間奏 1-2

       ◆


 数週間前に機構の談話室でグレイによって引きあわされた僕たちは、同じ年齢で、同じ性別で、同じ紅龍国クロウコク語で、同じ標準語を喋っていたのに、言葉が通じなかった。


「こちらの緑眼がラクロワ・N、そちらのレディッシュがレト・Vだ。以上。あとは若者同士で適当にやれ」


 至極どうでもよさそうに言い置いてグレイは今時珍しい紙の本を開きながら奥のソファーに引っこんでしまった。


 もともと中性的な顔立ちの僕は、真珠先生のところから出てきてそう何日も経っていなかったので、先生の好む首を隠すくらいの長めの髪をそのまま後ろに流していた。監禁中に先生から支給されていた貴族のような絹の服を手放せず、数着だけ持ちだせたものを毎日順繰りにしっかり洗ってアイロンをかけ、着こんでいた。


 対面したノアトは僕より約十センチ背が高かった。ダークブロンドの刈り上げがちょっとだらけた感じに伸び始めていたけど、両耳の大量のピアスを隠すほどではない。刺青のびっしり入った腕が剥きだしで黒いタンクトップからジーンズのポケットに突っこまれていて、全身で機嫌の悪さを表現するみたいにすごい目つきで僕を睨んでいた。


 こわい。


 率直におもった。


 当時彼はまだ眼鏡をしていなかったから、あの印象的なエメラルドグリーンの目は、僕を睨もうとしていたのではなく僕にピントをあわせようとしていたのだと、後日知ることとなる。


「んだよこいつ、娼婦みたいなツラのガキだな。タマついてんのか?」


 ……ショーフ? ツラ? タマ?


 ガ、ガキって、でもだって、同い年なのでは……?


 意味不明だったけど挨拶をしてみた。


「お初にお目にかかります。ご紹介にあずかりましたレトと申します。以後お見知り置きのほどよろしくお願い申しあげます。ところで、浅学で恐縮ですが、『タマ』の語意をご教示いただけませんでしょうか」


 ノアトが口をあんぐり開けたまま硬直した。


「……」


「……」


「…………なぁ、なぁなぁ、そこの虚弱体質野郎」


「大人のことは氏もしくは名をさん付けして呼べ」


「死にぞこない野郎さん」


「ほう? 今日は比較的素直だな。ちなみに私の氏名はクォルフォア・グレインだ。覚えろ」


「うっせーなグレイ、それどころじゃねえだろ。この赤毛の言ってること、『タマ』しか解んなかったんだけど?」


「……」


「……」


「……」


 沈黙がおりた。


 僕は不安になった。


「……クォルフォア様、あの、僕はなにか彼に失礼を……?」


「様ぁ!? てめえこのクソグレイを様って呼んでんのか!? 名字で!? 言語野にウジでもわいてんじゃねーの!?」


 僕はできるだけ礼を欠かない丁寧な物腰を意識しつつ、ノアトの呼びかたとして「ラクロワ様」を提案し、すさまじい罵倒を宇宙語でたくさんちょうだいする羽目になった。


 この日から彼とはすれ違い続けた。ノアトをやっとファーストネームで呼び捨てすることに慣れてきても、次から次に彼の不平不満は止まらなかったし、毎日罵詈雑言を浴びせられた。それでも十日間はいっさい喧嘩にならなかった。僕が服従したからだ。


 僕は人生で一度も他人に怒ったことがなかった。


 十一日目、ノアトはとうとう僕の地雷を踏んだ。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□


 いつもありがとうございます。


 火曜日更新の小説を月曜日に更新してしまいました。明日の分? 一文字も書いていません。HAHAHA。


 ではまた明日!

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