1-06

 身元が割れていないうちにメディアに遺体の映像が流れだしたことで会話どころではなくなった。


「また私営チャンネルか!? どこの!?」


「どこもかしこもッスね」


「一社がやり始めたらそりゃあもう怒濤の勢いで」


 くるくるりまわされる事務室のテレビもインターネットも気味の悪い奇形の天使を嘲笑うかのように遺体の映像で持ちきりだった。


 不幸は、観客に消費される。不幸を消費することに慣れきったお客様がたは単純な形状をした不幸に飽き、貪欲に真新しいかたちを求める。


 世間の暇つぶしの餌食になっていくちょうどその過程にある小学生低学年の遺体から、幼くて、捻くれた人工物の翼とぶくぶくとたまった脂肪のリアリスティックな醜さの、そのあやういバランスによって放たれる秘密めいた美が、一般化されて徐々に色褪せていく。


 報道数やら再生数やらの数字で上っ面の評価を与えられて今後彼女は定義づけされてしまうのだというがらんどうの落胆が脳を強烈に突き抜ける。確定していく。


 これを喪失感と呼ぶのは不謹慎だろうか。


 どうでもいい俺の内心など置き去りにして魔法猟奇犯罪の担当者たちは映像流出で慌ただしくなった。チャンネルをまわして奇形の天使が映されていないのは国営放送のみだ。法をわきまえている国営と違い、私営はやりたい放題だった。


「はっはっは。私営の皆様はどなたにでも節操なく股を開く安い売女のごとく目的意識が明確でいらっしゃいますね? 示し合わせたようにいっせいにこのスピードでお仕事をやりきるのですからたいしたものです。俺たちも早漏野郎どもを見習ってちゃちゃっと捜査いたしましょうか」


 ノアトが感じのよい笑顔で言い放った。男どもはどっと笑い、未成年の新人が目を白黒させた。


 マスコミが守るべき法律の主たるものとは、個人情報保護法だ。あわせて被害者および遺族の意思の尊重を人として無視してはならないはずだ。


「さーて、ムメちゃんに問題ね。とっくにニュースになってた事件ですが、このタイミングでとうとう遺体の映像が拡散され、わたしたちは困っています。では、ニュース自体はOKなのに、遺体の映像が駄目なのはなんででしょうか? おもいつくのを言ってみて?」


 実家のような安心感提供者のF主査がこんなときでものんびりと夜ご飯のメニューでも当てさせる口調で新人に問いをだした。新人は女性同士で少しはリラックスできているらしくF主査にちょこんと首を傾げてみせながら「……遺族への風評被害、ですか?」と返答した。


 たった十六歳で聴音士という難関魔法資格の一種を持って入局した新人は、その資格からおそろしく魔法オタクであることが分かるのだが、機構の事件捜査については詳しくなくて当然だった。


「うんうん。ご遺族への心配り、ムメちゃんは優しい性格ね。でも残念ながら、わたしたちの業務は捜査と解決で終わり。風評被害は管轄外なの。ご遺族には自宅を〈結界〉で守ったり〈瞬間移動〉で出勤や通学をしたり〈変化へんげ〉で別人レベルの変装をしたりしてくださいって案内するだけよ」


 新人が空中ディスプレイに思考入力でメモを取りつつ返す。


「たしかに……誰だって日常的に〈変化へんげ〉してますもんね」


「そ。実際、マスコミに遺族が特定されて直接嫌がらせを受けるケースは珍しくて、そんなことが起きると全国ニュースで取りあげられるくらいだもの。じゃあムメちゃん、ほかにテレビ映像がNGになる理由って思いつく?」


 新人が今回の事件を朝のニュースで見たとしても、その時点では遺体の視覚的情報は伏せられている。特殊行政部の捜査資料にも目を通す前だ。F主査の問題は解くのに必要なパズルのピースを隠していて、いささか意地が悪いのではとおもった。


 俺はおもうだけであって助け舟を出すことに興味は無いが。


「ほかにですか……うーん、遺族は噂の的になってつらいおもいをするかもしれないけど、殺人のニュースは普段自然に目にしてて今さらだし……そうなると個人情報ですか? 身元不明なら名前や住所がさらされてるわけじゃないですよね……あっ!」


 新人が目を輝かせた。


「ソフィアさん! 顔ですね!? 被害者は〈変化へんげ〉をしていない状態で見つかった、そうなんですね!? 本人の承諾なしでほんとうの顔がテレビに出ちゃって法律に引っかかっ――って、あれ? 亡くなった人は個人情報保護法の対象外じゃ」


「ほぼ正解! 遺体が〈変化へんげ〉をしていなかったってよく気づいたね。優秀な新人さんが入ってくれて嬉しいな」


 F主査がキャンデイーを一つ新人に手渡して続けた。


「顔って個人情報のなかでも一番重大でしょ? 『尊顔貴族』って言われるわたしたち機構や、政治家、王宮関係者などの職業に就く人は清廉潔白を証明するために〈変化へんげ〉をとくのが義務だけど、ほかのみんなは常時〈変化へんげ〉で過ごすよね。だからアナログの顔がテレビにでるのはやばいの」


 なんの苦労もせず美男美女になれる〈変化へんげ〉のおかげで街中はカタログじみた似たり寄ったりの顔面で溢れ返り、自信満々に長い脚で闊歩する人々のどこにも格好悪い容姿や障害、怪我、老い等は見あたらない。家族でさえ素顔を知らないケースも増えてきている。だからこそ捜査は難航を極める。


「ただし、ムメちゃん。わたしたち執行課では、保護法がどうなろうとあんまり気にしないのよね。さっきムメちゃんが言ったとおり、死後は個人情報保護法に引っかかりにくくなったりして、いちいち機構で取り締まったりしないわけ。警察さん頑張れー、はいおしまい。けど、今回は捜査にすっごく影響するの。なんでかって言うとね」


 ノアトがあとを引き継いだ。


「キモイ死体として目立ってしまいました。こうなると保護者のかたが『こんな不細工うちの子ではない』と言い張って、なかなか名乗りでてくださいません。捜索願も保護者が取り消してしまうおそれがあります。早漏売女マスコミ連中は、その完璧な仕事によって、被害者の身元をますます探しづらくしてくださったのですよ」


「えっ――でも、でも、愛する家族が、だって、死っ、殺されて」


「取り繕うことばかりに注視する魔法社会ですから」


 何処の誰がいつどのように殺害されたか、出発点が闇のなかでは、機構にとってパズルのピースが足りなすぎる状況だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る