第六話  走り井

 寝床に横たえると、古志加こじかが目に見えて身体を固くした。

 顔にも緊張が走る。

 初めてなのだ。怖いのだろう。

 それなのに、先ほどひどく乱暴に扱ってしまった。

 後悔がよぎる。

 と同時に、身の内にぞくぞくするような喜びが走る。

 まわりにゴロゴロおのこがいるところで。どのおのこつまにしても良いと突き放して。

 郷のおみなつまをえる歳をとうに過ぎて。

 こんなに美しいのに。

 オレが古志加を初めて手折れる……。



 まずは怖がらせないよう、頭をなで、耳をちょんとつまみ、顎を軽くなで、笑いかけ、


「さつらふいも。」


 と言ってみる。


「え?」


 と古志加がまばたきするので、


「おまえは良く頰を染める。赤い色が照り映えて、美しい妹。そういう意味だ。」


 と教えてやると、


「あたしの愛子夫いとこせ……。嬉しい。あたし、頑張る。」


 と震える唇で言うものだから、愛おしい。

 口づけし、身体を固くしている古志加に、


「それでは、古志加をオレの手になる玉としよう。」


 とささやき、


「手のなかの小さな玉ならば、こうやって撫でよう。」


 首からそっと撫ではじめ、


「こう触れて。」


 高価な玉に白絹が触れるように触れ、


「こう撫でて。」


 高価な玉の滑らかな感触を楽しむように、丁寧に撫でて、


「こういつくしんで、一晩でも、撫で続けていよう。」


 美しい裸身を余すところなく撫で、慈しみ、


「手になる玉ならば……。」


 と豊かな乳房を口にふくむと、


「はぁぁ……。」


 と古志加がため息をもらした。




     *   *   *




 古志加は、自分の身体がちょっと恥ずかしい。

 他のおみなは、体がふわふわと柔らかい。

 古志加の身体のほとんどは、たくましく、堅い。

 あわせて、傷だらけだ。

 月光と蝋燭ろうそくの灯りのもととはいえ、三虎にはどう見えているだろう。

 小柄で華奢きゃしゃな、あの美しい遊行女うかれめとは全然違うはずだ……。



 そして、身体から力が抜けてくれない。

 三虎は優しくしてくれてるのに。

 せっかく、あたしは三虎を手に入れられるというのに。

 身体が、怖い、怖い、と固く縮こまろうとする。

 三虎が優しく全身に触れてくれる。

 すごく嬉しいのに、


「ひぇぇ……。」


 古志加の口からは、女らしいというより、変な声が出て、手は布団をぎゅうと握りしめ、足をつっぱらせてしまう。

 だがやがて、三虎の手の平の熱で、さすりあげる手の気持ちの良い感触で、奇妙な感覚が古志加のなかから呼び覚まされた。

 下腹から背筋を通って、

 古志加をなかから震わせ、ぞくぞくさせる。

 はじめは微かだったものが、大きな流れとなり、


「ひゃあ……。」


 三虎が胸を揉みしだきはじめると、その感覚は胸に集中し、三虎が乳房を吸い上げると、それに呼応するように、乳房の先端にむけビリビリとした気持ちよさが大きな流れとなり駆け抜けた。


「はぁぁ……。」


 たまらず、ため息がもれる。

 だが、三虎が足の間に手を滑りこませると、


(ひっ!)


 即座に身体が強張ってしまう。

 怖い。

 それにさっき、乱暴に触られた痛さがまだ残ってる……。

 この後、あの大きさのものを受け入れなくてはならないのに。


(あたしは、ちゃんとできるだろうか。)


 がんばらねば、と思うとますます身体が緊張してしまう。

 三虎はすぐ手をひき、下腹を撫で、そのまま、また胸を撫ではじめる。

 身体のほとんどが逞しい古志加のなかで、胸は唯一といっても良いくらい柔らかい場所だった。

 あたしに乳房が存在していて良かった……!

 三虎によって次々と呼び起こされる気持ちよさに、


「ひゃ……。」


 とやっぱり変な声を出しながら、半目を閉じ、うっとりしていると、三虎がこちらの顔を覗き込み、


「そのような顔も良い。」


 と言い、ふっと口元が笑い、


「綺麗だ。……もっと見たい。」


 と言うので、古志加は頭がくらくらとした。


(甘々すぎて、堪えられない!!)


「ぎゃっ!」


 と悲鳴をあげ、両手で顔を覆ってしまった。




     *   *   *




 古志加はさっきから、ひゃっ、とか、ひぇっ、とか変な声ばかりだす。

 面白いヤツ。

 そしてその合間に、色っぽいため息をつく。

 あともう少し。

 おそらく、そのため息の後ろに、古志加の言う「女らしい声」が隠れてて、まだ出てきてない。

 身体も、反応はしてるが、緊張が抜けきらない。

 身体は、まだだ。

 だが顔は……、良い。

 口を開け、頬は赤く、目はうっとりと半目になっている。

 おのことの共寝により、陶然とした顔……。


「そのような顔も良い。」


 と言ってやると、何を言ってるんだろう? と不思議そうな目で見られた。

 ああ、コイツ、これで分からねぇんだな。と、


「綺麗だ。……もっと見たい。」


 口からするりと思ったことが出てきた。

 自分でもビックリする。

 こんな恥ずかしい言葉、言えるものかと思っていたはずなんだが。

 だが古志加の反応が想像以上だった。

 古志加は困ったように目を見開き、


「ぎゃっ!」


 と悲鳴をあげ、両手で顔を覆ってしまった。


(面白れぇヤツ。恥ずかしがり屋め。)


 三虎は、くっ、くっ、と喉で笑い、


「おまえが、綺麗と言え、と言ったんだろうが。バカなヤツめ。」


 と言い、ああこれも、きっと分かってないんだろうな、と、


「……かわいいヤツ。」


 とささやきを付け足してやった。

 古志加が息を呑み、胸が大きく震えた。

 三虎は口元に柔らかい笑みを浮かべながら、そっと、足の間に手を滑りこませてみる。

 ……さっきより、濡れている。


 指により、もっと濡らし、とろんとした目になった古志加は、熱にうかされたように、


「あたしは三虎がいい、三虎じゃなきゃイヤ……。」


 と何回も口にし、三虎はたまらず、何回も唇を重ねてしまう。




     *    *   *




 女官部屋の皆も、日佐留売も、皆口をそろえて、


「最初は痛い。」


 と言う。だから覚悟はしていたが、


「いくぞ、古志加。」


 と三虎に言われ、


「うん。」


 と返事したあと、それは予想をはるかにしのぐ痛さだった。

 古志加は歯を食いしばり、その歯の隙間から、


「ううう……。」


 と苦しみに耐える声をもらす。

 三虎はゆっくり進み、動きが止まったので、受け入れきることができたようだ。


(やった……! 穴、開いてたよぉぉ……。)


 これで三虎から、


「やっぱりおまえは入らないから、妹と言ったのは取り消す。去れ。」


 とか言われる心配をしなくて良い。

 良かったぁ……。


 それにしても痛い。

 下腹から足の付け根まで全部痛い。

 そりゃあ、あれだけ大きいものを、今、ここに納めてるんだもんね……。

 なんでおのこの人のそれは、あの大きさなのだろう?

 指一本くらいで良いじゃないか。

 それなら、ここまで痛くないし、そこまで怖くない……。


 切り傷やあざはしょっちゅうの古志加だ。

 自ら望んで衛士の世界に飛び込んだ自分は、その痛みは覚悟の上だが、今感じてる痛さは、また別の痛さだ。

 これを衛士でもない世のおみなたちが、皆受け入れているということが信じられない。

 と、つらつら思っていると、三虎が引きはじめた。


(ああ、終わり……。)


 と思ったら、そうではなかった。

 また差し入れる。

 新しい痛みが来て、


「ふうぅ────っ!」


 と古志加は怒った声を出し、三虎をにらみ、左肩を手でビシリとはたいてやった。


「痛い! 動かないで!」


 大声でそう責めると、三虎は動きを止めたが、困ったような顔で古志加を見下ろし、


「そういうわけにもいかない。これでも精一杯優しくやってる。古志加……、我慢。」


 と上半身を古志加に落とし、口づけした。

 その上で、ゆっくり動き始める。


(あっ! ずる───い!)


 どうしようもなく三虎を受け入れながら、腹立ちが収まらなくて、拳でトフ、トフ、と二回、三虎の背中を叩く。三虎は唇を離した。


(痛い痛い痛───い!)


 うえぇぇん………。


 と心の中で泣き真似をし、歯を食いしばっていると、


(あれっ?!)


 突然、前触れ無く、痛みがほどけた。

 三虎は同じことをしているのに、全く痛くない。

 かわりに、ものすごい快楽くわいらくの波が。

 三虎が肌を打ちつけるたびに、快楽くわいらくの大波がやってきて、

 古志加の腹を揺らし、

 乳房を揺らし、

 肩を揺らし、

 喉元を駆け抜けた時、


「ああっ……!」


 喉が勝手に、声をあげた。

 だそうと思って、だしてるんじゃない。

 快楽くわいらくの波によって、もたらされる声。

 三虎によって、もたらされる声。

 今まで、自分が耳にしたどんな声よりも、

 古志加の中の、

 おみなの声……。


「あっ……! あっ……!」


 一回だけじゃない。三虎に揺らされるたび、波が喉に届くたび、幾度いくたびも、幾度も、声はあふれる。

 くわいらくの波が打ち寄せては引き、

 打ち寄せては引き、


(ああ……、いいよぉ……。)


 母刀自ははとじが言ってたことは本当だ。


 ───あれは、酷いことをされてるように見えるかもしれないけれど、あたしも声はあげてるけど、悪いことばっかりじゃないのよ。

 おみなにとって、気持ちよくもあるのよ。


 と教えてくれたことは、本当だ。


 三虎を見る。


「は……、は……。」


 と荒い息をついて、顔を火照ほてらせている。


(なんて色っぽい顔なの、三虎……。)


 あたしによって、興奮してる。

 このおのこはあたしのもの。

 三虎はあたしのもの。

 あたしの愛子夫いとこせ

 嬉しい……。

 この瞬間が、ずっと続けば良い。


 古志加は揺らされるたび、声をあげ続けた。

 全身はくわいらくの波にひたされ、しっとりと濡れている。

 それだけじゃない。

 古志加の頭の中も、濡れているのを感じる。


 なんだろう?


 古志加が己の心の深淵に意識を向けると、

 心が全部、温かい、透明な、清い水によってあふれている。


 なんだろう?


 あたしの心の奥底の、三虎との思い出の、くるみの人があたしにくれた、枯れることのない心の泉が……。

 今までどんな時も、心を潤わせ続けてくれた大事な泉が。


 今、はし(水の噴き出る井戸)となり、三虎に揺らされるたび、あとからあとから美しい水を豊かに噴き上げている。


 母刀自が死んだ時にできた、心のどこかにぽっかりあいた、黒い大きな穴が。


 どうにもできない寂しさの塊である、冷たい、ザラザラとした大岩が。


 温かい清い水に浸されていく。

 黒い大穴は埋まり、大岩は少しずつ溶けてゆく……。

 走りから噴き出る水の勢いは止まらず、

 心を満たし、溢れ、

 今、古志加の頭の中までも、しっとりと濡らしている。


(こんなことって……!)


「あああ……っ!」


 三虎が鋭く腰を打ちつけるから、ひときわ女らしい声が出る。

 三虎が、


「古志加。」


 と呼ぶから、胸が高鳴り、波に溺れそうになりながら、


「三虎。」


 と呼ぶ。

 三虎が大きなくわいらくの波をよこすから、

 揺らされた心から走りの水がこぼれ、溢れ、頭の中が温かく満ち、まだ濡れ、今、古志加の目から溢れ出る。

 三虎の全てをもらい、

 涙が止まらない。


 身体にガックリと疲れと痛みがやってくるが、


「三虎、ありがとう!」


 古志加は泣き、三虎に抱きつく。


「こんなに、こんなに全部だとは思わなかったよぉぉ!」


 わあああん、と声をあげ泣く。


「ふふ……。」


 と三虎は目を細め笑いながら古志加を抱き、背中を叩き、わらはを優しくあやすようにする。




 愛子夫いとこせとのさ寝が、

 こんなにも、気持ちよく、

 心の全てを癒やすものだとは。

 思わなかったよ……。



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