第23話「額の傷」

「霞住と何かあったのか?」


 二人とも名前で呼び合う間柄。

 そして、先ほど萌ちゃんが口にしていた“私は気にしてないから”という言葉。

 霞住と萌ちゃん、この二人の間で何かあったとしか思えない。


「……」


 萌ちゃんはうつ向いて黙り込んでいる。

 いかんいかん、何でもかんでも詮索してしまう悪い癖がでてしまった。


「答えにくいならいいんだ。ごめんね、私的な事に首を突っ込んで……俺、デリカシーないよな。優真に昔から良く言われるんだ」


「いえ! そう言うわけではないんです。その……なんて説明しようかと言葉を選んでいました。ご察しの通り、私とわかちゃん、それに小夜ちゃんは親同士の繋がりもあって幼稚舎の頃から一緒で親友と呼ばれるくらい仲が良かったのです。今は、冷血姫なんてあだ名がついてしまっているわかちゃんですけど、昔は良く笑って、良く泣いて、良く怒る感情豊かな可愛い女の子だったんですよ?」


 信じられないかもしれませんがという萌ちゃん。

 いや、それって俺が知っている霞住そのものだから!とは口にはせず、萌ちゃんの話を黙って聞く。


 そんな萌ちゃんは、俺に向けて前髪を捲り上げる。

 そこには、縫合されたとみられる5センチ程の傷がある。


「それは?」

「幼稚舎の年長の頃でした――」


 幼稚舎の卒園式間近、萌ちゃんは身代金目当ての誘拐犯に攫われた。

 萌ちゃんを誘拐した誘拐犯は、萌ちゃんの家ではなく霞住の家に身代金要求の電話を掛けたのだが、当の霞住は家におり取り入ってもらえなかったという。

 

 誘拐犯は誘拐する相手を間違えてしまったのだ。

 この誘拐犯からの電話を怪しく思った霞住の父親の機転によって、田母神家では萌ちゃんの行方が掴めていないという情報を入手し霞住家と田母神家の人員を総動員して何とか萌ちゃんの事を救い出したのだが……誘拐犯の腹いせにより殴られた萌ちゃんの額に運悪く壁から飛び出していた釘が当たりできた傷だと言う。


「私が誘拐されたのは自分の所為だって責めて……それからわかちゃんは私のそばに寄らなくなってしまったのです……」

「そんな事が……でも、霞住らしいな」

「ふぇ?」

「だって、萌ちゃんにもう迷惑かけたくないから、自分から近づかない様にしているんだろ? アイツらしいじゃんか」


 霞住はヘルハウンドのオッサンの時も、オルトロスの双子の時も俺に関わらせないために必死だった。自分の身よりも見ず知らずの訳の分からん俺のような奴を憂いてくれていたんだ。

 優しい奴なんだよ霞住は!

 まだ、この亞聖学園に入って数日もたっていないけど俺はそんな優しい霞住が受けている周りの評価が気にいらない。

 何が冷血姫だ! 

 あんなに温かい子はそうそういねぇんだぜ!?


「黒木君は、今学期から亞聖学園に転入してきたんですよね?」

「そうだよ。それがどうかしたの?」

「……どうして、黒木君がわかちゃんの事をそう言えるのか不思議で……」

「あぁ~そうだなぁ。萌ちゃんだったらいいか」


 俺は、霞住と初めて出会った日の事を萌ちゃんに説明した。

 ぶつかってクレープをおじゃんにしてしまったこと。

 それで新しいクレープを買いに行ったこと。

 クレープを食べ終わったあたりで角刈りのオッサンに絡まれたこと。

 最期に小夜子に変態扱いされたことなどなどだ。


「良かったよ。この学園で俺の知っている霞住を知っている人がいて。みんなひでぇよな!? 全然信じてくれないんだぜ? あいつがいいやつだってよ! って、お、おい、どうしたんだよ萌ちゃん!?」


 俺が慌てている事に無理はない。

 何故なら萌ちゃんがポロポロと泣き出したからだ。


「よ、よかったで、す……くろき、くんに、わかちゃんの事を、知ってもらえて、ごめんなさい、嬉しくて、涙が止まりません……」

「そうか……泣くくらい霞住の事を好きなんだな」

「当たり前です! 少なくとも私はわかちゃんの事を親友だって思ってるんですから! そんな親友に私は何もしてやれなかった」


 萌ちゃんはハンカチで涙を拭きながら俺にそう言う。

 友を想う気持ち。それは俺にも良く分かる。

 優真と花が死んだって聞かされた時、どれだけ悲しかったか。

 謝りたかったことも、文句を言いたかったこと、ありがとうって言いたかったことも、全てもう言ってやれない……そう思っていたんだから。

 萌ちゃんのコンタクトが霞住にどう作用するかは分からない。

 けど、あの時あぁしてれば良かった、なんて事は思ってほしくない!


「俺に任せてくれないか?」

「黒木君に、何をですか?」

「題して“萌ちゃんと霞住の仲直り大作戦!”」

「な、かなお、り?」

「まぁ、二人が喧嘩で仲違いしているわけではないけど、ほんの少しお互いの気持ちをぶつければ、二人の間に聳え立つ壁は壊せると思うんだ。だから、その手伝いを俺にさせて欲しい」

「黒木く……ん」

「だめかな?」

「いえ! ぜひとも、お願いします!」

「あぁ! 任せてよ!」

「おーい! 二人とも!」


 視線の先に両手いっぱいの紙袋を持ってしんどそうな優真とホクホク顔の鼻が近づいてくる


「随分と買い込んだな?」

「俺がついていなかったらこの三倍くらいはあるぜ」

「……お前も大変だな……」

「零! 何してんだ早くステーキ食べにいくぞ!」

「お前なぁ、少しは優真を労わってやれよ」

「え? 優真、辛いの?」

「いや、まぁ、大丈夫だ。ハハハ……」


 いや、それ全然大丈夫じゃないだろうに。


「だとさ。さぁ、いこう!」

「お前なぁ……――ッ!?」

「零」

「あぁ……なんだこいつら。お前の友達か?」


 いつの間にか周辺から人の気配が消え、その代わりに人相の悪そうなオッサンの集団が俺達を囲う様に立っていた。


「こんな人相の悪い知り合いなんて今はいねぇよ」


 だよね?

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