第19話「反応」
優真と談笑しながら通学路を進む。
「あっ、霞住和奏」
前方から霞住和奏と小夜子が歩いてきている。
「今日も不機嫌そうな顔してるなぁ」
「俺、ちょっと行ってくる!」
「お、おい! あぁ~あ行っちゃったよ……相手にされるわけないのになぁ」
止める優真を振り切ってダッシュで霞住に近づく。
俺に気づいた小夜子が霞住を守る様に俺の前に立ち塞がる。
「貴様ッ! 性懲りもなくまたッ!」
鬼の形相で怒鳴り散らす小夜子の右手には真っ赤な蛇腹糸で巻かれた刀の柄が握られている。
「よッ、小夜子! 今日もこえー顔だな」
「貴様の存在がそうさせてるんだッ!」
躊躇なく鞘から放たれる刀身。
一瞬たりともブレる事のない太刀筋は並々ならぬ気迫で俺の首元に迫る。
女子高生にしては中々いい腕だ。かなりの鍛錬を積んできたのだろう。
これからも鍛錬を続け、もっと対人経験を積めば将来はさぞ名のある剣豪になるだろう。
だけど、それは将来の話であり、現時点では俺には通用しない。
太刀筋を見極め刀身を目で追いながら、切っ先が首の皮に触れるや否やのところで躱す。
小夜子くらいの実力ならこれだけで俺の力量を理解するだろう。
「お前なぁ、俺じゃなかったら首が飛んでるぜ?」
「ちッ、化け物がッ!」
「おいおい、化け物とは酷いなぁ。まぁ、俺との力量はこれで分かっただろ? 俺は霞住と話をしたいだけなんだ。引いてくれるとありがたいんだがな」
「寝言は寝てから言えッ! 【牙突百連撃】!!」
小夜子から突きが放たれる。
鋭く、そして、百連撃という名に相応しく残像が残るほどに速い突きが俺を襲う。
「やるねぇ~だけど、俺には通用しないぜ?」
左手の人差し指の先端で小夜子の突きを往なしていくと、いつの間にか野次馬化とした登校中の生徒達から感嘆の声が漏れる。
そして、霞住はというと。
先日同様キラキラした目を向けていた。口には出していないが、「すごい、すっごーい」と言っているような幻聴が聴こえる。
悪い気はしないが、こんな茶番をいつまでも続ける訳にもいかないし……そろそろ終わらせるか。
小夜子の突きをデコピンの要領で弾く。
「ぐッ」
「借りるぜ?」
後ろに仰け反る小夜子の刀の柄をつま先で蹴り上げる。宙に舞う刀を手に取りそのまま縦に一閃!
一拍遅れて太刀風によりそこら中に落ちている桜の花びらが吹雪の様に舞う。
桜吹雪とはよく言ったものだ。
「小夜子!」
霞住が取り乱したような声を上げ小夜子に駆け寄る。
「ぐッ、お嬢様……面目ありません……あんな露出狂に……」
露出狂って……あれは不可抗力なのに……。
「大丈夫? どこも怪我してない?」
「はい、どうやら奴は馬鹿力なだけで剣の腕はないようです」
「俺に剣の腕がない? お前の目は節穴か?」
俺は顎をしゃくりあげ、小夜子の足元を指さす。
半月の形をした1センチ大のプラスチックの欠片が複数落ちている。
「へ? これは……ボタンの欠片?」
「ぴんぽーん! 正解」
ハッとした霞住と小夜子の視線が一か所に集まる。
さらさらさらさら――。
小夜子のブラウスのボタンが胸元の部分から順に外れていき、小夜子の豊満な母性が顔を出す。
俺が武器を使わないのは使う必要がないからで使えないと言う訳ではない。
だから、ブラウスのボタンだけを切るっていう芸当もできるって訳だ。
「きゃッ」
その短い悲鳴は本当に小夜子の口から洩れた声なのかと疑うくらい女の子している。
それにしても……デカいな。
小夜子のやつ、着やせするタイプなのか。
「なかなか立派な物をお持ちで」
とりあえず褒めてみる。
野次馬からはサイテーだのゴミくずだのと俺を罵る女性陣の声が……まぁ、男性陣は喜んでいるからいいか。
周りの反応を気にしている俺の元へ、な、な、なんと、霞住が近づいてくるではないか。
「く~ろ~き~君!」
「おッ! やっと俺の名前を!」
あぁ、良かった。
あの日、あの時、あの場所で君に出逢ったのは夢じゃなかったんだ!
パチン!
へ?
あれ? ほっぺがジンジンする。
正面に立つ霞住は右手を振りぬいた状態……という事は俺、霞住にビンタされたのか!?
「バカ、ヘンタイ、サイテー! 行くわよ小夜子!」
「は、はい! お嬢様!」
ジンジンするほっぺをさすりながら霞住の後ろ姿を見送るしかなかった。
◇
「まったく、お前ってやつは」
教室の席に座るや否や優真のあきれ声が俺の気分を重くする。
付け加えてクラスメート、主に女子どもの口から洩れる罵倒が俺の心を抉る。
ちなみに霞住と小夜子はまだ教室には来ていない。
「だってよ……小夜子のやつ全然引かねぇからよ」
「引かねぇからって、普通女の子のブラウスのボタンをぶった切るか? この前のオルトロスの件といいもっとスマートなやり方はいくらでもあるだろうに」
耳が痛いほどにまったくもってその通りだ。
「返す言葉もねぇ。霞住に良いところを見せたかったんだよ……」
「んなこったろうと思ってたよ」
「……おう」
はぁ~と優真は深いため息をもらす。
「それにしても、あの冷血姫があんなに感情を露にするなんてな……珍しい事もあるもんだぜ」
「そうなのか?」
「あぁ、1年の頃から見てるけど、いつも不機嫌そうに近づくなオーラを発してるだけで今日みたいに声を荒げたり、ましては手をあげたりした所なんて見たことないからな。他のやつらもきっとそう思っているぜ」
そういえば、俺だけはなくて霞住の事も何やらヒソヒソ話のネタになっている様子が伺える。
それにしても、霞住が俺に怒ったのが俺だけに向けられた感情だと思うと自然に口が綻ぶ。
「何を喜んでいるのやら……それにしても素人のビンタなんか喰らいやがって、お前、本当にあのゼロなのか?」
「いやぁ~名前を呼んでくれて嬉しくてさぁ~だはははは」
「ちッ、浮かれやがって……まぁ、俺達はもう死と隣り合わせの世界にいるわけでもないしそれでいいかもな」
そう、俺達はもう裏世界の住人ではない。
ただの
首がもげるわけでもないし、女の子にビンタされるくらいご褒美と思ってもいいはずなんだ。
「そういえば、霞住の身辺調査はどうなんだ? 何か分かったか?」
霞住と【ケルベロス】との繋がり、それがずっと引っかかっている。
「アホか、一日やそこらであのカスミグループのご令嬢の調査なんてできるかよ」
「おいおい、お前こそどうしたんだ? 情報収集なんてお前にとって朝飯前だろうよ」
「今の俺はただの高校生だ。昔みたいにやれるわけないだろ。【J】はこの世にいないんだよ」
「まぁ、それもそうか」
存在を知られない様に細心の注意を払って情報を得なくてはいけない。
時間は掛かるだろう。
「そんな顔するなって、2日以内にはなんとかしてやるよ」
「早いなおい! 無理してないよな?」
「してねーよ。俺を誰だと思ってるんだ。ヨユーだよ。だから、お前はドシッと構えてろ親友」
「おう! 頼んだぜ親友!」
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