第9話「少女の想い」

~????視点~


 街路樹の並木道を通り校舎についた私は、始業まで結構時間が余っていたため、教室には向かわずプリマステラとして割り当てられた部屋へと向かった。

 この部屋には本当に助かっている。

 この学園内、どこにいても私は好奇の的であるため、視線を向けられたり陰口を叩かれたりさる。

日常茶飯事に行われるそれらには慣れて気に留めることはしなくなったが、落ち着かないのは変わらない。


 私は革張りのソファーに腰掛け「うーーん」と背伸びをしているとドアをノックする音が聞こえてくる。ここに私以外に来る人と言えば一人しかいない。


「どうぞ」

「お嬢様、戻りました」

「さっきの私、いつも通りだったかしら?」

「はい。いつも通り周りを全てゴミの様に見下していました」

「言い方……」

「し、失礼しました! まさに、唯我独尊といった「もう、いいわ」……はい」


 はぁ、いつまでこんな事をしなくちゃいけなんだろう……。

本当はみんなと仲良くしたいのに……。

楽しくおしゃべりしたいのに……。


 それにしても……。


 な、な、なんで黒木君がここに!?


 驚いてしまって、あの場から逃げる様に去った私は、内心すごく、すっごーく驚き、それ以上に喜んでいる。


「小夜子! さっきの黒木君よね!? 見間違いじゃないよね!?」

「……はい、不本意ではありますが昨日の変態で間違いございません……」


 やっぱり間違いなかったんだ! 

 よかった……黒木君に再会できた……。


「彼、何て言ってた?」

「お嬢様、奴の事は忘れるべきです。今までの事……お忘れですか?」


 小夜子の言いたい事はよく分かる。でも!


「で、でも、黒木くんはすごく、すっごーく強くて。アノ人達をあっという間にやっつけてくれて」


 昨日、小夜子の目を盗み、商店街へと赴いた。

 ずっと食べたかったクレープを買いに。

 そこで、出会ってのが黒木君だ。

 ――圧巻だった。

 私を他人に近づけない為に雇った裏世界の人達を相手にかすり傷一つ負わずあっという間にやっつけてしまった。


「お嬢様……落ち着いて下さい。誰かにこんなお姿を見られてら」

「大丈夫よ、この部屋には私とあなたしか入って来ないのだから」

「それはそうですが……」

「話を戻します。黒木君ほどの強さがあれば、私の傍にいても問題ないと思うのだけど?」

「正直、ヤツは不気味すぎます。急に現れたヤツが、あの者が手引きした裏世界の者を返り討ちにしただけでなく、この亞聖学園に転入してくるなんて……逆にヤツがお嬢様を狙う刺客と疑いを持った方が良いかと」


 確かに……そういう線もあり得る。

 今まで散々裏切られてきたのだから。

 だけど、昨日は私から黒木君にぶつかって……いや、それも私と接触するための彼の仕業だったら?  


 私が後ろにいるのが分かってわざと急に止まったのだったら? 

 でも、黒木君はとても面白くて、優しくて……でも、それも私を懐柔するためだったら?

 だけど、だけど、黒木君は私を助けてくれて……それも、私を信用させるための芝居だったら?


 そして、小夜子には伏せているけど、黒木君が見せたあの力……漆黒の雷を放ったあの少女……。たしか、あの人たちは【黒雷のゼロ】と言っていた。

 黒木君も裏世界の人なの?

 分からない事だらけで考えたらキリがない、疑心暗鬼に陥っていくばかり…………だけど、何となく、確信はないけど、本当になんとなく、黒木君は小夜子が心配している様な人ではないと思う。。


 昨日彼とぶつかったのは偶然だったと思う。

 彼の優しさは本物だったと思う。

 彼が私からあの人達を退けてくれた事に何の作為もなかったと思う。


 いや、私は分かっている。

 そう思いたいだけなんだ……短い時間ではあったけど久しぶりに他人の温もりに触れた事で今まで我慢していた人恋しさが私の胸を支配してしまったのだ。


「お嬢様……そんな顔をなさらないでください」

「小夜子……」

「私は、いつまでもお嬢様の傍にいますから」


 小夜子の顔に私に対する心配がにじみ出ている。

 さすが、小さい頃から一緒に育ってきた私の親友だ。

 私の考えている事が手に取る様に分かっているのだろう。

 小夜子はいつも、何よりも、誰よりも私優先で行動してくれている。

 だから、黒木君の事も最悪の事態を考えていてくれているんだろう。


「ありがとう、小夜子。それなら、お嬢様ではなく、昔みたいに呼んで欲しいのだけれど?」

「いえ、それは……」

「うふふ、冗談よ。貴方の性格は誰よりも分かってるつもりよ。黒木君の事は、貴方の言う通り最悪の状況を考えて対応するわ」

「お嬢様……いつも、我慢ばかり押し付けて申し訳ございません」

「いいの。それに、これは貴方が謝る事ではないのよ?」

「しかし……」

「いつも、ありがとう

「お、お嬢様……」

「もう、泣かないでよ。相変わらず泣き虫なんだから」


 私は、両目に涙を溜めている小夜子を宥めながら校舎に入っていく。


 ごめんなさい黒木君……私、この泣き虫な親友の言う通りにするね。

 だけど、黒木君ならきっと……。 

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