第153話 無職の少年、自然の脅威

 ドゴーン!


 目覚めは最悪。


 轟音と衝撃で無理矢理に起こされた。



「──何事ッ⁉」



 僕以上の反応で飛び起きる姉さん。


 急造の寝床から外へと出ていってしまった。


 ソロソロと後に続く。



「アンタの仕業? 当然、相応の覚悟はできてるんでしょうね?」


「な、何だよオマエ。明らかに部外者だろ! 勝手に演習場で建造物こさえるなよな!」



 相対しているのはデヴィルのようだ。


 まだ明け方にも拘わらず、他にもまばらに人影が見える。


 ふと振り返ると、半球状の仮宿が一部欠けていた。



「演習場ぅ~?」


「そうだよ! 此処は実験やら魔法の練習をするための場所だ! だからてっきり、仮想敵か何かかと思ったんだよ」


「だからって、よく確かめもせず攻撃する?」


「わ、悪かったよ。けどよ、そっちが勝手な真似しなけりゃ済んだ話だろ」


「……で、言い訳はもう済んだ?」


「言い訳って、オマエ何様の──」



 デヴィルが彼方へと吹き飛んで見えなくなった。


 ヤバいと察しがついたのか、人影が散ってゆく。



「姉さん」


「弟君! どこも怪我してない⁉」


「僕は大丈夫ですけど……」



 殴られたデヴィルは無事なんだろうか。



「全くもう、やんなっちゃう。ふわぁ~ぁ、お蔭で寝不足もいいとこだわ」



 外は少し肌寒い。


 姉さんもそう感じているのか、抱きついたまま離れようとしない。



「あの、このまま居ると迷惑になるんじゃ」


「そうねぇ~、食事を済ませたら、お風呂借りに移動しましょうか」






「唖然。訳が分からない」


「呼び出されてびっくりしたデス」



 建物に入るなり、手慣れた様子で近くに居た魔族に指示して、賢姉けんしさんを呼び出してみせた。


 呼び出す声が色々な所から聞こえた気がするけど、どういう仕組みなんだろう。



「朝っぱらから悪いわね。ちょっとお風呂貸してくれない?」


「……えっと、ご用件ってそれだけデス?」


「ええ。今、二人だけで冒険の真っ最中なのよ。家に帰ったら味気ないし。ね、いいでしょ」


「委任。ごーれむちゃん、後はお願い。ワタシは寝直す」


「わ、分かったデス」



 来た道を戻ることなく、近くの部屋へと入っていってしまった。



「お風呂は大きいほうと小さいほう、どっちがいいデス?」


「小さいほうかしら。二人で入れれば十分よ」


「一階は大浴場なので、上に移動するデス」






「何だか凄い所ですね」


「ん? 協会のこと?」


「はい。建物もですけど、こんなに沢山暮らしてるなんて、思ってませんでした」



 お風呂に浸かりながら、先程の光景を思い出す。


 世界樹に住んでる数よりも明らかに多い。


 まだまだ上があるみたいだし、もう町ぐらいの規模なのかも。



「魔族が随分と増えたみたいね。翼がある連中にとっては、飛んで移動できるから苦にはならないのかも」



 飛べない限り、階段で移動するしかないもんね。


 もしかして、下りるのを面倒臭がって、増改築してるんだろうか。



「さてっと。今日はこのまま北上してみましょうか」


「北には何があるんですか?」


「山よ」


「は、はぁ……えっと、それだけですか?」


「あと寒いわ」



 昨日は暑かったけど、今日は寒いのか。



「ま、登れる場所は限られてるし、不用意に近付くと魔物に襲われそうだけどね」



 とても不安なことを言われた。






 なるほど寒い。


 いや、寒過ぎる。


 長袖の上にローブを羽織ってすら耐え難いほどに。


 身体中が痛い。



「む、む、無理ですよ」


「そ、そ、そうね。や、や、やっぱり、も、も、もっと標高の低い場所に、い、い、移動しましょう」



 岩肌を白く染め上げる景色は素晴らしい。


 がしかし、観賞している余裕は最早消え失せた。



ゲート



 慌てて跳び込む。



「うー、さぶいさぶい」



 姉さんに倣って、身体をさする。


 寒過ぎると痛みを感じるのだと初めて知った。



「以前来た時は、ダンジョンの中に直接移動したから、あそこまで寒いとは思わなかったわ。御免ね、弟君」


「い、いえ」



 こんな寒い場所にも、二度とは訪れまい。


 そう心に決めた。



「この辺りなら耐えられそうね。あ、ほら見える? あの緑色をしてるのがジャイアントよ」



 指差す方向へと目を凝らす。


 うーん、何となくポツポツと見えるような気がしないでもないけど。


 姉さんは目が良過ぎるよ。



「ジャイアントは山に群れで住んでるわ。岩の裂け目とか洞穴なんかを見かけた場合は注意が必要よ」



 つまりは山も危険らしい。



「逆に、谷間なんかだと、グリフォンが居たりするわね」


「それはどんな生き物なんですか?」


「そうねぇ……頭が鳥で体は四つ足の獣、あと翼が生えてるわね」


「……ちなみに大きさは」


「ブラックドッグよりも大きい感じかしら」



 ブラックドッグに翼を足して、頭を鳥に……。


 あんまり見てみたいとは思えないかな。



「そういえば、雪って見るのは初めてなんじゃない? 折角だし触ってみたら?」


「ゆきって、この白いののことですよね」


「そうよ」



 冷たい。


 氷に近いのかな。


 けど、硬くはなくて、不思議な感触。


 砂よりも土に近い感じかも。



「どう? あ、でも食べるのは危ないから駄目よ」


「危ないんですか?」


「雪をそのまま食べても、あんまり喉の渇きは癒されないわ。むしろ身体に悪影響を及ぼしたりもするのよ」



 どうやら、この”ゆき”とやらも危険な代物らしい。


 外は想像以上に危険で満ち溢れている。



「ジッとしていると冷えちゃうし、景色を眺めながら、少し歩いて回りましょう」


「分かりました」


「あ、それと、雪に隠れて地面に裂け目があったりするから、お姉ちゃんの後を付いてくるようにしてね」



 ゆきはとても危険だ。





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