第7話 無職の少年、お説教

 教訓、お風呂の中にポーションやエーテルを入れてはいけない。


 ベタベタでヌメヌメするから。


 都合2回もお風呂に入る羽目になったし。


 身体が温まり過ぎて眠い。



「ほら、ボーっとしない。最初に宣言した通り、これからお説教よ」


「眠いよ、姉さん」


「可愛い声を出したからって……クッ、お姉ちゃんは許しません」



 若干効果はあったみたいだけど。


 でも迷惑を掛けたのは事実。


 悪いのは他ならぬ僕だ。


 姉さんが助けてくれなかったら今頃は……。


 恐怖はある。


 けどそれ以上に悔しさが込み上げて来る。


 視界がじんわりとにじんでゆく。



「座りなさい。ブラックドッグも逃げちゃ駄目よ」


『不要』


「アナタが不用意に力を貸してみせるから、今回みたいなことになったのよ? しっかり反省しなさい」


『守護した』


「戦い方も知らない子に、力だけ与えても危険なだけ。守ると言うなら、止めるべきだった」


『むぅ』



 風呂場から先程の居間まで戻って来た。


 下着の上に薄手の上着を羽織った姉さんとブラックドッグが口論している。


 実際に声を出しているのは姉さんだけ。


 ブラックドッグからは意思だけが伝わってくる。



「最初に言っておきたいのは、もう二度と今回みたいな真似はしないでってこと。どうしてだか分かる?」


「姉さんに心配を掛けたから」


「違うわ。弟君が危険な目に遭ったからよ」



 頬が手で挟まれる。


 間近に迫る顔。


 目からは今にも溢れ出しそうなほど涙が溜まっていた。



「人族は思った以上に力をつけてる。侮れる相手じゃないわ」


「でも、姉さんなら負けないですよね?」


「もちろん。それでも、負けはしなくとも足止めはされてしまう」


「今回は、後ほんの少しだったんだ」


「そう、もうほんの少しの差で、弟君は死んでいたわ」



 言いたかったのはそういうことじゃない。


 けど、それも紛れもない事実なわけで。



「ブラックドッグの力を頼っただけの、危うい戦い方でね」


「うっ」


「もっと数が居たら、もっと手練れが居たら、結果は悪い方へ傾いていたわ」


「うぅっ」


「初見故に、相手は本来の動きができなかったのもあるでしょうね。つまり、次はより素早く対応してくるわ」



 軽く押さえるだけだった手は次第に力を増していき、顔を歪めさせる。


 ちょっと痛い。



「もう同じ手は通用しない。もしまた同じことを仕出かしたら、家には帰って来れないのよ?」



 帰れない覚悟は決めたつもりだった。


 現実には、無事帰れるだけの力が不足していたわけで。


 姉さんを助けられず、勇者も倒せずに。


 弱い自分。


 気持ちだけが先走って、他の何もかもが足りていない。



「自分の命を粗末に扱わないで。それが一番悲しいわ」


「ごめん、なさい」


「謝るべき相手はアタシだけじゃないでしょ?」


「ブラックドッグも、ごめんね」


『守れなかった』



 そばに近づき、鼻を寄せて来る。



『済まない』



 姉さんは僕の頬を掴み、僕はブラックドッグの頭をワシャワシャと撫でる。


 僕の今の家族。


 そのどれかが欠けていたかもしれなかった。


 ブルッ。


 今更身体に震えが走る。



「湯冷めしちゃった? ベッドで温めてあげよっか?」


「あの、そろそろ別々に寝るのは――」


「お風呂もベッドも、姉弟なら一緒なのは当然よ。常識よ。摂理と言っても過言じゃないわ」



 本当かなぁ。


 偶に姉さんの目付きが変わって見えるんだけど。


 気のせいなのかな。



「でもトイレは別々よ」


「一緒がいいなんて言ってません」


「さて。じゃあ寝る前に答えを聞かせてくれる?」



 ようやく解放される頬。


 少しジンジンする。


 要求されているのは、二度と今回のような真似をしないかどうか。


 その答え。



「僕は……僕は勇者を赦せない」


「そうでしょうね」


「きっとまた会えば、戦うと思う」


「勝算もなく戦いを挑んでは駄目。命は一つ限りなのよ」


「どうしても抑えられないんだ。忘れるはずも許せるはずもない」



 名前を聞くだけでも。


 思い出してしまう。


 ■い記憶。


 危険な存在。


 赦されざるべき存在。


 断じて、決して。



「だから約束はできないよ。ごめんね、姉さん」


「じゃあもう二度と放してあげません」



 顔面を包み込む柔らかい感触。


 谷間に顔が挟まれる。



「ぐむうぅぅぅ⁉」


「お姉ちゃん大好き。二度と逆らったりしません。って言うまで放しません」



 口が、口が塞がれて……!



「イヤン。そんなに興奮しちゃ駄目よ」



 アホか!


 双丘を鷲掴み、顔を全力で引き剥がす。



「ぷはあぁっ!」


「きゃん⁉」


「ね、姉さん。その立派な胸は、十二分に命を奪えることを、いい加減に覚えてください」


「お姉ちゃんの胸が嫌いになったの⁉」


「胸に限らず、姉さんのことは好きですけれども。そうではなくて……」


「これはもうベッドに直行ね!」


「いやあの、僕の話を聞いて――」



 軽々と肩に担ぎ上げられる身体。


 有無を言わさず。


 階段を滑るように移動し、すぐさまベッドに諸共跳び込んだ。





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