2-15

       ◆


「んでよ、ムメちゃん。容疑者を割りだすまでに調べる要素ってぇのがあれこれあってよ。アリバイ、証言、動機、物的証拠、犯行手段の仮説――挙げてもキリがねえ」


「わあ、わああ、ロマンってやつですね!?  新幹線に飛び乗っても時間的に間にあわない完璧なアリバイとか、凶器が現場から見つからず『どうやってこんな遠くに捨てたんだ』と右往左往する警察、謎が謎を呼ぶ難解な密室殺人のトリックとか……!」


「シンカンセン……? 密室殺人ってなんだ?」


「班長班長、嘘でしょ!? 密室殺人は密室殺人ですよ! 犯行後犯人が出ていったあと遺体自らが鍵をかけて閉じこもったとしか考えようがない状況の、他殺に見える殺人、密室での不可能犯罪っ! 犯人はどうやって部屋を封じたのか? これはほんとうに他殺なのか――」


「〈瞬間移動〉か〈施錠〉、〈マリオネット〉らへんだろ?」


「うー! だー! 班長ぉー! 魔法が憎いです……ロマンあふれる捜査をだいなしにするんだもん! 昔はそれはもう死にものぐるいで奇想天外なトリックが生みだされてたんですよ、生命保険のために他殺に見せかけた自殺っていうオチやら、疑われないために犯人が計画的に作った多種多様な密室やら、ときにはなにかの拍子に偶然密室ができちゃって犯人にもわけが分からなくなったり――」


「〈瞬間移動〉でまるっと解決じゃね?」


「だあーっ! 魔法なんて、魔法なんてーっ!」


「ハハハ。まあそういうわけでよ、さっき挙げた物的証拠しかり、犯行手段しかり、証言しかり――そのほとんどが魔法社会の犯罪捜査ではまるで役に立たねぇんだよな、ムメちゃん」


 犯罪課班長さんに言われてわたしは溜め息をついた。


 〈瞬間移動〉や〈マリオネット〉だけではない。〈変化へんげ〉も大概だ。人々は「同一人統一法」という決まりに則り、役所へ日常使用する容姿を届け出ていて、でも犯罪者が同一人統一法や肖像権など法律をいちいち気にするわけないから、平気で架空の人物もしくは実在する誰かの容姿に〈変化へんげ〉してしまう。高等技術だが不可能ではない。あっさりなりすましが成り立つという寸法だ。アリバイ・目撃証言を真面目に調べるだけ時間の無駄なのだ。


 千年以上前にインターネットが普及し始めた頃、「イッチが立てたスレは釣りか否か」を見極めながら疑心暗鬼でチャットをしていた頃の、あやふやで不安定な感覚を現実リアルでも強烈にいだきながら、確認に確認を重ねてこわごわ人間関係を形成するしかない現代人たちにとって、この世界で断固として信じられるものなど数えるほどだ。


 物的証拠で信用できるのはだいたいが四大原則に関わる部分となる。一、代償の絶対性。二、利き手による媒介。三、関係性の希薄化。四、干渉不可項目。魔法には分かりやすく「絶対に不可能です」と定められているものがある。


 一、たとえば魔力を持てない病人や魔力を欠乏症寸前まで毎日売却する困窮者は容疑者から外れることがある。


 二、利き手を怪我をしていて事件前から事件後にかけて明らかに魔法が使えない者も右に同じくだ。


 三、現場の魔力が過多だと希薄化によって犯人も証拠を残したことに気がつかない場合があるので、捜査時は魔法陣周辺を舐めまわすように確認して、処分し忘れた凶器や陣紋、魔法がかかっていないDNAなどを探し、なにか見つかれば希薄化以外の証拠より重要視して調べ尽くす。また、犯人によって魔法で加工された物的証拠は、魔法陣の解析結果から逆算してもとの状態を予測し、間接的な証拠として扱うものの、魔法にはいまだ未知なこともたっぷりあって、鵜呑みにはしない。


 四、魔法では死者を生き返らせられないとか、時間を移動したり、電動式機械をいじくったり、感情を操ったりできないとか、魔力をどれほど大量に使ったとしても実行できませんよと確定している項目があるので、そこから捜査を進めることもある。もっとも代表的なのは完全電動式機械の街角レコーダーだ。


 私有地を除く全世界に張り巡らされ、周辺の陣紋を毎秒記録し、網羅する記録装置で、魔法では電動式機械をクラッキングできないため、大抵の犯罪は街角レコーダーの記録検索で検挙までこぎつける。この記録で動かぬアリバイが見つかって疑いが晴れることもある。


 今回、奇形の天使事件では被害者の身元が分からなかったために捜査の取っかかりにできそうな感情的人間関係・動機が検討つかない状況だった。そこに遺体とラムネ監督との地理的関連が見つかり、被害者の身元は分からないままだけれどとりあえず映画関係者を手あたり次第に調べた。


「ムメちゃんにこれ渡しとくわ。映画関係者のリストな。街角レコーダーと交通履歴のクロス検索済みだ。聴音士のムメちゃんはあの事件の犯人ホシがずいぶん独特な陣紋をしてるってことは知ってんだろ?」


 わたしはうなずいた。入局当日にレト先輩にせがんで連れて行ってもらった事件現場の、空間にしみついた音。計算して組み立てられたような不協和音、魔力消費が激しい非効率的な雑音、装飾過多で洗練には程遠い気取った魔法陣の残り香。


 あの特徴的な陣紋を別人レベルに変えて日常生活にとけこむことはいくらなんでも無理だろう。


「街角レコーダーにはこの陣紋の履歴がなかった。駅で〈瞬間移動〉した記録にも同じ陣紋が見つからねえ。ちなみにシェアリング自動車の利用履歴も全国分遡ったけどよ、いねえ。自家用車持ってんなら陣紋が車買うとき登録されてるはずなのにそれもねえ」


「レト先輩みたいに事情があって完全非魔法運転免許を持っているとしたら……」


「犯行現場見たろ? あれだけ魔法バンバン使えたらアナログ運転免許は役所から許可がおりねえな。危ねえもん。レトくれえにあからさまな音無しじゃなきゃ、普通は魔法を使う」


「班長、検索してもそういうのぜんぶにヒットしなかったって、それって……」


「な? だからこそ徹底的に検索したんだが、駅も車も利用してない。アナログの移動手段、たとえばチャリでもバイクでも〈ヘルメット〉〈身体保護〉などをかけて乗る法律なんで、一〇〇パーセント街角レコーダーに記録されるはずなんよ。だからって長距離をアナログでてくてく歩いてる人間なんざ、目立ってしょうがねえ。この現代に魔法をこんなに使わず生活している人間なんてありえねえんだ」


「引きこもり、ですか……?」


「ま、オレたちはそうじゃねえかと睨んでる。私有地はプライバシーのなんちゃらかんちゃらで街角レコーダーに映らねえ。ずっと私有地から出ていない引きこもりヤロウが犯人ホシかもしれんってわけだ」


 わたしは受け取ったリストを空中ディスプレイに表示して流した。


「班長、先日のパーカーの男性が容疑者として浮上していたって聞きましたけど」


「んにゃ。そいつは一人暮らしのはずなのにここ数ヶ月間二人分相当の食料を買いこんでやがる。引きこもりを匿ってるかもしれねえってこった」


 やっと捜査らしくなってきた。わたしは身を乗りだした。


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▼この前描いた二年ぶりの落書き水彩したやつ(レト・ムメ)です。

https://kakuyomu.jp/users/KwonRann/news/16818093075228545953

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