2-16

 街角レコーダーは人間よりも正確に陣紋を計測する。捕捉される陣紋は二層構造だ。


 表層は魔力認識に優れた人なら体感で見分けられる。魔法陣にどのフレーズを用いるかなどの癖のようなもので、言葉遣いに個性があるみたいに、年齢・性別によって傾向が分かれる。


 深層は街角レコーダー等の専用機器でなければ識別不可能だ。精神的DNAと呼ばれることもあり、生まれたときから老いるまで一貫して変わらず、たとえ犯人が事件現場のあの非効率的な魔法の書きかたをやめたとて、表層――魔法の音、陣に連ねられた文字列の個性など、見ためが洗練されたものになるだけで、奥の層には変化が生じない。


 街角レコーダーはこれを一生捕捉し続ける。


「ここ数ヶ月、ですか? 犯人は前から街角レコーダーに引っかかっていないんですよね。パーカーの男性に養ってもらう以前は、別の場所で別の人に面倒を見てもらっていたのでしょうか。誰に? 犯人が何歳くらいなのかって分かってるんですか?」


「聴音士としてムメちゃんはどうおもうんよ?」


「そうですね……陣紋は二十代後半から三十代後半かなって感じです」


 わたしの言葉に班長さんがうんうんとうなずいた。


「防御創がねえし、遺体にそのほかの外傷もねえ。奇妙な羽が怪我のたぐいになるならアレだけどな。稼働する羽をつけておきながら、太らせたり羽を奇形にしたり最初から飛ぶには羽がちいさすぎたりっつー完全に矛盾した意図が見て取れてよ、気持ち悪いくれえだが、魔法そのものはそれぞれ理論立てて植えられ、順序も『気持ち悪い意図』に沿って効率的だ」


 だからこそ「飛べるようにしたい」と「飛べないようにしたい」の相反する目的がいっぺんにまざまざと浮き彫りになって気味が悪い。


 班長さんが胸の前に腕を組んだまま肩をすくめた。


「さらに、犯人は手をくださなかった。被害者本人が四大原則を犯すように誘導したんだな。これ、要するに自殺だろ。あきらかに秩序型の犯行だ。最低でも成人はしてんだろうってのがオレたちの見解だね」


 犯罪課のほかの人が班長さんに話しかけようとして、班長さんが「おう、ちと待ってくれ」とわたしに向き直った。わたしは質問を再開する。


「街角レコーダーでヒットしないなら、赤ちゃんのときからその年齢まで一回も外で魔法を使ったことがないってことになりませんか? 親とかに匿われていたんでしょうか」


「不気味だろ?」


 尊顔貴族以外の人が〈変化へんげ〉無しで外に行くなんてありえない。服を着用せず素っ裸をさらけだすみたいな意味あいだもん。今時家族だって素顔を知らないんだよ?


 というか、大前提として尊顔貴族は仕事のために素顔を見せるのであって、子どもにそんな職業は無い。そもそも犯罪などに巻きこまれたりしやすくなるから子どもに〈変化へんげ〉しないことを許す保護者も普通いない。


 魔力が安定しない小中学生までの子どもに保護者が〈変化へんげ〉をかけてあげるケースはかなり多くて、それで本人の〈変化へんげ〉の陣紋が街角レコーダーに記録されなかった場合も考えられるけど、今回の犯人がまだ幼い可能性ってすごく低そうだ。としたら魔法が苦手な知的障害や発達障害の大人に保護者が〈変化へんげ〉してあげてる可能性だけど……、そういうケースもあるけど。


 四六時中一緒に行動していちいち魔法をかけてあげるのじゃなかったら、移動するたびに乗りものも駅も利用しないのが不自然だし、雨が降ったら〈傘〉はどうする。大昔の物理的な傘をさしている人なんていたら目立つどころの話じゃないじゃん。荷物は? 〈バッグ〉無しで出掛けるのは近所のコンビニくらいでしょ。


 国際法で着用を義務づけられている緊急救命自動発動型移動シールド装置を始めとした義務装置だって、街角レコーダーに捕捉される立派な魔法だ。どんなに幼い子どもでも障害を持つ人でもこれは他者が代わってあげられない。


 要するに魔法はあまりにも日常に密接に繋がりすぎていて、一生街角レコーダーに記録されない人間がいるかもしれないと考えること自体が馬鹿馬鹿しかった。


「……街角レコーダーって、なんか……、ディストピアっぽいです」


「だからフィクションみたいな捜査はしなくなったんだよ。検索すりゃ出てくるんだもんな」


 機構が街角レコーダーを設置したのは世界に魔法が出現して約二十年後だ。機構による監視社会だと世界中から批判が殺到したものの、当時は人々が魔法というものをまだどう扱ったらいいものか分からずにいた。あとを絶たない魔法犯罪は取り締まりようが無く、ひどく混乱した時代だったらしい。


 やむを得ず人々に受け入れられるかたちとなった街角レコーダーを皮切りに、それから六七〇年ほど機構はなにかと「監視社会」だの「歴史の操作」だのめちゃくちゃに批判され続けながらも、こんにちまで魔法犯罪を取り締まってきた。


「親が匿っていたのかもな。街角レコーダーの絞り込み検索で買いものの履歴を調べたが、住民登録上の世帯人数とズレた食料品の買いこみは正直多すぎて、それだけじゃどうにもならなかった。わざと有人決済店舗で現金・カードを使っていたら追えねえしさ」


「班長、そろそろ……」


 捜査を進めるために犯罪課の人たちが班長さんを待っていて、わたしはここらでいったん区切ることにする。わたしが執行課だから、班長さんはわたしへの解説を最優先してくれているのだ。


 ――いざというときは貴方が必ず殺人を犯してください。そのために日頃から最大限親切にいたしますから。


「ムメちゃん、またなにかあればいつでもいいからよ――」


 班長さんが申し訳なさそうに頭を下げかけたときガンッと派手な音を立ててレト先輩がドアを乱暴に蹴って開けた。それはいつものことだったけど、わたしの姿を認めるなり顔色を変えた。


 つねに仏頂面を決めこんでいる先輩にしては珍しい、とわたしは面白半分で眺めていた。


「新人――何故此処にいる」


 大股で一直線につかつか闊歩してくると、急にわたしの胸ぐらをつかんでくる。


「先輩、お疲れ様です! 退院しました!」


 誰にでも元気に挨拶をするのがわたしのコミュニケーションの基本だ。


「昨日の今日でか」


「はいっ」


 ……めちゃくちゃ睨んでくるじゃん。全人類のことどうでもいいって顔してるくせに。


 わたしは満面の笑顔を先輩に向けてやった。

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