2-13
◆
素っ気ないデザインの
馥郁とした紅茶の香り。
夕陽がすみずみまでゆき渡るちいさな個室は、此処だけが時間を切り取られたかのように森閑として、予定調和的で、そこはかとなく静謐だった。そして、紅茶が香る。無骨なパイプ椅子がわたしの横たわる寝台のほうを見ようともしない角度で窓際に置かれ、鮮やかな逆光のなか、青年がティースプーンへ機械仕掛けの右手を伸ばす。
彼が座っているのはパイプ椅子だし、見覚えのあるカップの模様は安いチェーン店のロゴだ。近寄りがたい戦闘服と、そこから覗く
一連の仕草に無駄が無く、雑音のいっさいが省かれ、気品を感じさせた。まるで此処が病室ではなく何処かのお城の一室みたいだ。玉座のような精緻な彫刻があしらわれたアンティークチェアーにゆったりと腰掛け、職人が一つ一つ手作りした高級ティーセットで、一握りの人間しか飲むことが許されない希少なブランドの紅茶を楽しむ。そういう貴族だ。
レト先輩は珍しくおだやかな表情をしていた。いつもの不機嫌そうな渋面や他人を刺殺できるくらい鋭い眼光などが別人であるがごとく、切なげになにか懐かしむ感じの視線をカップに落としている。意外ではあったものの似合わないとはおもわなかった。そのことに自分でもちょっと驚いた。
――なにをそんなに悼んでいるんですか。
ふと問いかけてみたくなって、自重した。踏みこみすぎてしまう質問だとすぐおもい直したからだった。
夕陽がゆるやかに病室のもっとずっと遠く地平線の彼方に沈んでゆこうとしている。
「……さっきの男の人は、生きていますか?」
夕陽の次には夜が来る。狭間の時間帯に紅茶が香る。
「…………さっきのって誰だ?」
先輩が静かにティーカップを置いてわたしを見た。
こころなしか声も優しい気がする。
「機構で先輩が戦っていたパーカーの人です」
「……あー、あれか」
あれから何日経ったんだろうと急に不安になった。心臓が早鐘を打つ。わたしは自分でおもっていたより長いあいだ眠っていたのだろうか。何日? 何ヶ月……? わたしにとっては人生が変わると言っても過言じゃないほど大事件だったものを、先輩はピンとこなくて訊き返してきたのだ。ドス黒い不安が脳内でぬめり、息が詰まった。
先輩の口が開くのをこわごわ凝視する。
「昨日のあれはだな」
「昨日」
「ん? ああ」
ぶっきらぼうに先輩が頷く。
「昨日……?」
繰り返すと呆れたような目線が突き刺さった。わたしは拍子抜けして肩のちからを抜いた。
「昨日だ。返答は否」
唐突にそれだけ言われてなんのことか分からずぽかんとしていると、先輩が無感情に再度答えた。
「だから、昨日のあれは生きていない。殺した」
「えっ……」
どうでもよさそうに先輩がカップを持ちあげた。
「あの、でも、えっと、じゃああれ、ええと、その――昨日の男の人は遺体が消えましたか?」
「いいや」
これにもこともなげに返して先輩は紅茶をもう一口飲んだ。
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いつもありがとうございます。もしもこんな小説でも楽しみに待っていてくださっているかたがいましたら更新遅くなってごめんなさい。
すごくどうでもいいんですけど、このページの一文目は途中までフレーズの頭文字を「そ」縛りしました(んなことする暇があるなら〆切守れよ)。動機は楽しかったからです。意味はありません。
すごくすごくどうでもいいんですけど、「荘厳」を新明解国語辞典で調べたら「そこに臨む人を別世界に誘う感じがある様子」とあって面白い表現だとおもいました。スマホに広辞苑と三省堂と明鏡も入れているのでぜんぶ調べたけど、この手の表現は新明解がダントツですね。そして「荘厳」は結局本文に用いませんでした。私はこういうことで時間を無駄にする人間ですが、改める気は皆無です。
ではまた。
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