第152話 無職の少年、既知と未知
ドリアードさんに挨拶を済ませ、最初に訪れたのは、どうしてだか見覚えのある場所だった。
草原の中、石垣に囲われており、その切れ目からは並木道が窺える。
「石像は居ないんですね」
「石像? もしかして、ごーれむちゃんのこと言ってる?」
「そうです」
「ちゃんと呼んであげなさいな。可哀想じゃない」
妹ちゃんのように、親しいわけじゃないしなぁ。
「え……そんなに嫌なの?」
「考えておきます」
「そ、そう。当然だけど、此処には冒険のために訪れたわけじゃないわ。外に出るついでに、復興具合を確認しておきたかったのよ」
「なるほど」
よかった。
冒険の意味を勘違いしていたのかと、ちょっと不安になっていたところだ。
「果樹園は概ね元どおりに見えるわね。家屋はどうかしら。ちょっと寄って行きましょう」
「はい、分かりました」
姉さんの後に続き、並木道を歩いてゆく。
そういえば、此処で魔物に襲われたんだっけ。
もう随分と昔に思える。
「──フフッ。ワームが心配?」
「え? あ、はい。以前、いきなり地中から襲われましたし」
「魔王が縄張りを徹底させてるはずよ。敢えて住処に侵入でもしない限り、襲われることはないわ」
「でも、絶対じゃないんですよね」
「それはそうかもだけどね。そんなに心配なら、お姉ちゃんと手を繋ぎましょう」
歩みを止めて、こちらへと手を差し伸べてくる。
ちょっと恥ずかしくなりつつも、その手を握り返す。
「さ、もう少しで着くわ。こっから見える範囲だと大丈夫そうね」
並木道が途切れ、視界が一気に開けた。
見れば、背の低い家屋が連なっている。
記憶と遜色はない気がするけど。
「あら? エルフちゃんじゃない。お久しぶりねぇ~、元気にしてたかしら?」
筋骨隆々の人馬がこちらに近づき、話しかけてきた。
ああ、こんな喋り方をしていたな。
「ええ、お陰様で……ってわけでもないかしら。此処の皆はどう? 復興はもう済んでるように見えるけど」
「元気も元気、有り余って溢れるぐらいよん。集落の復興は粗方終えたわ。魔物が大人しくなった影響も大きいわね」
「……魔王の支配は健在、か」
「何か言ったかしら?」
「いえ、何でもないわ」
集落の中央辺りに、不自然な木が絡み合うように生えている。
見覚えが無いんだけど、以前からあったのかな。
「そうそう、オーガちゃんは元気してる? またいつでも遊びに来るように伝えておいて頂戴」
「少し暇そうにはしてたかしら。帰ったら伝えておくわ」
「……そういえば、随分な恰好をしているけど、遠出でもするつもり?」
「これから冒険にね」
「は、はぁ……そ、そうなの?」
「此処には様子を見に寄っただけだから、すぐに移動するわ。皆にもよろしく伝えておいて」
「よく分からないけど、とにかくお出掛けするみたいね。気を付けていってらっしゃい」
「ありがと。また来るわ」
≪
此処から歩いて移動するわけではないらしい。
人馬に会釈をして、姉さんに続く。
暑い。
身体が焼けそうだ。
「よいしょっと、暑いだろうけどローブを羽織っておいてね」
砂の上にカバンを下ろすと、取り出したローブを羽織ってみせる。
フラフラしながら、同じようにローブを羽織る。
「ほら、ちゃんと頭まで覆わないと駄目よ。日差しを遮るのと、砂を防ぐ意味合いもあるんだから」
うぅ、暑い。
見渡す限りの砂、砂、そして砂。
土とは違って、凄く歩き辛い。
「というわけで、砂漠に来てみましたぁー」
姉さんだけは元気だ。
いつもは上着を羽織るだけで暑がってるのに。
「あ、ほら見て! 他と比べて砂が不自然に盛り上がってる場所があるでしょ」
えぇっと……?
姉さんが指差す先へと視線を動かす。
うーん、どれも似たような風景にしか見えない。
「どれも同じにしか見えませんけど」
「ならそうねぇ……あ、アレなんか丁度いいかも」
砂の抵抗をものともせず、足早に移動してゆく。
慌ててその後を付いてゆく。
どうやら、枯れ木だかを拾おうとしているようだ。
「じゃ、落ちた先を見ててね。よっと!」
枯れ木が砂に落ちる。
足裏から振動が伝わり始めた。
と、落ちた箇所の砂が吹き上がる。
砂から勢いよく、何かが出てきたのだ。
「サンドワームよ。ああやって、獲物が通るのを待ち構えてるの。あとは日陰とかも注意が必要ね」
……何て危険な場所なんだ。
今後、此処には絶対に訪れないでおこう。
もうすぐ夜になろうかというころ。
所変わって、巨大な人工物の前。
空の暗さに抗うかのように、煌々と明かりが漏れている。
「さて問題です。此処はどこでしょうか」
乱雑に建て増しされたような、歪な外見。
横に上にと、拡張され続けたのだろうか。
「えっと……建物の実験場、とかですか?」
「へ?」
互いに見つめ合って硬直。
「──プッ、アハ、アハハハハハハハ!」
突然、笑い始めた。
答えが違ったらしい。
「ふぅ、凄い発想ね。本質的には間違ってないのかもだけど。此処は魔法協会よ」
「これが……」
改めて、巨大な建造物を視界に収める。
確か、塔って呼んでた気がするけど。
思ってた形とは随分と違うみたい。
「外見よりも中身のほうがもっと凄いんだから。ダンジョンなんかより、よっぽど迷う構造をしてるのよ」
正面から見ただけでも、数十の建物が組み合わさっている。
さらに横や後ろもあるんだろうし、迷子にもなることだろう。
「初日だし、此処で一泊しましょうか」
そう言うと、何故か建物からは離れて行ってしまう。
慌ててその後を追い駆ける。
「姉さん? 入るんじゃないんですか?」
「アレ、別に宿泊施設ってわけじゃないもの。ま、空き部屋は多そうだけどね。冒険といったら野宿に決まってるでしょ」
「……そうなんですか?」
「そうよ!」
奇妙に何もない、開けた場所に出た。
「この辺りでいいかしらね」
地面に手をつくと、僕たちを取り囲むように土がせり上がり始めた。
そのまま半球状に頭上まで覆い尽くしてしまう。
「どう? お姉ちゃんがいれば、天幕要らずよ」
「わ、わー、凄いですねー」
「そうでしょうとも。お風呂は明日、借りに行きましょうか。食料は十分持ってきたし、食事はこれでいいわよね」
「え、あ、はい」
結局、明日はあの建物に入るつもりのようだ。
お風呂に入れるのはありがたいけど。
「あちゃぁ……カバンに砂が入ってたかぁ……でも大丈夫! お姉ちゃんなら砂だって操れるんだから」
僕のカバンの中にも、細かい砂が入っていた。
さばく、こわい。
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