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 ごった返すプラットホームの人と人と人とのあいだを進む先に並ぶ箱と箱と箱とそこにできた行列とそれぞれが浮かべる空中ディスプレイの群れ。


 音楽。


 ゲーム。


 ニュース。


 映画。


 マンガ。


 カラフルな帰宅ラッシュの駅は、現実からかけ離れた拡張現実に夢中で現実の他人には無関心な量産型の現代人であふれているが、機構の戦闘服と剥きだしの義手のせいでいちいち人垣を掻き分けずとも道が大仰にひらけていく。俺は小走りの少女を振り返らずに大股で直進した。


 連なる箱は三、四人ほどがゆったりと立てる個室になっており〈瞬間移動〉して自由に任意の駅の箱に行き来できる。ただし〈瞬間移動〉自体に制限があり、一度でも非魔法状態の自身の脚でもって一定距離以上を移動したことがある地点しか、行き先に設定できない。


「おい。あんた学園都市駅には行けるのか。学園近辺で使える駅は?」


「めちゃくちゃレトさん目立ってるじゃないですか……」


 割れていく道を見て返事になっていない独り言を言う少女を、男たちがざあっと凝視していく気配がある。なかには俺に嫉妬や敵意の視線を投げかけてくる者までいる。〈変化へんげ〉をしているか否かは見れば判るのでアナログであの顔では至極当然だった。


 美女と野獣、という古典小説の題名をおもいだした。


「学園都市駅には行けるのか。近辺で使える駅を言え」


 繰り返すと彼女はあたふたと頷く。


「学園都市駅で大丈夫です、むしろそのまわりの駅には〈瞬間移動〉できな――」


「先行ってろ」


 言い捨てて歩調を早め、一人でプラットホームの最奥を目指す。


 箱での滞在時間は平均すると十秒かそこらで行列はぐんぐんと動いていた。〈瞬間移動〉は慣れれば簡単な魔法だからだ。無人の箱に乗って、自分で魔法をかけ、箱をおりる。適当に並んでいれば彼女のほうが早く着くだろう。俺はプラットホームの端にゆき、通りすぎてきたたくさんの箱とはデザインが異なるいくつかの箱から目算ですいていそうな列を選んだ。


 こちらのほうがずっと列の動きが遅い。新人を待たせることにはなるけれども俺としては待ち時間が嫌いではなかった。目的の見つからない時間より断然いい。


 数分のあいだ、描きかけで自室に何日か置きっぱなしになっている水彩紙について考えていた。次に使う色を魔法で予測変換させないこと。〈図形挿入〉をしないでフリーハンドの迷い線を引くこと。物理的な紙に水と筆圧の凹凸でだせる効果のこと。筆を置く場所を失敗しても〈修復〉みたいには凹凸も絵の具も消せないこと。それでいいのだということ。絵とは本来取り返しのつかないものだったとグレイが教えてくれた。


 取り返そうとするな。


 美貌の男は言った。


 起きた過去は起きなかったことにはならない。上から塗れ。貴方が何度迷っても私がいくつでも提案を示す。自分で選び、重ねろ。


 片脚を少し引きずりつねに杖を持ち歩く青年が淡々とした無感情な口調で断じる重たさに、真珠先生長期監禁事件から救いだされたばかりの十歳の俺は絶句した。すると、滅多に笑わないグレイが不意に笑みをこぼして、魔法管理機構には場違いな骨董品の水彩筆を差しだしてきた。


 描いてみるか?


 とりとめもなく、考えていた。


 ……。


 あのクソアンティークマニアはまだ生きているだろうか。


「お客様、大変お待たせいたしました。行き先はどちらですか?」


 現実に引き戻され、営業スマイル全開の箱の案内人に軽く会釈してから「学園都市駅まで」と伝え、箱に乗りこむ。


「魔法の四大原則を言ってみろ、新人」


「学園都市駅に二名様ですね。かしこまりました。わたくしの肩に手を置いてください。放すと〈瞬間移動〉できませんのでお気をつけください」


「わわわ、案内人エレガーさんじゃないですか、すご、駅のエレガーさんに〈瞬間移動〉してもらうの初めてです、わあ」


「お客様、わたくしの肩にしっかり触れていただけますか。お連れできませんので」


「わあ。お姉さんの肩触るのなんだか緊張……失礼します!」


「……高いぞ」


「知ってます、だから無人箱しか使ったことがなかったんです、エレガーさんは最低でも五から六倍交通費かかりますもん」


「…………あんたの分は経費で落ちないぞ」


「えっ、ええええあああああ」


「到着いたしました」


「えあああああ」


「どうも」


 箱の案内人が丁寧にお辞儀をした。


「またのご利用お待ちしております」

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