第8話「衝撃の再開」

――私立亞聖学園


 創立三百年を超える歴史があり、幼稚舎から大学院までの一貫教育を実施している由緒正しい国内でも、いやグローバルでも指折りのエリート校。


 亞聖学園の卒業生と言うだけで国内外でかなりのステータスになるため、日本国内だけではなく、世界中から富裕層の子弟が集まっていると言われている。


 今まで、任務で色んな学校に潜入した事があるが……俺が着用しているこのライトグレーを基調にしたブレーザーと明るいチェック模様のパンツ、それに学園指定のローファーと革製のバッグ、靴下まで。

どれをとってもとても質が高い。

 それもそのはず、これらは全て世界でも名高い高級ブランド【K・KASUMI】製なのだから。


 数年前まで、制服以外は全て自前だったのだが、己が財力を誇示する生徒たちが多発したためにかなりの問題になったらしく、この学園の卒業生である【K・KASUMI】のオーナーデザイナーに理事長が直接頼み今の体系になったらしい。

 世界の裕福層の子弟達が高等部まで身に着けるのだから、嫌でもその認知度は上がるというものだ。


【K・KASUMI】が有名ブランドになった背景には、この亞聖学園の仕事があったからと言うのは過言ではないだろう。


 学園に近づき自然と増えてきたライトグレーの集団に、「こいつら全員で一体いくらするんだ……?」と苦笑いを浮かべていたその時、周りがざわつき始める。


「おい、見ろ冷血姫れいけつひめだ。顔だけはいいんだよなぁ、顔だけは」

「プリマステラだからってお高くとまって、気に入らないですわ」


 とヒソヒソとこんな感じの言葉が飛び交っていたので、何事かと興味を持った俺の目が驚きと歓喜のあまり開かれる。


 触れなくても分かるくらいサラサラな長い黒髪に、やや目じりの吊り上がった強気なライトグレイの瞳。

 高くもなく低くもないすーっと筋の通った鼻の下に存在する自己主張の苦手そうな淡いピンク色の小さい唇。


「まじかよ……」


 昨日の少女だ。

 昨日の少女が、校門を挟んで反対方向から歩いてくる。

 俺は嬉しさのあまり、少女に駆け寄る。


「おい、あんた!」


 俺が少女に近づいた事が原因なのか、周りがざわつきが大きくなるがそれどころではない。

 俺と同じ様に少女は俺との再会に胸を躍らせているハズだ。

 喜んでくれているハズだ!

  

「黒木君! 会いたかった!」

「俺も、会いたかったぜ! さぁ、俺の胸に飛び込んできなッ!」

「うん! 黒木くーん!」


 などと妄想を馳せらせている俺に対して少女が口を開く。


「気安く話しかけないでもらえるかしら?」

「……は、い?」


 少女からまるでゴミを見るかの様な目を向けられる。


 妄想していたのとは真逆の少女の反応に頭の中がぐちゃぐちゃになるが、そこはさすが任務達成率100%の元組織のエース、一瞬で思考を戻すが、既に少女は何もなかったかのように校門を潜り校内へと入っていた。 


「ちょっま、うッ!?」


 少女を追いかけようとした俺の首元に鋭利な剣先が突き付けられ、堪らず踏鞴を踏んでしまう。


「おい貴様ッ、死にたいらしいな?」


 殺意がたっぷり込められた声の主は昨日俺を変体呼ばわりし、少女を連れ去った小夜子とかいうメイドさんだった。

 今日はこの亜聖学園の制服だが間違いない。


「なぁ? どういう事だよ? なんで、あんな態度を!?」


 俺は小夜子の刀を素手で掴み、小夜子の眼前に迫る。


「ちッ、馬鹿力が――って、ちょ、ち、近いぞ、貴様ッ!」


 掴まれた刀が動かない事で悪態をつく小夜子は、俺が眼前に迫った事で鉄仮面の様な表情がほつれ焦りが見え始める。


「そんな事はどうでもいいんだよ? なぁ、あんた小夜子だっけ? なんで、あの子はあんな態度なんだ? 昨日とはまるで別人だぞ?」


 昨日、俺とぶつかった直後は、あんな感じだったが……その後はもっと柔らかったし、可愛らしかったが……。


「気安く私の名前を呼ぶな、そして、これを離せ」

「あぁ、わりぃ」


 俺が刀を解放すると、小夜子はすぐさま刀身を鞘に戻す。


「まったく、なんで貴様がこの学園に……ふん、見た所ノービスのようだな。貴様の様なノービスとステラの頂点にいるプリマステラのお嬢様とは住む世界が違う」

「はぁ? なんだよそのノービスとかステラとかって」


 いちいち癇の触る物言いに腹は立つが、分からない事だらけな方がもっとむかつく。

 だから、小夜子の物言いは無視して聞きたいことを聞くことにした。


「貴様、この学園に通っていてそんな事も知らないのか?」

「知る訳ないだろ? 今日が転入初日なんだからよ!」

「転入初日……ふん、これで納得がいった」

「だろ? だから、色々と教えて欲しいんだけど」

「ふん、貴様にそれを教えてやる義務もないし、つもりもない。いいか? 今後、お嬢様に一歩でも近づいて見ろ、この世からその存在を抹消してやる。少し腕におぼえがある様だが、世の中には絶対抗えない力というものがあるという事を頭に刻んでおけ」


 小夜子はそう言い捨て、足早に少女の元へと向かう。

 ポツンと一人残された俺を揶揄する様な笑いや野次が飛び交うが、それを気にする気は起きず、俺は、ただただ立ちすくんでいた。

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