第13話「理事長」

 HRが終わり、俺は予定通り理事長室へと向かう。

 昼前で朝食も抜いているせいもあり結構腹ペコだが、挨拶するだけだしすぐ終わるだろう。


 理事長室に向かうためには、幼稚舎の入っている校舎に移動しなくてはならない。

 この学園は奇数階ごとに四方の巨樹校舎を結ぶ連絡通路があるらしく、態々校舎の外に出なくてもいいのだ。


 そして、俺の教室は三階なので連絡通路があるフロアだ。

 優真に幼稚舎の校舎の行き方を教えてもらい、今現在、俺は連絡通路を通っている。

 迷うことなく順調に来ている、という事だ。


 それにしても……。


「まさか、隣の部屋だったとは……」


 俺が3005号室で、優真は3004号室だという。

 昨日、優真は俺の部屋を訪ねてきたが不在だったため、俺を驚かせるのは断念したらしい。

 俺が警察署でこってり絞られていた時だろう。


 昨日の警察署での出来事を思い出して苦笑いを浮かべているといつの間にか百メートル程ある連絡通路を渡りきり幼稚舎の校舎に辿り着いた。


「さて、理事長室は……十二階かぁ」


 幼稚舎には理事長室をはじめ、講堂、記念館、ゲストルームなど外部の人が頻繁に出入りしているためか、螺旋階段と併設してエレベーターが設置されている。

 体力には自信があるが、腹も減っているので余計なカロリーを消費したくない俺は甘んじてエレベーターに乗り込み理事長室がある最上階へと向かった。


 最上階に到着した俺は、エレベーターの扉が開かれると同時にひょいっと外へ出る。


 校舎が樹木という事もあり、その性質上、階を昇れば昇るほどフロアの広さは狭まっていく。

 だが、三階と比べて明らかに狭いこの空間が窮屈に感じられないのは、天井がやけに高いからなのか……と俺は天井を眺める。


「お待ちしておりました」

「うおッ!?」


 急に目の前には現れた存在に驚いて情けない声を出してしまう。

 ミントグリーンの長髪に、チャコールグレイのベスト付きのスーツを着こなした中性的な顔立ちの男だ。


「その声、森木さんですか?」


 この場所にいるのと昨日の電話口の声と似ている気がしたので、俺は率直に聞いてみる。


「はい、当学園の理事長、森野の秘書を担当しております森木です。以後お見知りおきを」

「黒木零です、こちらこそよろしくお願いします」


 俺のペコリと頭を下げると、森木さんはニコっとした表情で「さぁ、理事長がお待ちです、中へどうぞ」と理事長室の扉を開けた。 


「さぁ、どうぞ」

「あ、わざわざどうも……って、これは……」


 森木さんの案内で理事長室へ通された俺は、予想に反した室内に唖然とする。

 いや、最初に想像していたとおりというべきか、校舎内があまりにも一般的な校舎と大差ない作りだったので完全に抜けていたというか。


 理事長室は、森の中そのものだった。

 至る所に木々が生い茂っており、所々で鳥たちが囀っている。

 そして、天井とは皆無のこの空間には、天から降り注ぐ木漏れ日が神秘的な空間を演出している。

 これは、まるで――


「世界樹の足元……」


 この世界は、神によって造られたと言われている。

 神が世界を創造する際に一番最初にこの地に創り出したのが世界樹と言われる直径百十一メートル、高さ千百十一メートルの巨大な神樹だ。

 そして、世界樹の周辺を囲むように広大な樹海が広がっているのだが、世界樹の半径五キロ以内を世界樹の足元と呼んでいる。


 この部屋の雰囲気が、以前オヤジと共に世界樹に赴いた際に通った世界樹の足元に凄く似ている。


「まぁ、世界樹に行かれた事があるのですね?」


 急に声を掛けられて、ビクッとする。


 だけど、俺の周りには森木さん以外に人がいない。

 それでも、キョロキョロと声の主を探す俺に「ふふふ、こちらです」と俺を導くかの様な声が聴こえる。

 今度は、目的が声の主を探す事にあったのですぐに声の主を見つける事ができた。 


 なるほど、俺がすぐに見つけられなかった訳だ。


「貴方が森野さんですね? 初めまして、黒木零です」


 俺は、に自己紹介をする。

 いや、一本の木と言うよりは、木に浮かんでいる顔と言うか……。


 エメラルドグリーンの長い髪はまるで川のせせらぎの様に流れる様なウェーヴが掛かっており、透明感のある白い肌にすごくマッチしている。

 また、前髪の合間から覗く髪の色と同じエメラルドグリーンの双眸は、何もかも見透かされている様なそんな気にさせるほど真っ直ぐで、穏やかで、綺麗だ。


 優真が言っていたとおり心臓が飛び出るほどに綺麗な人だ。


「ふふふ、初めましてですね【ゼロ】。私は、森野せい。一応、この学園の理事長をやらせてもらっています。あっ、このままだと失礼ですね、少し待ってくださいね」


 森野さんと融合?している木が急に発光し出したと思ったら、森野さんは自分の二本の足で歩き俺の傍へと近づいてくる。

 完全に木から分離したのだ。


 顔だけの時は分からなかったが、森野さんは、目のやり場が困る程のスタイルの持ち主だった。

だが、それよりも……。


「森野さんは、ドリアードなんですね?」

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