会議の始まり


 未成年……背が低く童顔なので制服を着たら中学校に通っていても不思議じゃない。そんな少女を拾った今井はどうしようと困惑していた。僕は一瞬だけ神下部長を見るも目を逸らされる。


 つまり、どうにかしなさいと?


 僕は少しだけ大きく息を吐いて今井に指示を出す。


「会議室で待っててもらっていいかな?」

「分かりました。では、お姉ちゃんに付いてきてくださいね。ジュース飲む?」


 無邪気にお姉さん風を吹かせている今井に対して少女は明るい表情で大きく頷いた。


「先輩も後で来てくださいねー」

「おう」


 今井が引率した直後に部署の電話が鳴り、僕は受話器を取り挨拶をすると警備の方から『八木様がお見えになりました』と言われた。来訪予定に記載されている名前と一致している為、僕が迎えに行くことにする。


「神下部長、会議が始まりますので移動してください」

「……あぁ」


 新部署が始まった時も今井が警備の方に通して貰った。あの場合は社員なので自分の部署へ向かうだけで済む。


 今回は来訪であり担当者が迎えに行かなければお客さんが困ってしまう。本来は今井にも体験させようと思っていたが今回は仕方なく僕一人で向かった。


 建物から出るとスーツを着て少々髭を生やしたダンディな方が見える。


「初めまして西崎です」

「西崎さん。神下さんからお話は聞いております。私、八木ソウジと申します。改めて宜しくお願い致します」


 稀に起こる名刺交換。


 そういえば、今井の名刺に関して神下部長に尋ねる必要があるな。


「では行きましょうか」

「大変、申し訳ないのですがウチの粟乃と連絡が着かず……先に到着していると思うんですけど」


 心当たりは当然ある。神下部長の反応が全てを物語っていた。


「とりあえず、会議室にご案内致します」

「分かりました」


 本社には警備会社と契約して訪問する方の身元を確認している。事前に誰が来るのかは申請しているので、アポを取らずに飛び込んで来た場合は要件のある部署へ連絡が着て確認作業が始まる。


 今回、八木さんの場合は元々予定があり僕にお客さんが到着した旨だけを伝えてくれた。


 この本社で少女の迷子が現れる可能性は無いとしか言えない。


「こちらです」


 僕は会議室の扉を開けると今井の声が外に漏れた。


「りんごジュースは美味しいですか?」

「うん! お姉ちゃんありがとう」


 明るいやり取りで冷や汗が吹き出た人物は一人。


 僕は八木さんを会議室に入れた。顔色が急に悪くなっていたのは気の所為では無く。


「あ! パパぁ!」


 少女が八木さんを指さしてにこっと笑った。


「だぁれがパパだこの年増ぁぁぁ!」

「きゃー、パパこわーい」


 わーっと今井に抱きつく粟乃ミオン。咄嗟のことで今井もつい口を出した。


「娘さんが怖がってますよ」


 きっと睨む今井に八木はたじろいだ。場所も場所で八木はハッと冷静を取り戻すと僕に深く頭を下げる。


「申し訳ありません。つい……」

「いえいえ、お互い上司には頭を悩ませますね」


 ニヤリと笑う神下部長がカウボーイハットを少しだけ上げて片目でこちらの様子を見ていた。


「あれ。でも、どうして娘さんが……」


 今井に突如降ってきた違和感。平日の職場に中高生の娘さんが現れる理由が追いついていない。


「あ! 働き方も色々とありますし。娘さんを一人にすると寂しいって言われたんですよね? でも、今日は水曜日? 学校は!?」


 何時までも勘違いしている今井の言葉に粟乃も動揺した様子だった。


「え、あ。学校はやす……あー! 社会見学です。ぱぱのお仕事の様子を見てレポートを書くんです」

「なるほど。今時の子はそういう事もするんですねぇ。先輩ちょっとコンビニ行ってきます」


 告げた今井はコンビニへ走っていった。


「あっれれぇ。八木ぃ。勘違いされたままだけど、いっか!」

「俺は知りません」

「初めまして西崎です」


 とりあえず僕は自己紹介すると同時に名刺交換をした。


「初めまして。管理部の粟乃です」


 名刺を手にする所作はやはりスマートであった。


「おまたせしましたー」


 コンビニ袋を手に今井が帰宅。甘いお菓子をお皿に用意して粟乃さんへ差し出した。


「コーヒーとかお茶を買ってきました。八木さんもどうぞ」

「ありがとうございます」


 来客用のお茶は存在するも今井に教えてなかった事を思い出した。まさか、コンビニから即時調達する姿を見るとは思わなかったが、今井なりの気遣いなので誰も口に出すことは無く。会議を始める事にした。


 実際のところ今日からリプレイス案件が本格的に始まる。その為に概要の説明が粟乃から行われると思ったが今井に気づかれない鋭い目つきで八木に『お前が説明しろ』と圧力を送っている様子が見て取れる。


 とても大きく深呼吸をした八木が説明を始めた。


「リプレイス案件に関して認識合わせとなります。何か疑問があれば都度お声掛けください」


 それにしても今井は疑問を抱かないと気付かないという新たな気付きがあった。

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