第10話「チョップいただきました」

 昨日のクレープの少女との思わぬ再会と予想に反した少女の冷たい態度で天国から地獄に突き落とされた俺だが「もう一度あの子にあって話をしよう」と決めた事で気持ちを切り替えて学園内へと足を踏み入れた。


 そして今現在、俺は学園の案内図の前に立っている。

 俺の教室がある高等部の校舎の所在地を確認するためだ。


 案内図には、四方に聳え立つ巨樹の詳細が記載されており、前方二本はそれぞれ幼稚舎と初等部、後方二本は高等部と大学・大学院となっていて、俺の転入先である2年A組は、高等部の校舎の三階に位置していた。

 ちなみに俺が放課後に訪ねる事になっている理事長室は、前方左側の幼稚舎がある巨樹の最上階にあるらしい。


 目的地までの道のりを頭にインプットし、俺は、案内図を離れた。

 

 巨樹の内部、つまり校舎の中は、その外観とはそぐわない一般的な校舎と同じ造りだった。


 校舎自体が巨樹のため、各フロアはバームクーヘンの様に円形となっており、その中心部に螺旋階段が設置されているのは今まで見た事のない構造だが、もっとこう、蔦とかがそこら中に這っている自然味溢れるものとばかり想像していたため拍子抜けだ。


 そんな事を思いつつ、螺旋階段を上り三階へと向かう。


 高等部は、各学年毎に五つのクラスがあるが、フロア自体円形のため各教室の入口が螺旋階段から見てぐるりと設置されているので、自分の教室を見つけるのに大した労力を必要としなかった。


「2年A組かぁ……ここから俺の一般人としての学園生活が始まるのか……よし、友達沢山作って、一般人パンピーライフを満喫するぞ!」


 ドン!

 教室の前で意気込んでいると、背中に衝撃が走る。


「うぉ、お、おお、おっとっと、ぐぉッ」


 といきなりの事でバランスを崩した俺は、そのまま教室の入口に顔面をぶつける。


 鼻を打ったことで自然と涙目になりつつも、何事かと背後を振り向くとブロンドヘアが酷く似合わない坊っちゃん刈りの巨漢の少年と、その後ろにこれまた坊っちゃん刈りの痩せ細ったエラ顎と出っ歯の低身長の少年二人がニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。


「なんだい? その目は。入口の前でボーッと突っ立ってる君が悪いのだよ? うん? ノービス……下民は下民らしく、隅っこで丸まっていたまえ」


 巨漢の少年は、大袈裟に両手を広げて明らかに俺を見下している。

 めちゃくちゃ、腹が立つ……。


「ふざけんなよ? 人様を突き飛ばしておいて下民だと?」

「おや? 僕の聞き間違いかなぁ? この僕に意見するなんて」


 今度は大袈裟に俺の方に耳を傾ける巨漢の少年。

 俺は巨漢の少年の耳を引っ張り、その耳元目掛けて

「聞き間違いじゃねーよ! 三人とも馬鹿みたいな頭しやがってええええ!」と怒鳴ると巨漢の少年は「オー耳が、僕の耳がああああああああ!」とのたうち回る。


 恐らく鼓膜くらいは破れているだろう。

 あっ、耳から血が……。


「ノービスの分際で! この方が誰かわかっているのかッ!?」


 とエラ顎がツバを飛ばしながら俺に迫ってくる。

 俺はヒョイッと躱し同時に足をひっかけると、エラ顎は面白いようにコロコロと転がり、終いには壁に衝突する。


「初対面の相手を蹴っ飛ばしただけじゃ飽きたらず、下民呼ばわりしてくる馬鹿の事なんか知らねーし、知りたくもねーよ!」


 言いたい事は言った。

 そして、俺は残った低身長の少年を睨む。


「お前もやるなら掛かってこいよ」

「い、いや、その、僕は……」


 ぶるぶる震える、低身長の少年に近づこうとしたその時だった。


「な~にやってんのかな~?」


 気の抜けそうな声に反応すると、白衣を纏った女が立っていた。

 白衣の女は血色が悪く、目の下にうっすらと隈が出来ていて見るからに調子が悪そうだが……いやはや、何という事だ……。


 白衣の内側に秘めている、可能性に溢れている母性が俺の両眼を惹きつける……。


「チョ~ップ!」

「いてッ」

「君、見過ぎだぞ~」


 俺の視線を感じたのか白衣の女は、ゆるゆるボイスで鋭いチョップを俺の脳天に叩き込み、もう一方の腕で胸元を隠す。


「い、いや見てないし……」


 さすがに、はい、見てましたとは言えず……。


「君ね~女の子というのは、君が思っているよりもずっとずっと異性からの視線に敏感なのよ~」

「……すんません、いや~立派なモノをお持ちで」


 これ以上は言い逃れ出来ないと察知した俺は素直に謝る。

 その際にこの白衣の女に対して称賛の言葉を贈るのを忘れない俺は、さすが元二十七歳の大人の男と言えるだろう。


「チョ~ップ!」

「いてッ」


 二度目のチョップが俺の脳天に突き刺さる。


「セクハラだぞ~?」

「すんません……」

「次はないぞ~? それで、君が黒木零君かな?」

「はい、そうですが」

「ボクは知多ちた春夏はるか。君の担任だよ~よろしくね~」


 何と、俺の担任だった。

 転入初日とくれば、普通は先に職員室に行ったりするのだが、新年度という事で教室に直接行くように入園案内の資料に書いてあったため担任とは初対面だ。


 てか、転入初日から、担任の胸をガン見してチョップ喰らうなんて印象最悪じゃん!


「はい……よろしくお願いします」

「じゃあ、いこっか~この子達は~まぁ、いいっか!」


 と知多先生は、坊っちゃん刈り集団を放置し教室に入っていく。

 てか、放っておいていいのか……。

 まぁ、こいつらの自業自得だし俺が気にする事ではないなぁ。

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