2-12
パーカー男とレト先輩を中心に、わたしは約三メートル離れて石畳に転がり、その周囲を十メートルほど置いてぐるっと十五人くらいが立っていた。
パーカー男に刺されたわたしがしかしまだ生きているので、彼は余罪でも見つからない限り傷害罪の現行犯で逮捕されることはあっても処刑はされない。たとえ彼がヤケを起こして周囲に斬りかかったとしても、機構のエリートたちは正当防衛さえ満足にできないわけで、それで「手をくだしたくはないがくだされてくれ」と願う。
――殺れ、殺れ、殺れ……!
誰も動かなかった。執行官だけが平然としていた。時間が細く長く伸ばされていくような感覚がした。先輩はこんなときにも呆れるほど上品な所作で片膝を地面へつき、丁寧にパーカー男を押さえている。胸ポケットからきちっとアイロンがけされたハンカチを引っぱりだして敵にくわえさせ、「痛むぞ」悠々と警告したのち右手首へナイフを走らせた。もう一方の手首も割れものを扱うがごとく慎重な手つきで同じように切る。
犯人の手はすでにレト先輩に撃ち抜かれて大怪我だったんだけど、念には念をってやつだろう。四大原則、利き手による媒介。利き手の指先から手首までにかすり傷ひとつでも負えば魔法全般が使えなくなる。戦闘時に手を狙ったり狙われたりするのは魔法社会の常識だったけど、レト先輩が強すぎてパーカー男はあまりにあたりまえすぎる負けかたをした。
「敷地内、クリアです! ほかに侵入者はいません!」
警備員が数人走ってきて報告した。
制圧が完了してその場は安堵した雰囲気になる。寄ってこようとした警備員を先輩は「来るな」と短く制止した。視線を敵からまったく外そうとしないまま戦闘服の腰にぶら下げられた手錠型魔法装置をゆっくり取る。魔力と体力を封じる装置だ。そして、そのとき一瞬パーカー男が動いた。
先輩は反応が遅れた。そりゃそうだ。あんな無茶な戦闘をしたんだもん、とっくにぶっ倒れていてもおかしくないのだ。
アナログの拳銃だった。銃口が着崩されたレト先輩の戦闘服に向く。もちろん誰も動かなかった。刹那、世界中の音という音が消え失せた。
先輩の表情が見えた。
正当防衛をわたしたちの代わりにやってくれる執行官がたくさんの同僚に見守られつつあっけなく見殺しにされそうになっていることにわたしはショックを受けていて、でもそれよりもなによりも戦慄したのはレト先輩の表情だった。
――なにそれ、なん、で。
ほんの刹那のことで熟考する時間が無かった。普段日常で使うことがめったにないような戦闘用の〈シールド〉を張るのは到底無理で、その他いろんな有効な魔法がこの世にはたっぷり存在しているというのに、わたしはごく一般的な護身術程度しかできないし、ぜんぜんおもい浮かばない、まあしかたないよね、咄嗟に使い慣れた〈瞬間移動〉をほんの三メートルのために自分にかけて、両の腕を突きだす。レト先輩を押しやる。
満天の星の空が旋回した。
そのあたりですこんと意識が吹っ飛ぶ。
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