第三話 烏玉の闇、其の二
「う……。」
気がつくと、
木々の葉に閉ざされた空が見えた。
おそらく、
古志加の上にのしかかり、馬が
古志加の
(この野郎……!)
猛然と怒りが湧き上がり、無言で右拳を男の脇腹に鋭く打ち込んだ。
男が、ぐぅっ! と
そのまま右肘を男の頭にくらわせようとしたが、それより前に男の手が伸び、古志加の左肩の傷を思いきり握った。
「つああああ!」
焼けるような痛みに苦悶の声をあげ、引き
男は古志加に馬乗りになり、左肩の傷から手を離さないまま、古志加の頬を拳で殴った。
一回。
二回。
三回。
四回。
視界がくらくらとし、鼻血が出、口のはじからも血が出た。
古志加は焦点の定まりきらぬ目で、男を
「てめぇ……、許さねぇ。」
(左肩から手が離れたら、反撃してやる!)
男は二十代半ば。知らない顔だ。
ニヤリと笑って、
「まあ話を聞けよ。
ここには人は来ない。
古志加は眉をひそめた。
(なぜあたしの名前を……?)
本当に知らない
「オレは
オレの親父は
こう言えばわかるかな? ん?
オレは
オレは五年前のあの日、隠れ
おまえは縄で縛られた親父を殴った。
許さねぇ……。」
「うぐっ……。ぐ……。」
古志加の顔は苦痛でゆがみ、脂汗が浮き、食いしばった歯の隙間から苦悶の声が出る。
男は手の力を弱め、ニタリ、と笑って古志加を見下ろした。
「おまえの
オレだ。
まあ顔も身体も良いものだったが、わけの分からないことをペラペラと……。
腹が立って、つい、いつもより手に力が入っちまった。」
「……!」
古志加は、ぞっ、と全身に鳥肌がたち、頭が真っ白になった。
(なんて言った、なんて言ったのだ、この
全身の力が抜け、すぐに熱い涙がせりあがり、とめどなく頬を伝った。
「う……。」
(
そんな、ひどい事を……!)
古志加が悲嘆の涙を流すのを見て、男は満足そうに笑った。
「おまえも
黄泉でオレの親父に
「あ……、いや……。」
男が左肩から手を離したとしても、今の古志加には反撃できない。
古志加は悲しみがあふれ、あふれ、全身に力が入らない。
「やぁ……。」
細く弱々しい声が初めて古志加の口から出た。
今までに、
自分の中から女らしい声を、古志加は聞いたことがない。
不思議と、三虎をこんなに恋うているのに、自分の中でそれが女らしさに直結しない。
自分の中の女らしさを、いまだに古志加は探しあぐねていた。
それがこのような時、このような相手に剥き出しになるとは、なんとも皮肉であった。
そして悟った。
(反撃できない。あたしはこのまま、今ここで、この
「やぁ……!」
涙があふれ、馬のように古志加を喰む男に必死に耐えながら、
「三虎──────!!」
声をかぎりに、命をかぎりに、恋しい人の名を呼んだ。
「げふっ。」
続けざま、二本の矢が飛んできて、
一本、男の後ろ首に深々と突き刺さり、一本、古志加の右肩の上の髪に突き立った。
男が血を吐き、目から急速に光が失われ、絶命した。
男の言葉は永久に失われた。
どさっと古志加の上に男が倒れこんできた。
背筋に
「古志加! そこか!」
声がした。
古志加がただ涙を流し、荒い息をついていると、やがて身体の上から男がどかされ、身体が軽くなった。
「古志加! 大丈夫か!」
三虎だ。
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