【小エピソード集】街中で『装備全解除』ボタンを押すとすごく楽しいんじゃない?

【合法的に裸になる方法】



「わたし、すごいことを発見しちゃったかも」


 ギルドハウスのリビング。

 わくわくしながらみんなに告げると、何人かがちらりと視線を向けて──黙って自分の作業に戻った。

 反応してくれたのは最年少の少女一人。


「どんなことですか、お姉さま?」

「エリーゼちゃんは本当にいい子だなあ」

「えへへ……♡」


 それを見たラファエラが眉をひそめて、


「放っておきなさい、エリーゼ。どうせまた変なこと考えただけよ」

「はっ。あんたはお姉さまに冷たすぎるのよ」


 エリーゼはミーナに甘く、ミーナはエリーゼに甘い。

 ミーナが甘やかすので少女が調子に乗ってしまう部分もあるのだが、愛されているお陰でエリーゼが天真爛漫なヒロインでいられるのも事実。

 なかなかに特殊なバランスで成り立っている二人である。

 また、ミーナの趣味が言って直るようなものではないことをみんな知っているので、


「それで、ミーナさん。どうしたんですか……?」


 ようやく集まった注目にミーナは「えへへ、えっとね……♡」ともったいつけてから、


「街中で『装備全解除』ボタンを押すとすごく楽しいんじゃない?」

「そのボタンは今押しなさいよ」

「ミーナさん。脱衣は一枚ずつするべきだと思います……」

「お姉さま。裸ならエリーがいくらでも見ますから!」

「……あれ?」


 思ったよりもウケが悪い。


「みんなの見てる前で自然に裸になれるんだよ? 事故を装っておけば変に思われないだろうし」

「どこが自然なのよ。ちゃんと『全ての装備を解除してよろしいですか?』って確認が出るでしょうが」

「つい癖で、って言えばみんな納得するよ」

「……癖になるほど全解除ボタンを押しているのはミーナさんくらいじゃないでしょうか?」


 普通のプレイヤーはなかなか使わない。せいぜい装備を一式買い替えた時くらいだ。むしろ、オプション設定でボタンの表示自体を消すこともできるし、多くのプレイヤーがその設定を行っている。

 ただ、ミーナはラファエラのモデルになる時とかによく使う。


「そもそも、人の多い場所では全裸にならない設定では?」


 春が首を傾げた。

 装備には下着も含まれるため、間違って押してしまうと大変なことになる。さすがに公序良俗に反するためプライベートな場所以外では下着だけ残る。

 残念ながら「一瞬にして全裸」は実現できない。

 しかしミーナはぐっと拳を握って、


「そこはあれだよ。装備のプリセットだっけ? あの機能と一緒に使うの」


 あらかじめ設定した装備の組み合わせに一瞬で着替えられる機能だ。

 この機能を使っても衆目で即全裸にはなれないが──街中であっても「下着姿の状態で」脱衣しようとした場合は有効である。

 つまり、装備全解除ボタンを押してからプリセットボタンを押すことで全裸は可能なのだ。


「間違えて下着になっちゃったから慌てて戻そうとしたら、さらに間違って空の設定を読み込んじゃった──で、いけるんじゃないかなっ?」

「それは確かにありえなくもない状況だけど」

「お姉さま。そこまでして人前で全裸になりたいんですか……?」


 ラファエラは「情熱の使い方間違ってるでしょ絶対」とドン引き。エリーゼの方は「やっぱり男じゃないと。今からでもキャラを作り直すべき……?」と悩み始めた。

 とりあえず妹分の少女は「エリーゼちゃんはそのままが一番いいよ!」と抱きしめてあげた。


「一回なら事故でセーフだよ。ライブの最中なら何回も着替えるから余計に事故っぽいし」


 プリセット機能は衣装チェンジにももってこいだ。

 リアルなら必ず発生する着替えの時間をほぼ完全に省くことができるためお客さんを飽きさせない。こっちならお客さんのトイレ休憩もいらない。


「確かに、一度だけなら疑われることもないでしょうが……」

「……確実に伝説の回ですね」


 ライブ映像のアーカイブもその回だけ配信されないか、修正の上で流すことになるだろう。

 春は真面目な顔でしばらく考えた後、


「実行するのであれば早いうちにお願いします。公式化した後ですといろいろと問題が生じるかもしれませんので」

「じゃあ今日さっそくやりますねっ♡」

「アグレッシブすぎでしょ!? 春も煽ってないで止めなさい!」


 けっこう本気で止められたのでしぶしぶ諦めることになった。


「……うう。絶対楽しいのに」

「元気出してくださいお姉さま。……あ、そうだ。前に魔法少女の変身シーンが作れるよって教えてもらったことがあるんです。それならどうですか?」

「変身シーンって、光に包まれながら裸になるやつ?」

「ミーナ、言い方」


 装備解除→装備の流れをマクロ化することによって高速かつ自動的に変身を完了させる、という無駄にハイテクな技術だった。

 発光エフェクトも加えてやれば周囲から見えづらくなるため煽情的かつ演出の範囲内に収めることができる。


「ありがとう、エリーゼちゃん。大好きっ」

「大好き……♡ お姉さまからの大好き……っ♡」


 そういうことなら、とOKが出たので正式に演出として取り入れられ、新曲披露と共にレパートリーに加えられることになった。




【PCスペックがもう限界】



「みんなー、今日も来てくれてありがとー♡ ちょっと狩りサボったぐらいじゃ、ざぁこ♡ なのは変わらないんだから、これからもどんどん応援してね♡」

「みなさんが応援してくださっているお陰でわたしたちも楽しくアイドルができてますっ♡ 今日も頑張りますので楽しんでいってくださいねっ♡」


 ギルド『Aphrodite』のライブハウスは連日大盛況である。

 人気が大爆発してしまい、入れないお客さんがかなり出始めてしまったので、拡張工事の費用ということでチケット制を導入した。

 時間に応じて自動消滅するアイテムを発行し、それを持っていないと会場へ入れないようにしたのだ。

 多少お客さんは減ったものの、ゲーム内通貨での販売でありファングッズに比べると安いことから飛ぶように売れてギルドの予算は大幅UP、目的としていたライブハウスの拡張に加え、物販スペース(こっちはチケットがなくても入れる)の拡張および販売NPCの増員も行うことができた。

 ゆくゆくはバックダンサー用のNPCを購入して育成できれば、とはプロデューサー・春の談である。それが実現するのがいつになるかはともかく──。

 みんなの応援と裏方のサポートによってライブ自体も気合いの入ったものになる一方だ。


 曲が始まるとスポットライトが切り替わる。

 ミーナとエリーゼはそれぞれ短剣と光の剣を取り出してステップを踏み始める。演奏に合わせて靴音が響き、性質の違う剣が閃く。ミーナの短剣は照明をきらきらと反射し、エリーゼの剣はそれ自体が光を放つ。

 動きに合わせてスカートが揺れ、腕や足に身に着けた金属製の飾りがしゃんしゃんと音を立てる。

 レパートリーはみんなで相談しながらだんだんと増え、今となっては普通のライブと同じくらいの時間をもたせられるくらいになった。

 振付がごっちゃになりそうな時はゲーム内ならでは、ガイドを視界にAR表示する機能が助けてくれる。

 二人のパフォーマンスを見ながらお客さんたちはペンライトを振る。これは『Aphrodite』公式グッズではなく、有志の職人プレイヤーが作っているものだ。分類的には武器だが攻撃力はゼロに等しく、ただ綺麗に光るだけの棒である。

(服飾職人には作れない代物なのでリリが羨ましがっていた)


 曲によって、あるいはパートによってセンターは入れ替わる。時には二人が左右に分かれセンターを空けることもある。

 エリーゼは弱めかつ派手な魔法を演出に用いたりもする。

 わりと本気で狙ってくるそれをミーナは踊りながら避けて歌声を響かせる。本当に戦っているような──というレベルに達するにはエリーゼの習熟が足りず、もし足りたら足りたでミーナのステータスが足りなくなりそうなので難しいけれど。


 今日はお客さんの入りも熱気も今までで一番かもしれない。

 視られれば視られるほど乗ってくるのがミーナ。日に日に高まっていくスキル熟練度によって動きが補正され、激しく動いても足がもつれることはない。

 興奮から自然と笑顔になり、ちょっと下着が気になり始めながらキレのある剣舞を披露。

 ミーナとエリーゼが攻撃しあうように交わるシーンに移り、


「あれ?」

「へ?」


 急に身体が動かなくなった。ミーナはその場でぐらりと身体を傾け、エリーゼは予定していた動きを止められずに光剣をそのまま振り下ろす。

 じゅっ。

 ギリギリで当たらないはずだった光はミーナの左肩から胴体をすぱっと切り裂き、派手なエフェクトをあたりに撒き散らした。

 客席から上がる悲鳴。

 PK禁止設定のためダメージが入ることはなかったものの、その時のことをミーナは後にこう語った。


「あれは怖かったなあ。実戦だったらわたし死んでたよ……」






 というわけで。


「たぶんマシンの処理落ちね」

「しょりおち?」

「……人が多かったり動きが激しいとパソコンもそれだけ頑張らないといけないんです。なので性能によっては突然休憩を始めてしまうんです」

「なるほど」


 ラファエラの発言に首を傾げたミーナは、リリの説明を聞いて納得した。

 人間はいったん全力疾走を始めてしまえばノリでそこそこ走れたりするが、機械は曖昧にはできていない。体力がゼロになったら休憩するしかない。


「わたしが使ってるの、お兄ちゃんのおさがりだから。たしかお兄ちゃんも『動くだろうけど……』みたいな感じだったっけ」

「『UEO』はさいせんたんのゲームだから、パソコンも高いのがいるんですよね。エリーちゃんは良いの使ってるから大丈夫ですけどぉ」


 お父さんの仕事用のをたびたび借りていたら「仕方ないなあ」と専用のを買ってくれたらしい。きっとエリーゼのお父さんは娘が可愛くて仕方ないんだろう。その気持ちは正直よくわかった。

 自分が母親、もしくは姉だったらお菓子をあげたり服を着せたり髪を結ってあげたりして一緒に遊ぶだろうなあ、とミーナはほっこりして──。

 こほん。


「ミーナさん、PCを買い替えましょう」


 春が真面目な顔できっぱりと告げた。


 二人の公式アイドル化は既に決定し告知も済んでいる。今はファーストイベント、および公式グッズ(課金アイテム)販売開始を待つばかりといった状況だ。ここまで来て「やっぱり止めます」はよっぽどの不祥事をやらかさない限りありえない。

 なので、ミーナたちの人気はここからさらに上がっていくのが規定路線。

 人の多いところだとマシンが処理落ちして動けません、では正直困ってしまうのである。


「でも、パソコンって高いんですよね? ゲームを始める時もけっこう使ったし、お小遣いが……」

「そういう時のためのお給料じゃない」

「あ、そっか」


 公式化してお仕事が始まったら少なくない額のお金が入ってくる。それこそパソコンが買えてしまいそうな額だ。スパチャの分はそれとは別に支給されるので、一回目のお給料くらいは必要経費と考えてもまったく問題はない。

 春もこれに頷いて、


「仕事道具をお給料から買え、というのも少々心苦しいところはあるのですが、お渡しする金額は現状で出せるギリギリに設定しております」


 マシンの支給まではちょっと苦しいということだ。


「どうしても厳しいということであれば私がスパチャをしてミーナさんに貢ぎましょうか。100万円もあれば高級マシンが買えるでしょう」

「……あの、それは実績の水増しでは……?」


 経費で落とすつもりだとしたらブラックだし、春がプライベートのお金から出すのは何かおかしい。


「マネージャー、なら素直にお姉さまへプレゼントすればいいじゃない」

「はっ。なるほどその手が……! 幸い私はリアルのミーナさんとも顔見知りですし、ミーナさん? お友達ということでプレゼント送付に住所を利用してもよろしいでしょうか?」

「ぜんげんてっかーい。お姉さま? プレゼントならエリーちゃんがしますから住所♡ 教えてください♡」

「ストップ! そこまでしてもらわなくても大丈夫だから!」


 春には十分すぎる恩があるし、年下の女の子にパソコンを貢いでもらうのは何かがおかしい。

 お年玉貯金はまだけっこう残っているので収入の予定があるのであればいったん使ってしまっても特に問題はないのだ。


「いいじゃない。お菓子とかプチプラのコスメくらいなら『欲しいものリスト』公開しとけばばんばん届くわよ」

「まるっきり一昔前のAtuberですね……?」


 トークと動画配信をメインとしていた彼ら・彼女らの中にはアイドル的な人気を誇り、高額を貢がれていた者もいたという。

 年長者の春は「凄い世界でした」としみじみ語った。


「私も当時はまだ子供でしたので詳しくはありませんでしたし、調べたのは後になってからですが……トップ層は本当に凄い人気でした」

「ふうん、たとえばー?」

「インパクトのあるところですと、架空の神様の祭壇を作ると宣言し、実際に作ってしまったAtuberがいます」

「やけに気合いの入ったアホね」


 話は逸れたが、お金の心配はないということである。

 ミーナは笑顔で頷いてみんなに答えた。


「とりあえず、どんなパソコンがいいか調べてみるねっ」

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