第9話 無職の少年、お勉強タイム①

 食事の後片付けを終えたころ、おもむろに姉さんが切り出した。



「少しお勉強しましょうか」


「勉強、ですか?」


「そう。この先、何が起こるか分からないもの。知らないということは、それだけで危険なことだわ」



 姉さんが真面目モードだ。


 カッコイイ。


 けど、目の横で手を縦に上下させているのは、何の意味があるんだろうか?



「おっはよぉー! 元気かなぁ? ウチはもちろん元気一杯だよぉー!」



 玄関の扉を勢いよく開けて入って来たのは、昨日振りの相手。



やかましいのが……いえ、ついでだし、アナタも一緒に勉強していきなさい」


「ほぇ?」



 予期せぬ奇襲を食らい、思考停止してしまった様子。


 その隙を逃さず、姉さんが掴み上げると、こちらへと連れて来た。


 隣りの席へと降ろされる。



「なになになになに⁉ 何が始まるって言うの⁉」


「いちいち騒がない」



 コツン。


 桃色の頭を軽く小突かれると、途端に大人しくなった。






「じゃあ、まずはこの世界の現状からやっていきましょうか」


「ハイハーイ!」


「やる気があるのはいいけど、質問にしては早過ぎない?」


「結局さぁ、これから何が始まるの?」


「しばらく黙ってて」



 コホン。


 咳払いを挟み、話が続く。



「何と言っても世界樹よね。世界を二分する世界樹の群れ。じゃあこの世界樹の果たしている役割って何か分かる?」



 視線は僕に向いてる。


 促されるようにして口を開く。



「魔法の封印です」


「そうね。世界中の魔法を封じているのは、この世界樹。ただし、それを成しているのは別の存在よね。それが何か分かるかしら?」


「精霊様です」


「流石は弟君ね。そう、精霊の住処を世界樹が繋ぐことで、力を増幅させて世界中に影響を与えているってわけ」



 さ・ら・に、と妙な溜めを含んで説明が続けられた。



「世界樹群は種族の住処をも決定付けたわ。互いに干渉しないように、相争わないように、ってね」


「ウチだって、それぐらい分かるもん!」


「なら、この世界の種族に関して、答えて貰おうかしら」


「うんと、えっと……人族と魔族と精霊、だよね?」


「それじゃあ足りてないわね」


「エェーッ⁉」


「アタシもアナタも含まれてないじゃない」


「あ、そっか。じゃあじゃあ、エルフとオーガもだね!」


「他との違いは何かしら?」


「人族と精霊の混血がエルフで、人族と魔族の混血がオーガだよ!」



 姉さんがエルフで、友達はオーガ。


 共に人族の肌とは異なる色。


 褐色と、薄い桃色。


 エルフは親の精霊の色に寄り、オーガは■系統の色になるらしい。


 彼女のお兄さんはもっと■い色をしている。


 だから、少し苦手なのだけれども。


 現在は修行中につき不在。


 妹ちゃんがこの家に入り浸っているのは、その所為とも言える。


 また、オーガの特徴として、頭に短い角を持っている。



「あと、もう一つ足りてないけど、何か分からない?」


「んんん~?」


「魔物よ魔物。魔物と魔族は別として扱われているわ。じゃあ弟君、その違いが何か分かるかしら?」


「意思疎通ができるかどうか、ですよね」


「大正解! 元々言葉を話せる個体と、かつて勇者が施した改変により、意思を伝えられる個体が魔族とされているわね」



 ピクリと身体が反応する。



「ここだと……スライムとかアルラウネだね!」


「そうね。と言うか、集落に魔物は居ないけどね。で、魔族は比較的大人しいけれど、魔物は危険だから気を付けてね。ただ、判別はちょっと難しいところもあるのよね」


「「?」」



 理由が分からず、二人して首を傾げてみせる。



「意思疎通に関しては、スキルという形で継承されているわ。この場の三人、いえ、ブラックドッグも含めて、魔物や精霊と意思疎通が可能なのよ」


「凄いね! いっぱいお話しできるね!」


「魔物か魔族か。アタシたちでは判別できないってことよ」


「何で?」


「今、説明したでしょう」


「普通は相手が喋るか、意思疎通できるかで判別できるけど、僕たちだと強制的に意思疎通ができちゃうから、相手が魔族なのかが分からないんだよ」


「んんん~?」


「あれ、分からなかった?」


「それ以上は無駄ね。放っておいて、話を進めましょう」


「酷ぃよぉ~」


「とは言え、魔物には意思疎通ができない種類も存在するわ。知性がなく、本能だけで行動するような種類がそうね」



 へぇ、そうだったんだ。


 でも知性があるかどうかなんて、見て分かるものなのかな。



「さて、人族とアタシたち混血には共通点があるわ。ほら、自分に関することなんだし、答えられるでしょう?」


「えぇっと……天職のこと?」


「正解。人族と、人族との混血であるアタシたちは、生まれながらに天職を有しているわ」



 天職……。


 僕には無いモノ。



「希少な職業ほど、潜在能力が高いわね」


「ウチは⁉ ウチのは希少⁉」


「アンタは兄とは違って、色々と残念よね。折角の力の強さを損なってるもの」


「きっとアニキが悪いんだね! 帰ってきたらフクシューしてやるよ!」


「冤罪過ぎるわね」



 人族にはもちろん、混血の二人だって備わってるのに。


 何で僕だけ無いんだろう。



「弟君」


「え?」


「きっとね。きっと、弟君は自由なんだと思うの」


「自由?」


「そう。生まれながらに決定されていない、無垢なる存在。何にも成れないんじゃない、何にだって成れるんだとアタシは思うわ」


「そう、なのかな……そうは思えないけど……」


「望まぬ天職に苦しむ者だっているわ。ずっと昔には転職って方法もあったらしいけど」


「?」


「職業を転じる、で転職。他の職業にも成れたってことよ」


「ほぇ? 今はできないのぉ?」


「教会が転職に否定的だったらしいからね。勢力を増した際、その方法は失伝してしまったみたいね」


「その方法が分かれば、僕も――」


「いいえ。転職も結局は生まれ持った天職によって決められるようなものよ。例外的に後から増えたりもするらしいけど」


「なら」


「聞いて。さっきも言ったけど、弟君は特別なの。きっと何か意味があるはずよ」



 特別なんか望まない。


 みんなと同じでいい。


 同じがいいのに。



「そんな顔しないで。弟君がどんな成長を遂げるか、お姉ちゃんは楽しみで仕方がないんだから」



 期待なんてしないで。


 僕は姉さんみたいに凄くなんてないんだ。


 姉さんみたいには成れないよ。


 気持ちはすれ違い、噛み合わない。





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