第151話 無職の少年、いざ冒険へ

 それは、姉さんの唐突な一言から始まった。



「冒険に行くわよ」


「……はい?」


「本格的にやると年単位になっちゃうだろうし、ゲートを使ってサクサクっと見て回りましょう」


「いえあの」


「残念だけど、今回はほぼ観光に近い感じになっちゃうかもねー」


「姉さんってば!」



 独断専行よろしく、二階の物置きへと向かおうとする背に、強めに呼びかけた。



「何? どうかしたの?」


「どうかしてるのは、姉さんのほうです」


「……それはちょっと、あんまりな評価じゃないかなぁーと、お姉ちゃんは思うわけよ」


「いきなり行動せず、きちんと説明してください」


「うん?」



 いや、うん? じゃなくて。


 おかしいのは姉さんのほうだからね。



「冒険に行くのよ?」


「えっと……理由については……」


「前に一緒に行こうって約束したでしょ? ……あれ、したわよね?」


「あー」



 確かに、いつだったかそんな話をした覚えがある。


 あるけども、まさか今から行くつもりなんだろうか。



「今から行くつもりなんですか?」


「善は急げってね。ん? 思い立ったが吉日のほうかしら」



 いや、どっちもよく分からないんだけど。



「冒険って、具体的に何をするつもりなんですか」


「んー? 冒険は冒険よ。外に出て、歩き回って、野宿するって感じ」



 ……散歩みたいなものか?


 行為の意味するところは、やっぱりよく分からないが。



「それ、楽しいんですかね」


「もちろんよ。非日常感を味わえるっていうか、生きてる実感を得られるっていうか。悪い理由が見当たらないぐらい」



 最近はやることも無くて退屈してはいた。


 気分転換ぐらいにはなるだろうか。



「……もしかして、行くの嫌だった?」


「いえ、そういうわけでは。ただ、いきなり言われたので」


「最近は魔物も大人しくなったみたいだし。世界を見て回るのも、いい刺激になるんじゃないかしら」


「せめて明日にしませんか」


「こういうのは勢いで行くから楽しいのよ」



 既に行く気満々らしい。


 説得は難しいようだ。



「ブラックドッグは? 置いてくわけじゃないですよね」


「そうねー、本当は二人だけで行きたいところだけど」


『折角だ。二人だけで行ってくるといい』



 階下を覗き込むと、階段からこちらを見上げていた。



「……いいの? 連れて行くぐらい構わないわよ」


「そうだよ。ブラックドッグも一緒に行こうよ」


『同行するのは次の機会にしておこう』



 本当に付いて来るつもりが無いみたいだ。


 いつも一緒にいてくれたのに。


 何だか寂しい気持ちになってしまう。



「気を使わせたみたいで悪いわね。まあ、要所要所を回るだけにするから。数日で帰って来れると思うわ」


『分かった。留守は預かろう』


「じゃあ、改めて準備をしましょうか。弟君は念の為、短剣を持って行くこと。皮鎧は着なくていいから、動き易い服装で。寒い場合に備えて、長袖を選ぶこと」


「……はい、分かりました。それで、着替えは何着ぐらい必要ですか」


嵩張かさばるだけだし必要ないわよ。都度、水場で洗って済ませましょう」



 おおぅ、想像以上に過酷っぽい。



「あーでも、ローブは持って行きましょう。雨避けや寝床としても使えるし」



 そこまで言い終えると、物置き部屋へと入っていってしまった。


 まずは着替えを済ませよう。






 言われたとおりに準備を終えた。


 食料とか水とかはどうすればいいのかな。


 まさかそれも現地調達するとか?


 せめて、干し肉ぐらいは持って行きたいところ。


 生き物を狩るのは気が引ける。


 いやきっと、僕にはできそうにない。


 今の内に、ポーチの中に確保しておこう。



「弟くぅ~ん、準備できたぁ~?」


「はーい」


「どれどれ~」



 階段をスルスルと下りてきて、服装を確認される。



「良し良し、大丈夫そうね」



 僕の軽装とは違って、大きなカバンを背負っている。



「こっちも大体準備が終わったわ。夜営の天幕とか、アタシがいれば要らないし、結構荷物に余裕がありそうね」


「ならその分、食料を持っていきましょう」


「食料ぐらい、現地調──」


「持っていきましょう!」


「そ、そこまで言うなら、余分に持っていってもいいけどね」



 危うかった。


 やっぱり現地調達するつもりだったようだ。


 床に下ろしたカバンに、追加で食料を詰め込んでいく。



「自給自足が醍醐味なのよ?」


「用心するに越したことはないでしょう」


「……何でアタシのほうが諭されているのかしら」



 腹持ちしそうな物、栄養のありそうな物、と。


 糖分と塩分は忘れずに。



「そんなに詰め込んでも、食べきれないわよ」


「外だと一日一食じゃ済まないじゃないですか」


「それはそうだけど。流石にもう十分でしょ。はい、おしまい」



 食料は十分かな。


 水だけは不十分だし、現地調達するしかないか。



「さてと、こっちの小さいカバンにも分けないとね」


「これは?」


「弟君の分よ。荷物は余分と分散が大事ってね。一箇所に纏めておくと、何かあったときに全部駄目になっちゃうし」



 僕の腕からローブを抜き取り、底に敷く。


 次に何かの道具やら食料が入れられて、すぐいっぱいになった。



「背負ってみて。重そうなら少し減らしましょう」


「分かりました」



 背負ったまま軽く動いてみる。


 軽い……とは言えないけど、動けないほどではないかな。



「どう?」


「大丈夫そうです」


「本当? 無理してない? 今の状態で重いと感じてるなら、疲れてくるとかなりキツくなるわよ」


「……少し重たいです」


「正直でよろしい。少し減らしておきましょう」



 中身が調整され、再び背負う。



「さっきよりも楽になりました」


「でしょうね。じゃあ、ドリアードに声掛けして、冒険に出発よ」


『道中、くれぐれも気を付けるようにな』


「うん」


『友に大事あらば……分かっていような?』


「はいはい、十二分に気を付けます」



 玄関まで移動し、振り返る。



「じゃあ、行ってきます」


「留守をお願いね」


『ああ。楽しんでくるといい』





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