第21話「バカ、いただきました」
「は~い、学生ちゅーもーく」
担任である知多先生のゆる~い掛け声で朝のホームルームが始まる。
寝不足なのか今日も我が担任様は、半分目を閉じかけながら連絡事項を淡々と伝えていく。
ちなみに、霞住と小夜子はまだ教室に来ていない。
「じゃあ、最後に毎年恒例の林間学校について話すよ~」
ん? 林間学校?
「なぁ、林間学校ってなんだ? 毎年恒例とか言ってるけど」
「林間学校? あぁ、この学園、というよりは高等部の恒例行事の一つだな。毎年、新年度最初の週の木曜日から一泊二日で富士山の麓にある学園の敷地でキャンプするんだよ」
「なんだそれ、楽しそうだな! てか、最初の週の木曜日って明後日じゃん? 俺、キャンプ道具なんて持ってないけど」
所持品はオヤジが用意してくれたものだけ。衣類ですら最初に俺が着ていた服と制服、学校指定ジャージくらいしか持っていない。そんな俺が、キャンプ道具なんて持っているわけがない。
「大丈夫。全部学園で用意してくれるよ。俺達は身一つだけで行けばいいんだよ」
「そうなの? それならいいけど……てか、俺、普段着持ってないんだけど、どっかいい所ない?」
「そうだな……ここから少し行ったところにアウトレットがあるからそこに行くのはどうだ? そこなら、色々揃えられるだろうよ」
「おッ、いいじゃん。放課後部活に顔出してから行ってみようかな」
今日から部活に顔を出すと部長さんには言っている。
さすがに初日から行けないって言ったら部長さんが悲しむかもしれないから、顔を出すだけ出そうと思う。
「それなら、花と萌ちゃんも誘って4人で一緒に行くのはどうだ?」
「いいんじゃないか? 流行りなんて良くわからないし女の子の意見も聞きたいしな」
「オーケー。それなら、メシもそこで済まそうぜ。 分厚いステーキ食えるところがあるんだ」
「サイコーじゃんか!」
「よしッ、決まりだな。花に聞いてみるよ」
「おう」
優真はスマホを取り出し、花にメッセージを送る。
すると、ほどなくして花からOKのスタンプが返ってくる。
今日の予定は決まった。
それにしても、分厚いステーキか。
楽しみだなぁと妄想を働いているとガラガラと教室のドアが開かれ霞住と小夜子が姿を現す。
「遅くなりました」
霞住と小夜子が知多先生に頭を下げる。
「話は聞いているわ~黒木君が南里さんに破廉恥な事をしたんだよね~?」
「はい……ッ」
小夜子は胸元を覆い隠す様にして俺を睨みつける。
「ちょーっと待った! 破廉恥って!? そんな事してないし!」
「お前が私のブラウスのボタンを叩き切ったせいで群衆の前で私の肌が晒されたのだぞ!? それでもお前はやっていないと言えるのか!」
小夜子の声に便乗するかの様に女性陣の刺すような視線が俺に集まる。
いかん、このままでは……俺の評判がどんどん下がる一方だ。
なので、
「ごめんなさい……」
俺は素直に謝る事にした。
「謝って済むと――」
「小夜子、もういいです。このままではホームルームの進行の妨げになります。そんなサイテーヘンタイ男は放っておいて席に行きましょう」
「はい、お嬢様」
サイテーヘンタイ男って……悲しいけど、一応この場は収まった。
でも悲しい……とほほ。
スタスタと歩いてくる霞住を目で追う。
霞住がちょうど俺の横を通りすぎるーーその時だった。
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で霞住は確かにそう呟いた。
“黒木君の、バカ”って。
内容はともかく霞住から俺に向けられたその言葉に毛穴がぶあーっと広がる、そんな気がしたんだ。
分かりづらいって? 嬉しかったって事だよ!
「じゃあ、今日も元気よくいってみよ~~~ふぁ~~」
抑える事ができなかったのか大きなあくびをする知多先生。
締まらないなぁと思いながらその日の朝のホームルームが終わった。
◇
午前のカリキュラムが終わり、いざ、ランチタイムに突入する。
「零、飯行くぞ」
「お、おう。てか、どこで食うの?」
「あ? そんなの学食に決まってんだろうが」
「決まってるのね」
俺は、登校二日目の
ここは、俺よりも一般人歴の長い先輩に巻かれるべきだろう。
ということで、勝手知ったるなんとかみたいに優真がズカズカと廊下を進んでいき、俺は優真の後をついていく。某ロールプレイングゲームのワンシーンの様に。
だって、学食の場所分からないし。
「あっ、いたいた。おーい」
「やっと来たか。席は抑えてあるから、さっさと頼んでこい。私達は先に食べてるからな」
そう言って花はカツカレーとラーメン、そして、焼き魚の定食がのっている2つのトレイをテーブルに置く。
相変わらずよく食べる奴だ。
「こ、こんにちは、黒木君」
「よっ、部長さん。あのハゲにちょっかいだされてないか?」
「大丈夫ですよ。一度花ちゃんにボコボコにされてから、花ちゃんと一緒にいる時は遠巻きで睨んでくるくらいしか……いつも、私が一人でいる時に何かしてくるので」
なんて女々しい奴だ。
「そうか。花にも部長さんの事を頼まれてるし。部活の時は俺が花の変わりになるよ」
「ありがとうございます。それにしても、黒木くんが花ちゃんの友達だったなんて、世間は狭いです」
「俺もビックリだよ。ははは」
「モグモグ、おい、話してないで早くお前も何か買ってこい。優真はもう行ってるぞ」
花はカツを頬張りながら箸で券売機をさす。
そこには、券売機の前に立ってボタンを押している優真がいた。
「アイツ、いつの間に……俺も行ってくる」
それから俺は花があまりにも旨そうに食べていたカツカレーを注文し、楽しいランチタイムを過ごした。
◇
そんな零達を遠巻きで睨みつけている者達がいた。
「絶対に、絶対に許さねぇ」
坊主頭の少年、黒澤智輝が奥歯をギリギリと噛みしめながら恨み節を吐く。
「この世に生まれた事を死ぬほど後悔させてやろうではないか」
右耳にガーゼをあてている坊っちゃん刈りの巨漢の少年。
そう、昨日、零に鼓膜を破られた漆畑恭一が不気味な笑みを浮かべている。
「恭ちゃん、手筈はどうだ?」
「問題ないよ智ちゃん。智ちゃんのパパさんからたんまり
恭一の父は、【ベエマス】に比べればかなり力は落ちるが、ある程度認知度のある裏組織【うるし会】のトップを務めており、【ベエマス】から顧問契約を切られた黒澤重工が新たに顧問契約を結んだのがこの【うるし会】だ。
親同士の繋がりがあるため必然と黒澤智輝と漆畑恭一は、幼少の頃から親しくしている、謂わば親友同士だ。
今回、零に二人ともにが湯を飲まされた。
いわば共通の敵である。
黒澤重工は金を、そして、【うるし会】は人を充てて共通の敵である零に復讐するという共同戦線を張る事にしたのだ。
「やつら、今日の放課後アウトレットに行くらしい」
「それなら襲撃のチャンスは結構ありそうだね」
「
「そういえば、あの女にも随分と痛い目にあったらしいね」
「くそッ、思い出しただけでも忌々しい!」
「う~む。中々、僕好みの女だね~。美味しそうだ」
「そうだ、あの女、あそこの下民と付き合っているらしい。あの下民も一緒に行動するだろうし、恭ちゃん好みの女であれば彼氏の前で滅茶苦茶にしてやるのはどうだ!?」
「う~ん、いいね~素晴らしい考えだよ。さすが智ちゃん」
この二人は、自分達が誰を敵に回そうとしているのか分かっていない。
裏世界最強の存在を前に少年らは訪れる事のない未来を想像しながら胸を躍らせるのだった。
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