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       ◆


 息も絶え絶えに「レト先輩、エレガーさん一直線なんだもん、好奇心わいちゃって、もおっ、考えてみればバイクに数百万ぽいと払う高給取りだったっ……あははは! わたしの腹筋鍛えてくれてるってことでOKですか!?」と腹を抱えながら引き落とされた口座残高を確かめた彼女は、態度とは裏腹にはっと冗談では済ませられない表情をして髪に隠した。


 気がした。


 見間違いかもしれなかった。視界の端だった。すぐ違和感をもって振り返ったときにはもう何事もなく俺を追って駆けだして、軽快な足音が幅の広い石畳の歩道にぱたぱた響いた。


 開こうとする蕾の木洩れ日を二人くぐって足早にゆく。


「……言っておくが」


「あはは、くく、ふははは、はは――はいっ」


「あんただけだ」


「?」


「経費」


「え、え、え」


「万一のため。戦闘職員は体内の魔力を温存する。くだらない〈瞬間移動〉は機構持ちだ」


 きょとんとこちらを見あげてきてしばし。


「クリティカルヒットです先輩」


 笑い転げる。


 かかっても三千か四千ほどで新卒とはいえ機構職員に払えない額ではなかった。飲みに行くのを一回我慢する程度だ。考えすぎだっただろうか、髪のあいだにうつむいたあのなんともいえない感情の意味を俺は一時保留にすることにした。


 ――未成年だから飲みには行かないか。


 洒落た石畳に花のかたちをした影が降り注いでいる。覆いかぶさる。輪郭を写し彩度は落とした薄っぺらい蕾の影法師を俺は殺害するみたいに踏み潰していく。まだらで、透明しょくで、なんとなく中途半端なグレー。夜はまだこない。


「新人。魔法の四大原則を言え」


「小学生のテストみたいですね? 代償の絶対性、利き手による媒介、関係性の希薄化、干渉不可項目です」


 声は走りっぱなしで息切れ気味だがはきはきとしていた。


「詳細」


「魔法は陣が成功してもしなくても必ず代償を払わされます。利き手に怪我があるあいだは魔法を使えません。魔力をいっぱい浴びると味とか色とか記憶とか薄れやすくなります。魔法では干渉できない分野が何個かあって、おもに死者・身体機能の蘇生、感情、薬品、電動式機械などです」


「死因はそれを基準に探す。外傷がない被害者は特に、四大原則を違反した可能性が高い」


「外傷がないんですか? ネットではすごくグロい遺体だって噂が……」


 有名大学が三つ集まっているだけあって往来には二、三十代の若者があふれかえり、万年樹のある公園まで活気に満ちていたが、現場の入口は一変してひとけがなくなった。


 〈キープアウト〉を張って現場げんじょう保存にあたっていた壮年の警察官がこちらに気づく。含みのある馬鹿丁寧なお辞儀を寄越し、露骨に嫌味ったらしく笑った。


「これはこれは、機構職員様。いかがいたしましたか」


 離れた場所に配置されていたほかの警察官もわざわざ俺たちへ目を向けて冷笑し、明らかに歓迎されていない雰囲気に気圧されて新人が俺の服の裾をつかんだ。


「……せん、ぱい」


 魔法犯罪といえども機構が捜査に関わる事件はごくごく一部にすぎない。彼らからしたら突然機構に捜査権を奪われる羽目になるわけで、機構と地元警察との軋轢は後を絶たなかった。ましてや小学校時代の授業を復習しながら十六歳と二十四歳がのこのこやってきたら馬鹿にしてやりたくなるのも理解できる。離れたところにいた数名が「ガキのママゴトじゃねえってんのに」「親のコネを象徴する制服だよな」と聞こえるようにささやきあった。


 俺は手帳を開いて掲げた。


「開けろ」


 命令をする権利がこちらにはある。


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 先週はスマホ不具合によるお休みありがとうございました。新しいスマホのキーボード設定がうまくいかず大変入力しづらい事態となり、今週は少なめです。Simejiが使えないので長らく有料会員だったけどやめないといけないかもしれません……。


 ではまた来週。いつもありがとうございます。

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