なら上手くやってくれるだろう。ルールで何処まで縛るか境界を決めるのも難しい問題ではある。
「お客さん。僕達からすると粟乃さんと八木さんに伝わればいいから。頑張って」
今井がパソコンをカタカタと操作している姿を見ると技術者として成長していると感じる。まるで親目線である。どこまで手厚く導く必要があるのかと、加減がめちゃくちゃ難しい。出来れば作業を覚えて貰って能動的に先の準備まで行えるエンジニアとなって欲しいが今井の特性を見極める必要がある。
一方、僕の方はゴリゴリにプログラムを書いて動作確認をする必要がある。その為にまずは簡単なテストケースを作成する作業に取り掛かった。現在使われている業務の有効範囲をベースにありえない入力値も視野に入れて動きを見る。
洗い出しだけで気がつくと定時が迫っていた。
「先輩。もうそろそろお仕事が終わりますよー」
「あいよ。今井の成果物は後で確認するね」
「はーい。今日も頑張りました!」
ふふんと満足げな今井を見て僕も頬が緩んだ。自分の作業はキリが悪くもう少し頑張るかぁーと手を動かして数分、十数分と時間が流れる。
「せんぱーい。帰りましょー」
「あー、先に帰っていいよ。僕はちょっとだけ残ってお仕事するから」
えぇ!? と今井の驚く声が聞こえたが僕は先に今井を帰して残業をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます