第6話 無職の少年、帰宅

 二度の移動を経て、故郷へと辿り着く。


 人族の町とは明らかに異なる風景が広がる。


 とても静かで清浄な空気に満ちた空間。


 大地は遠く土も石もない。


 世界で最も空に近い場所。


 世界樹の上に存在する集落である。


 足元は巨大に過ぎる枝が地面の代わりを成している。


 一生の別れと覚悟して向かったはずが、こうして戻って来てしまった。


 目的も遂げられぬままに。



「まずは怪我を治しましょうか」


「僕よりも先に、ブラックドッグを治療してあげて」


「この子は怪我を負っているわけではないわ。魔力が枯渇しているだけ。もちろん、そのままでは命が危ぶまれるところだけど、ここなら自然に回復していくわ」


「でもまだ苦しそうです」


「すぐには回復しないもの」


「姉さん」


「もう、分かった、分かりました。エーテルの備蓄はあるだろうけど……何年までなら飲んで大丈夫なのかしら」



 姉さんに抱えられながらの家路。


 見慣れた家が近づいてくる。


 人族の町での印象が未だに強く残っているからか、変わった造りなのだと実感が湧いて来る。


 木にできたこぶ


 地面代わりの枝から隆起した球状の樹皮。


 人族の家の二階建てと同じ規模感か。


 後違うとすれば、天井が無い。


 ここは雲よりも上。


 雨の心配はない。


 樹上ゆえに無暗に火を使うわけにもいかず、自然光を活かしているらしい。


 階の仕切りも、中央は吹き抜け。


 そんな我が家だ。






「あ、やっと帰って来た」



 玄関の扉を開ければ、すぐに居間がある。


 無人のはずの我が家から、出迎える声が。



「妹ちゃんたら、また勝手に入って」


「酷いよぉー。お出かけするなら、ウチも誘ってよー」



 申し訳程度の布面積しかない衣服。


 ほぼ露出している肌は薄桃色、肌より数倍は濃い桃色の短い髪。


 人族は必ず肌色。


 つまりは、肌の色が異なるのは人族ではない証。



「今日は構ってあげられないから、大人しく家に帰りなさい」


「エェーッ⁉ オネーチャン、酷い! ……ってオトートクン、どうしたの⁉」


「いちいち騒がないの」


「大丈夫⁉」


「い・い・か・ら! 出て行きなさいっての!」


「あー酷い! 足で押さないでよー!」



 何度も振り返りながらも、ただならぬ様子を察してか、それ以上抵抗はせず家から出ていった。



「姉さん、流石にあれは酷いです」


「あの子が居ると話が脱線して進まないもの。さて、治療を済ませてお風呂で汚れを落としたらお説教よ」


「ブラックドッグも」


「分かってるってば。一旦椅子に座って待っててね」



 横長の椅子に座らされ、ブラックドッグは体ごと横たえられる。


 姉さんがローブを脱ぎ捨て、ようやくいつもの姿に戻った。


 背に隠してあったらしい棒が外される。


 肩が剥き出しでパンツと一体化したような黒い服。


 身体にピッタリと貼り付き、否応なく起伏を主張している。


 肘まで覆う黒い手袋に、膝まである長いブーツ。


 覗く肌は褐色。


 人ならざるモノの証。


 艶のある黒髪が頭頂で束ねられ、背中へと垂らされている。


 僕と似ている特徴は一つもない。



「ポーションとエーテルは、っと……確か貰ったのがどこかに……」


「姉さん」


「はいはい。どこにも行かないから、大人しく待ってなさい」


「違います。薬は台所じゃなく、この部屋です」


「あら? そ、そうだったかしら」


「部屋に入ってすぐの棚が、薬品棚です」


「そうそう、そーだったわね。アレが来る度に在庫が増えてばかりだったけど、偶には役に立つものね」


賢姉けんしさんに感謝しなといけませんね」


「弟くぅ~ん? アナタの姉は、アタシ一人だけよ。他は全部偽者だから」



 また始まった。


 何故だか僕の周りには、自称姉が複数居る。


 姉さんも含めて。


 実の家族はもう一人だって居やしないのに。


 ■い記憶。


 ぎる光景に顔をしかめる。



「先にブラックドッグにエーテルを与えてあげましょうか。弟君の治療はお風呂で一緒に済ませちゃいましょう」



 緑色の液体が入った小瓶をブラックドッグの口元へと近づける。


 反応は鈍く、グッタリとしたまま。


 飲むのは難しそう。



「うーん、無理に飲ませるより、体にかけてあげた方がいいかしら」


「じゃあブラックドッグも一緒にお風呂で」


「そうしましょうか。あ、そのまま動かないでね? 抱っこして連れて行ってあげるから」


「お風呂まで歩くぐらい、できますよ」


「だーめ。お風呂の準備してくるから、大人しく待ってなさい」



 黒髪を揺らして風呂場へと駆けて行く。


 服を脱ぎ捨てながら。


 姉さん……服を脱ぎながら移動するのは止めてください。


 どうにも服の感触が苦手らしく、隙あらば脱ごうとする。


 自宅内に限っての話ではあるけど。


 寝るときも服は脱ぎ捨てて、下着姿だし。


 しかも、僕の服まで脱がそうとしてくるのだからたちが悪い。


 抱き心地が悪いからって。


 僕は服を着てないと落ち着かないのに。



「お待たせー。さぁ、お風呂で沢山可愛がってあげるわよー」


「治療が先、ですよね?」


「そうね! もちろん忘れてないわ!」



 既に下着姿。


 後で、服を拾っておかないとな。


 器用に薬瓶と僕とブラックドッグを抱え、風呂場へと連行される。



「いつも通り、隅々まで綺麗に洗ってあげるからね」


「自分で洗えますよ」


「駄目よ。お姉ちゃん特権だから」



 意味が分からないよ、姉さん。


 そうしていつも通りに、一緒にお風呂へ入るのだった。





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