第20話「少女の想い②」
「はい、小夜子の分だけでいいです。では、頼みましたよ」
通話を終えた私はスマホをテーブルの上に置く。
「申し訳ございません、お嬢様。無様な恰好を晒してしまいました……」
小夜子が深々と頭を下げてくる。
小夜子のブラウスはボタンは、黒木君に半分に切られて欠けたままだ。
胸の部分を腕で覆い隠さねば小夜子の柔肌が露になってしまう。
そんな状況でこのまま授業にとはいかないため、使用人のまとめ役である婆やに至急小夜子の替えのブラウスを持ってくる様に頼んだ。
学園から私が住んでいる別邸まではそんなに距離が離れていないため、1時間目には間に合う算段だ。
「気にしないで小夜子。あれは、黒木君が悪いんだから」
「ありがとうございます、お嬢様。それにしても、黒木零……ヤツは一体何者なのでしょう。これでも強者の部類に入ると自負していたのですが、全くもって歯が立ちませんでした。まさか、【牙突百連撃】を指一本で止められるとは……ヤツの事を見誤っていました」
そう言って俯く小夜子。
その表情は悔しさが滲みだしている。
小夜子は、決して自分の事を過大評価しているわけではない。
門下生の数は全世界で1万は下らないとされている剣の四大名家【南里家】に生を受け、齢十五で師範代代行を務めるほどの腕前の持ち主の小夜子は剣の世界では神童と呼ばれ知らない人がいない程の認知度を誇っている。
そんな小夜子の剣技を黒木君は、指一本で往なしていた。
小夜子には悪くて言えないけど、そんな黒木君を胸躍らせながら見ていた。
なのに、黒木君ったら!
小夜子にあんな事をするなんて!
しかも、何が「なかなか立派な物をお持ちで」よ!
バカ、ヘンタイ、サイテー!
「あのぉ、お嬢様?」
「あ、ごめんなさい、少し考え事をしていたの」
「正直、あの男については良く分かりません。ですが、腕っぷしはかなりの物です。あの男が本気になったらと思うと身震いがするくらいに」
そう言ってギュッと自分の二の腕を掴む小夜子。
「そう言えば、あの日【オルトロス】の双子が言っていたわ。黒木君の事を特級精霊術師だの、黒雷のゼロだのと……このワードに心辺りは?」
「黒雷のゼロというのは良く分かりませんが、特級精霊術師ですか……この世界に精霊を使役する者達が存在しているの事は我々の様な特権階級の中では一般常識です。時には彼らの力を借りたりもします」
「えぇ、うちが顧問契約を結んでいる【ケルベロス】とその傘下の組織の構成員はほとんどが精霊術師だしね。でも、特級精霊術師なんて聞いたことないわ」
精霊術師の最高峰は上級と言う認識だ。
特級なんて聞いたこともない。
「基本的に精霊術師が使役する精霊は精霊王の庇護にあるとされていますが、特級精霊術師が使役する精霊は、精霊王ですらコントロールできないほどの力を有しているとされています。私の認識では世界でも数えるくらいしかいないとされています……まさか、あの男が?」
「分からないわ。でも、黒木君が紫響と叫んだら可愛らしい女の子が現れたの。その女の子が放った漆黒にも似た紫色の雷であの双子は戦闘不能になったのよ」
私もそれなりに精霊を見たことがある。
精霊術師でも精霊を具現化できない人たちが大多数を占める中で、上級以上の精霊術師は精霊を具現化できる事も知っている。
私が、今まで見てきた精霊は動物だったり、人型ではあるがあの
「もし、黒木が特級精霊術師であり、お嬢様に害なす存在であれば……私一人でお嬢様をお守りする事は不可能に近いかと……」
大変遺憾ですがと小夜子は奥歯を食いしばる。
「ねぇ、小夜子……黒木君は、本当に私の敵なのかしら。黒木君を見ているととてもそうは感じないというか」
今まで少なくない人達に様々な形で裏切られてきた。
だからこそ分かる事もある。
「ヤツがお嬢様に害をなす存在かどうかは正直分かりません。ただ、私は常に最悪な状況を想定しているだけです」
「えぇ、分かっているわ。それに、今年もあの日が来るしね」
「お休みされたらどうですか? 去年は兄様が私と一緒に護衛にあたっていたので大事なかったのですが、黒木が敵の場合は私一人では正直不安でたまりません」
「いやよ、せっかくの学園の行事ですもの。絶対参加するわ」
「ですよね……」
この亞聖学園高等部には新学期早々に行われる定例行事がある。
それは、一泊二日で行われる林間学校だ。
場所は富士山の麓にある亞聖学園が所有している森林の一角。
自炊したり、テントで寝泊まりしたりと自然を満喫できる行事だ。
自然の中でのテント泊なんてこの時にしか出来ないため、私は、何よりもこの行事を楽しみにしている。
ただ、この場所には学校外部の人間の同行が許されていないため、あの人が私に付けている監視役兼護衛は接近できない。
そんな状況なので私に対して良からぬ事を考えている輩の接近が容易くなってしまう。
去年も、小夜子の兄である和己さんがいなかったら私はここにいないだろう。
本来ならいかないという選択肢が正しいのだろう。
でも、行きたい。
学園生活もあと2年。もっと学園での思い出が欲しい。
「黒木君は大丈夫。何が大丈夫かは言えないけど、きっと大丈夫って思えるの。もしかしたら、黒木君が加勢してくれるかもしれないし」
「そうであれば心強いのですが……」
「だから、そんな難しい事は考えずに楽しもうよ。小夜子との楽しい思い出を私は作りたいの」
「お嬢様……そうですね、楽しみましょう」
「うん!」
その後、ほどなくして小夜子の替えのブラウスが届き、私たちはぎりぎり1時間目に間に合った。
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