睦月モエは自由


 僕が無理やり設備科の睦月モエを仕事モードにさせると束になっていた配線コードを嫌々ほどき始めた。


「もっとお仕事はコミュニケーションが大事だとおもってんだけどー」

「それに関しては僕もそう思う。けど、今は目の前にある作業をしてくれ」


 ぶーぶーと文句ありげなモエを僕は無視していると後輩が絡まっているコードを分解するお手伝いを始めた。


「あ、カナちゃんはカオルと違って……」


 僕をちらっと見て口に手を当てるモエが居た。後輩の動きにより僕の株が落ちている。


「パソコンって意外と線が多くて大変ですよね」

「そうよ。そうなのよカナちゃん。意外と大変よ」


 カナが一番大事な電源コードを手にして目を輝かせた。


「この変な形のコードは知ってますよ。電源にぶっさす奴ですよねー、ちょっと挿して来ます。


 カナはそう言って机の下に潜り込んだ。ガサゴソと動きながら電源を挿そうと奮闘している姿を見ていると呟く声が聞こえた。


「あれー、これ何処だろう」


 机の下は光が無く暗い……携帯の光を使えば良いだろうと思い僕はポケットに手を忍ばせる間にモエは行動に出た。


「任せて任せてー」


 そう言いながら今井と同じ様に机の下に潜り込んだ。


 モエだから携帯の光で照らしながら配線出来るだろうと思いながら見守る。


 違和感。


 僕は作業をしている二人の一歩後ろに立って今持っている立場で物事を俯瞰して見た。


 女性社員が机の下に頭を隠して尻だけが出ている。頭隠して尻隠さずという言葉を体現しているでは無いか。今井も出てきたら良いのに狭い机の下で二人が奮闘している。


 それを僕は見守る――がちゃがちゃと音が鳴って二人もぶつかりお尻が揺れる。


 全く……机の下にあるパソコン本体を取り出して明るいところで配線したらいいだろう。


 あぁー、そもそも僕が真っ先に本体を定位置である机の下に置いてしまった。


 まずい。この状況のまずさもあるが、僕が初めに打った一手が全てを引き起こしている。


「二人とも出てこい。僕が配線をしよう」


 僕の言葉を耳に入れた二人がもぞもぞと机の下から這い出て来た。


「まじー? カオルに全部任せたー。後輩ちゃんと一緒に作業するのもありなんだけどね」


 まだ気づいていないモエの言葉を流して僕が机の下に潜り込んだ。


「先輩ごめんなさい。うまく入らなくて……」

「いや、今井は悪くない。こういう経験も無いだろうしな」


 僕は電源やモニターのコードをしっかり奥まで挿して周辺機器周りに手を出した。


「そうよカナちゃん。カオルに任せればいいのよ。経験豊富でなにやらしても上手いんだから!」

「おい、これはお前の仕事だろうが……今日だけは僕がやってやろう。というかもう帰ってもいいぞ」


 元々パソコンの依頼を下だけで、運んで貰えれば後は自分で出来る。睦月モエにはさっさと自分の部署に戻って自分の作業に精を出して貰う方が理に叶っているはずだ。


「えぇー、ほら。私がやる作業を実質カオルがしてくれてるからぁ。今は私がお仕事中と言っても過言では無い訳ですよ」

「今井。こいつは見習わなくていいからな。尊敬してはいけない先輩だと認識してくれ」

「は、はい!」


 少しだけ戸惑いがあれど、ハッキリと元気のよい返事だった。


「あー! カナちゃんにあまり良い印象を与えない作戦はずるくない? カナちゃん。カオルが頼りになる男だから私は投げやりにしてるんだからね? 普段だったら職務放棄になるし査定に響くからこんな事は言わないよ。カオルだから私はこんなにオープンなのよ。感謝しなさいカオル」


 恩着せがましく厚かましいにも程がある。こんな女が同期だったとは……よく考えると今までと何も変わらない。神下部長と飲み会の時も変に無茶振りする悪い奴だ。


「先輩だからオープン……」


 今井も小声で呟いていた。是非とも反面教師にして欲しい。僕は思いを直接伝える事にした。


「今井の教育方針の一つに睦月モエとは真逆を目指そう。僕が今決めた」


 お手本――こうなっては行けませんよ。という見本が存在するのは流石に恵まれた環境だと思う。僕が今井をどう導けるか分からないがどうにか試行錯誤を考えよう。


「カナちゃん。成績は優秀で、エンジニアとしてもウチでは五本の指に入るであろう西崎カオルが這いつくばってる姿を写真に収めるなら今よ。顔も地味にかっこいいって女性社員の中では大好評なんだから!」


 初耳かつ、先程までのお前も這いつくばっていたけどなぁ! ……と言いたいがそっと押さえる。感の良さそうな今井は気づいていそうだが……さて、どうしたものか。


 僕は机の下で作業を終えて這いつくばっている姿から正常の状態に戻った。今まで見えなかった今井達の顔を見る。


 踏ん反り返るという態度が似合うモエとカメラを構えていた今井が居た。顔を真赤にしながらあわわと目が泳ぐ今井。


「さ、撮影に失敗しました」

「今井……早速悪い影響を受けているぞ」

「はっ!」


 良い意味でも悪い意味でも感受性が豊かな子……それが今井カナだった。


「じゃーん。カナちゃん!」


 効果音と共にとある写真を見せつけるように睦月モエは携帯の画面をカナに向けた。


「ところでカナちゃん。連絡先を交換しないかい? なんなら、酔い潰れたカオルの写真だって持ってるんだぜ」

「是非! 交換しましょう!」


 僕は深い溜息を吐き出してモエを睨んだ。


「なんだい。そんな気があるような目で見ても私は靡かないわよ?」


 同期の暴走は止められそうにない。


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