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 小学生低学年ほどの被害者は発見時アナログの外傷がなかった。人々が日常生活のうえでつねに使っているはずの〈変化へんげ〉や身を守るための魔法装置等を身につけておらず、白いワンピースだけを着せられて万年樹の幹に寄りかかり、脚を投げだして座っていた。


 おびただしい数の魔法陣で作られたいびつなかたちの白い羽へ黒い髪が流れ、眠っているかのように桜の満開の下で目を閉じたその姿はまるで映画のワンシーンを切りとったみたいに幻想的なのに、でもぶくぶくと肥えた肢体とニキビだらけの下顎前突症の顔は〈変化へんげ〉を見慣れた現代人にとって本能的に嫌悪感をもよおす容姿で、ニュースやネットなどで「今世紀最高にきもい奇形の天使」と話題になっている。


 それほどに特色のある現場であるにもかかわらず、しかし出まわっている映像や写真はたいして多くはない。三月三十一日の夜に発見された遺体は魔法の痕跡から見て同日夕方頃に置かれたという見解が強いが、通報されるまでの数時間は誰にも気づかれずに放置され続けた。


 人通りがなかったわけではない。遺体があまりにも膨大な魔力を放つせいで、魔法の四大原則「関係性の希薄化」が急性的に起こり、談笑しながら歩いたりベンチで読書をしたり犬の散歩をしたり夕食前にランニングをしたりする近隣の住人たちから違和感を持たれないまま、何時間も万年樹の根元に堂々と座っていたのだ。野次馬が撮影しに来る前に通報され、警察と機構によって〈シールド〉が張られた。


 ニュースで流された遺体の映像はまだ明るい時間帯のものだった。自己顕示欲の高い犯人が自らマスコミに送ったものではないかと犯罪課が調べている。


「死因はなんだったんですか」


 〈現場再現〉で映しだされた発見時の遺体を見つめつつ、新人はぽつりと言った。


 先ほど俺が制圧した警察官に彼女がこわごわと〈現場再現〉をお願いし、「機構サマサマは警官を雑用係扱いかよ」ブチギレている彼らに半泣きで震えながら頭をさげ、通報のときに遺体を直接目で見た警察官が休憩中わざわざ公園まで呼びだされ、一悶着あったあとで再現されたものだ。魔法には必ず制約があり、〈現場再現〉については直接見たものしかできない。


 新人は、すぐ隣にいる俺に再現を頼まなかった。


「死因は不明だ。からだは健康そのものだった。肥満を除いてだが。致命傷になる外傷、毒物、疾患その他異常は見られない」


「だからレト先輩は四大原則を違反した可能性が高いって言ったんですね」


 肯定の意で沈黙していた。


 新人が〈現場再現〉に数歩歩み寄っていく。再現度は低い。警察がどうこうする前に機構が捜査権をとったので、〈現場再現〉をかけた警察官は遺体を近くからじっくり見る機会がなかったのだろう。


 ――それでも、彼女はシュプール師の俺に再現を頼まなかった。


 機構のなかでも特に真っ先に捜査権を与えられる、シュプール師に。


 ぼやけた奇形の天使に視線を合わせるようにしゃがみこみ、ひしゃげた羽を時間かけて観察する。


「代償の絶対性。亡くなったあとは遺体から魔力の痕跡が消えてしまうから、魔法を使いすぎて亡くなったのかどうかは判りませんね。でも、死んじゃう量の魔力を使ったらこんなおだやかな表情にはならない気がします。苦しくて苦しくてひどい顔になってしまうから」


 こちらを振り向かずに独り言のように新人は呟く。


「利き手による媒介、利き手がどっちなのか分からないけど、両手とも怪我がありません。関係性の希薄化、これは死因になるくらい強く影響が出るものじゃないから除外します。干渉不可項目……」


 指を一つずつ折り、四本目に新人は言葉に詰まる。


「……こんなにちっちゃい子でも、死者を蘇らせるとか電動式機械に魔法をかけるとかしたらいけないって知っています。干渉不可項目は一瞬でいのちを落とすので親からきつく教育されます。だけど――死んだほうがいいって犯人におもわされたのかもしれない」


 慇懃無礼医師が事務室で不機嫌そうに解説した内容をおもい起こした。


「羽が動くように魔法で無理やり手術されて、激痛に耐えて飛ぶ練習をさせられて、〈肥満〉で強制的にふとらされて、痛めつけられて、苦しんで、こわくて、だから、一瞬だから、表情を歪める間すらない死の選択を、こんなに幼いのにさせられたのかもしれない……」


 新人が立ちあがった。俺のほうに向き直り、深々と頭をさげる。ざあっと風が吹いた。四季折々の花びらが舞い、濃厚な香りを撒き散らす。


「……今度はなんだ」


 深く礼をしたまま新人は動かない。


 薄々分かってはいた。彼女は気づいたのだ。説明するまでもないことだ。俺にとっては、日常だ。


「レトさん。申し訳ありませんでした。ライターを見てはしゃいだことも、バイクを笑ったことも、義足に〈歩行補助〉をかけない理由を訊いたのも、先輩の前でエレガーさんの〈瞬間移動〉を楽しんだことも、警察さんたちを殴ったことを過剰防衛と言ったのも、ぜんぶ」


 ぱたぱたと涙が落ちて彼女の足元が濡れていく。


「四大原則、利き手の媒介。先輩は手を切り落とされて、魔法が使えないんですね。レトロなライターを使わなきゃ、煙草に火をつけられない。……魔法を使えないことって普通ありえないから、わたし、無神経で、気づかなかったです。ごめんなさい」


 ――障害者のガキを押しつけやがって。


 偏見も、嘲笑も、無理解も、無価値感も、日常でしかなくて、ああ面倒だな、とおもった。

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