2-11

 見あげてもレト先輩の表情は角度的に見えなかった。


 定時をとうに過ぎた夜の魔法管理機構は広大な星空を背景にひたすら高くそびえたち、やたらと無音で、とてつもなく寒かった。


 頭がまわらない。パーカー男がなにか叫んでいたけどなんと言っているのか認識ができない。意識が砂時計の真ん中をすべり落ちていくみたい。さらさらっと減っていってなくなりかけてる。


 耳障りな魔法の発動音が続けざまにレト先輩のからだをえぐろうとした。


「レト……先輩っ、わた、し……死んでいません」


 彼の背中に向かって必死にあえぐ。


「死んでいませんから――」


 声がちゃんとでない。かひゅ、と空気の漏れる声がする。もどかしい、という気持ちがのろのろわいてきて消える。


 かひゅ。


 寒くてからだが動かない。


 平らなはずの地面がぐにゃぐにゃ波打っている。


 鋭利な発動音が耳に届く。届き続ける。


 〈矢〉


 〈劫火〉


 〈雨針〉


 〈熱風の剣戟〉


「――先輩、駄目っ――殺さないで……!」


 息も絶え絶えにわたしは訴える。


 レト先輩は魔法を使わなかった。使えないからだ。利き手を媒介にしなければ魔法は発動しない。四大原則で絶対的に定められたルールであり、彼の義手はその役目を果たせないので、数々の攻撃に反対魔法や解除魔法をぶつけられない分、明らかに不利だった。この現代社会で利き手を失っていることは、どうしようもなく生きていくのに不利だ。


 大量に重ねられた範囲攻撃系の陣に先輩がナイフを突きたて、物理的に叩き割った。パーカー男が激痛のあまり怒りに満ちた悲鳴をあげる。怒り任せの魔法がまた次々生まれ、うなる。


 魔力使用無しで陣を壊すことはコツと体力が要るけどできなくはないことで、でも壊すほうも壊されるほうもお互いにすごく疲れるからプロの戦闘員であっても切羽詰まったときだけの奥の手だ。しかし先輩は反対魔法も解除魔法もできない。奥の手だけをいつまでも使い続ける。これではパーカー男より先にレト先輩が疲れきってしまう。


 いつのまにか警備員やほかの戦闘職員が集まってきていて周囲を取り囲み武器を構えていた。助かった、とおもった。


 ターゲットをロックオンする自動追尾型魔法は動きが素早いため陣の破壊が間にあわない。四方八方から十個以上一直線に中心の先輩へ飛んできたそれらを、先輩は一歩横にズレたり手を伸ばしたりして追わせ、追跡軌道をうまく誘導し始めた。ついでに単発型の〈矢〉をよけて〈剣戟〉をナイフで受け流し〈銃〉の陣へそのナイフを投げるのも同時にやりながら、最小限の動きで舞うように自動追尾十数個の軌道をまとめあげる。


 ふわ、唐突に先輩が軽く屈んだ。


 楽譜にあらかじめ書かれていた休符、って感じがした。


 軌道を誘導された魔法たちはふっと取り残された。ロックオンしたターゲットを追おうとし、ターゲットが。先輩の赤い髪の数センチ上になにかが浮いていた。浮いているんじゃなくて、放られたのだ。先輩が屈みつつなにかをついさっきまで彼自身のからだがあった場所、空気中に、置くみたいにほうった。


 人差し指の長さほどの楕円形だった。血で濡れていた。


 ゆっくりと落下しだすそれに向かって自動追尾型魔法はいっぺんに突っこんでいった。ぶつかりあい、花火のごとくひかりを放ってちいさく爆発する。


「どう……やって……!」


 パーカー男が苦しげに問いを絞りだした。


「お前を、追わせたのに、機構つったってお前『音無し』だろっ……!」


 音無しとは、魔法を使えない人たちに対して「呪文を唱えない」「唱えても発動音がしない」という意味あいで言う呼びかただ。なるほど、機構のホームページでも検索してレト先輩のことを調べあげ、狙ってきたのかもしれない。無能な音無しが相手ならあるいは、とでもおもったんだろうか。


 ……その音無しさん、世界で十人ちょっとしかいない超絶エリートの「国際戦闘資格Sランク合格者」ですけどね。


 わたしは笑える体調じゃないのに馬鹿みたいに笑いがこみあげてきてなんかやばい声というか音というか判らないものを喉から吐いた。朦朧とする。思考がぜんぜん動かないけど、そういえば疑問におもった。


 たくさんの人が集まっていた。


 戦闘態勢での警備員たちとかがずらりとわたしたちを取り囲んでいた。


 みんな遠く離れて銅像のようにたたずんでいた。誰もこっちに近づこうとしない。駅前の待ちあわせで目印扱いされるだけの裸の女とか子どもたちとかの意味不明な像をおもい浮かべた。ただ其処に在るだけの、無意味な銅像たち――。


 かちんときた。なにをしているんだろう。耳障りな攻撃魔法が連続して先輩に突撃していく。なんで誰も助けてくれないの? 先輩は魔法以外のあらゆる方法でパーカー男を追い詰めていく。血。先輩の右側の顔あたりから血が噴きだしていた。


 自動追尾型攻撃魔法はターゲットに触れるまでしつこく追いかけまわす性質だ。優雅な動作で難なく魔法に対処するレト先輩は、さっき自分の耳を切り落として頭上に投げ、追尾をやり過ごしたんだ。


 殺さないで、とわたしが言ったときから先輩はパーカー男を生け捕りにする方向へシフトしたらしかったけど、銅像の誰かが「早くやれ」「責任を果たせ」と騒ぎだして、次の瞬間には先輩がパーカー男の両手に一発ずつ銃弾をぶちこみ、硬い義足でパーカー男の両足をなぎ払って地面に捻じ伏せていた。


「やれ!」


 誰かが言った。


 魔法社会では殺人がダントツで重罪だ。殺人者は神様から「人じゃないもの」と認識されていて、殺人者が死ぬと遺体は霧のように消えてしまって、お葬式は行われないし、お墓を建てることも禁じられている。


「早く、やれ――」


 何メートルも離れたところにずらり並ぶ銅像たちが、安全地帯の向こうから口々に怒鳴る。


 やれ、やれ、やれ、――殺れ!


 先輩がナイフを握りこむのが見えた。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□


 いつもありがとうございます。遅れてごめんなさい……(常習犯)。


 登場人物についてちょっとした落書きをしたのでもしよかったらどうぞ。下手くそではありますけれど。まあイメージ、的な……。


https://kakuyomu.jp/users/KwonRann/news/16818023213986577938

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