修羅の道


 スケジュール的に睦月モエの仕事を把握していない僕は無理やり追い出すことにした。


「あ、過度はボディタッチはちょっと……でも、カオルなら許しても――」

「うるさいバカ」


 僕は文字通りモエをつまみ出し扉を閉めた。


「さぁ、今井。バカな設備科の睦月モエなんて存在しなかった。ここにパソコンを持ってきたのは僕の同期でパソコンを運ぶとさっさと出ていった。いいね?」

「は、はぁ……」


 睦月モエという存在を消したい。少なくとも僕の記憶からは消し去りたい。


「先輩も仲の良い同期が居て安心しました」

「あの先輩だけは信用しちゃダメだからな」


 悪影響を与える存在。悪い意味で面倒見の良い奴なので、今井が困っていたら無償で手を差し伸べ当事者のように問題へ取り組んでくれるとは思う。しかし、やり方は睦月流なので何が起きるのか分からない。安全は保証できない。


 椅子に今井を座らせて僕は設定資料を見せた。


「これを見ながら作業してみて、分からないところはメモしてね。今井が躓く場所を知りたい。新規で来た人が躓く場所を事前に潰そうって訳」

「あー、これ……海外ドラマ見てた時に先輩が横で作業してたやつだ。実はチラチラ見てたから何か見覚えがある」


 初耳だった。ずーっと海外ドラマに集中していたと思っていた。どんな雰囲気かは隣で見ていたなら掴んでいるはず。


「僕は別の作業をやるから、困ったところはメモ書き忘れないようにね。五分詰まったら声を掛けて」

「分かりました」


 睦月の発言は気になるところが多々ある。しかし、共感出来る場所も存在した。


 これは僕が学んだ事でもあり、一年目で世界が広がったきっかけでもある。そう、残念な事に社会人一年目のド新人は仕事が少ないのだ。数年働いた僕が見えて来た事として、振れる仕事は多々あれど出来る仕事は少ない。かと言って、仕事を振らなければ新しく出来る範囲が増えずに何時まで経っても出来ないままである。


 かと言って振りまくると新人の素質にも寄るが潰れてしまう。新人は唯でさえ仕事ができないにも関わらず毎月のお給料――人件費がかさむ。当面の間は会社目線でマイナス面が目立つ。しかし、一人前になってくれれば人材教育から案件をこなして利益が増える。


 睦月モエの場合は完全にサボりたいだけだったが、結局のところ優先順位が全てである。時間が無限にあるなら新人に仕事を振らず自分でやったほうが早い。でも、時間が限られている作業に集中する為に仕事は振らなければ回らなくなる。


 人を頼る事で作れる時間が存在する。新人が先輩を頼る事により新人に奪われる時間はその場限りで見るとマイナスでしか無い。しかし、新人が悩んで潰れる時間が消える事により次の作業を触れたり、似たような仕事をやる時に大きく活躍する。


「先輩!」

「はいよ」


 暫くガチャガチャと乱暴にキーボードを叩いていた今井に呼ばれた僕は、今までやってた環境構築の確認作業を止めて今井の元へ向かった。


 少しだけ眉間に皺をよせた今井が分からない点を口頭で説明してくれた。それに対して僕は正解のみを口に出す。今任せている作業は近い未来で必ず起きる新人へ向けた作業だ。今井を悩ませる必要もない。


「へぇー、あいぴーぶいろく……数字がよく分かんなかったー」

「まぁ、資料に書いてる通りやれば良かったけど、操作になれないと設定画面の出し方とかムズいよね。今井が分からなかった所はメモ書きしておいて」

「はーい」


 資料に付け足すなり新しくファイルを用意して参照しても良い。今井なりのやり方に僕は任せた。


 遠くない未来で今井は誰かに頼られ成長しているはずだから。


 その後、僕は幾度もなく今井に呼ばれて分からない点を丁寧に教えた。後半は実は分かってて僕と話をして時間を潰そうとしているようにも感じた。


「終わりです」

「お疲れ様」


 今井から十数回の呼び出しを受けて教える作業が発生したけれど想定内の回数でなにより。いずれ訪れる参画者に貢献出来る資料が出来るだろうと僕の満足度も高い。


 ふぅーと仕事をやり遂げた今井の表情も満足そうに見えた。何よりこちらを見てにこっと笑う顔を見て僕は違和感を覚える。


 優しく微笑む。そう表現した笑顔を想像する誰もが女神の様な――天使を思い浮かべる人も居るだろう。少なくとも僕はそう思い浮かべたい。


 しかし、目の前に居る今井カナの笑顔は何かが一つだけ欠けている。欠陥の笑顔はデザートを食べた時とは違う冷たさを感じる。


 一つのピースが足りない。


 そう、目が笑っていない。人を見る目に自信は無いタイプだが、この笑顔には暖かさが足りない。


「ところで先輩っ」

「なにかな?」


 うっすらと目を細めて妖艶な雰囲気を纏いながら今井カナが僕に尋ねる。


「睦月さんとは仲が良さそうでしたけれど――元カノですか?」


 そんなに仲が良さそうだったんだな……僕は生唾を飲んだ。

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