【小エピソード集】飛べるようになったりしたらパンツが見え──綺麗だと思わない?

【兄、相談される】



「お兄ちゃん、おススメのパソコンってある?」

「今は時期が悪い」


 明日行ってもいい? というメッセージから宣言通りやってきた高校生(兼ネットアイドル)の妹。

 挨拶もそこそこに(勝手に部屋を掃除しながら)尋ねてきた彼女へ、彼は反射的に答えていた。


「え? パソコンにも旬とかあるの?」

「あ、いや、こっちの話だ。一般人は気にせず欲しい時に買えばいい」

「……よくわからないけど、わたし、いちおう芸能人ってことになったりしない?」

「そういう意味の一般人でもないから安心しろ」


 そうか、デビューした以上はある意味、芸能人なのか。

 顔出ししていない以上、本人が人に囲まれたりするわけではないものの……妹がアイドルというのはなかなか気分が良い。

 友人に自慢したい。

 ただ、そうするとほぼ確実に「紹介してくれ」と言われる。そして、何かの間違いで交際がスタートしたりした日には友人とのヒエラルキーが逆転してしまう。

 「アイドルの兄」と「アイドルの彼氏」では後者の方が強い。何しろ兄では胸も揉めない。妹は前に「揉んでもいいよ」と言ってくれたが。


「ってもな……パソコンのおススメってめちゃくちゃ難しいんだよなあ」

「そうなの? お兄ちゃんゲーム大好きなんだから詳しいと思ったんだけど」

「じゃあ『お前、小さい頃に魔法少女アニメよく見てただろ? 今見るならどれがおススメ?』って言われてすぐ答えられるか?」

「そんなの無理だよ。最近のはわたし見てないもん」

「それと似たようなもんだ」


 自作が趣味とかそういうレベルの人間でない限り、たいていの人間が「欲しくなった時に調べて買う」。家電と同じで次々新型が出るのだから自分がアンテナを張っていない時期のマシンなど詳しいわけがない。

 もちろん一般論や経験則で良ければ妹の友人よりは教えられるが。


「新しいマシンは何に使うんだ? 仕事用か?」

「うん。その、ライブの途中にかくってなっちゃって……もっと性能がいいやつを買いなさいって」

「なるほどな。まあ、そろそろあいつは買い替え時だろ」


 元気に動いていたと思ったら突然何の反応も示さなくなったりするのがPCというやつだ。

 対策する気のある奴は定期的に外部にバックアップを取ったりするが、この妹にそこまでさせるのはちょっと難しい。壊れないうちに買い替えておいた方がいいだろう。

 『UEO』以外の用途は調べものをしたり動画を見たりする程度らしいのでそのへんを考慮するとして、


「じゃあ、グラボはそこまでこだわらなくていいな」


 専用ヘッドギアにはフルダイブ演出を助けるための機能──つまり補助用のグラフィックボード的なものが含まれている。ゲーム以外に凝ったことをする気がないなら本体側に高いのを積んでもオーバースペックである。

 すると妹はこてんと首を傾げて、


「どうせ買うなら良いやつの方がよくない?」

「こだわる箇所が増えるほど値段が上がるぞ?」

「この際、お金には糸目を付けないよ……!」


 ぎゅっと拳を握りながら言ってくるのを見て「じゃあ百万くらいするのを買うか」と言いたくなったが、さすがに我慢する。

 下手におだてるとこいつは本当に買いかねない。


「まあ、そう言うならグラボも考慮するか。あるに越したことはないしな。で、ストレージはでかい方が良い。処理能力は当然必須だろ」

「あ、できたら可愛いのがいいんだけど」

「それは諦めろ。見た目のデザインが良いやつはだいたい大したスペックじゃないのに高い」

「えー」


 えー、と言われても駄目だ。外装のバリエーションを出すということはそれだけコストがかかるということ。その分の金を性能に回してくれた方がいいに決まっている。


「……いや、オーダーメイドのを買うって手はあるか」


 もちろんそれはそれで手間賃がかかるのだが、下手にメーカー製の品を買うよりお得な場合もある。


「昔は海外製のPCがけっこう良かったらしいけど、今は海外も日本製のパーツ使って組んでるしな」

「そうなの?」

「しばらく前に日本で技術革新があったんだよ」


 なんでもヤバい性能のAIの開発に成功したとかしないとか。そのAIの助けを借りることによって科学技術全般が一気に進化。特にIT関連は他国を一気に抜き去ってトップに立った。フルダイブ技術やその粋を集めた『UEO』が最たる例である。

 現在もそのアドバンテージは失われておらず、分業型AI『シュヴァルツ・シスターズ』の活躍などによって日本の地位はとても高くなっている。


「ああ、そういやオーダーメイドPCも『シスターズ』関係のストアがあったな」

「あれ? それって前にわたしの記事書いてくれた人?」

「人っていうかAI。それの姉妹だな。記事書いたのはライター担当だから」


 AIが関わるとだいたい安くて早くて質が良い。

 むしろ最初からそこに頼めば良かったのでは……いやいや、頼まれる方としてもある程度の方針ができていないと困ってしまう。だから彼が相談されたことには意味があったに違いない。妹に頼られるというのは兄として気分が良いし。


「注文はネットでもできるから後でURL送っとく」

「え、じゃあ今欲しい。お兄ちゃんと一緒に注文した方が確実だもん」

「今ここで注文まで済ませるのかよ……!?」


 本当にこの妹は一度決めたら即行動する。この思い切りの良さが成功の秘訣なのだろうか。

 ならばここは彼も見習って、


「なあ、美奈。注文手伝ってやるからお礼に誰か可愛い子紹介してくれ」

「え、やだ」


 あっさり失敗した。





【新しいマシン】



「ご注文の品をお届けに参りました」

「ありがとうございますっ」


 兄に手伝ってもらって注文した新しいPCは約二週間後に家へやってきた。

 取り付けまで込みのプランにしたので業者の人がそのまま使える状態にしてくれる。部屋に入られるのはちょっと恥ずかしいけれど、兄と違って見られて困るものが散乱していたりはしない。


「わあ、可愛い……!」


 設置されたPCを見て美奈は思わず歓声を上げた。

 白くて丸みのあるボディ。今度のはモニター非一体型のデスクトップマシンだ。インテリアとしても映えそうなデザインでテンションが上がる。

 やっぱり女の子としては部屋に置く物は可愛いのがいい。

 初期設定やデータ移行などはそこまで時間もかからずに終了。業者の人は簡単な使い方の説明の後、「何か不具合などがあればお早めに知らせ下さい」と言って家を後にしていった。


「凄いの買ったなあ。俺が欲しいくらいだ」


 お休みの日なので家にいた父が感動したように言う。実際、彼が羨ましがるくらいには良いスペックである。

 処理能力は今まで使っていたノートパソコンとは段違い。ディスプレイは「映画見るなら中で見るし」とそこまで高いものではないが、それでも一体型のモニターよりはずっと綺麗だ。

 さらにタブレット型のサブモニター兼サブマシンが付いており、ちょっとしたデュアルディスプレイが可能な他、これだけを持ち歩いて出先からリモート操作も可能。


『これなら大学入っても使えるだろ』


 今はパソコンを持ち歩く必要はないものの、進学したらそういう機会も出てくる。そういう時にこのタブレットが活躍するというわけだ。何年も使えるように良いマシンを買ったし、是非頑張って欲しいものである。


「じゃあ、さっそく使ってみようかな……っ♡」


 美奈はわくわくしながらヘッドギアを被り「ダイブ・スタート」のボイスコマンドを入力した。





 ログインすると、そこはいつものリビング。

 思い思いに作業していたメンバーが「お」といった感じでこちらを振り返る。

 今日届くというのは言ってあったのでみんな気にしていたのだろう。


「おはようミーナ。どう? 終わったの?」

「うんっ。すごいね、これ。ラファエラの顔が今までより美人に見えるっ」

「へえ? ……まあ、あたしの顔なんて大したものでもないでしょうけど、悪い気はしないわね」


 言いつつも嬉しいのか、らしくもなく髪をかき上げてみたりする眼鏡の金髪少女。

 すると紅の髪の妹分が駆け寄って来て「お姉さまっ。あたしはどうですかっ?」と声を弾ませた。

 ミーナは彼女を優しく抱き留めながら、


「エリーゼちゃんも可愛くなったよ。それに、なんだか感触がリアルになったような……?」

「本当ですかっ? もっと触っていいんですよ、お好きなだけ……♡」

「いいの? それじゃあっ」


 せっかくなので髪の毛を指で梳かせてもらったり、頬をつんつんさせてもらったり、うなじを指でなぞらせてもらったりした。

 最後のではエリーゼが「ひゃん」と可愛い声を上げてくれる。ラファエラがジト目になって「なにいちゃついてるのよ」と文句を言ってきた。


「ラファエラにもやってあげようか?」

「あたしはいいからあっちの子達も見てあげなさい」

「うんっ。リリちゃんも春さんもやっぱり綺麗……♡ 今からでもアイドルになりませんかっ?」

「……え、遠慮しておきます」

「私はミーナさんたちの晴れ姿を見ているだけで満足ですので。ですが、容姿を褒められるのは悪くない気分ですね」


 他のギルドメンバーもそれぞれ可愛くなっている。正確には細かい描画ができるようになったことで綺麗に見えているということなのだが、ミーナ的には似たようなものである。

 軽くステップを踏んでみるとなんだか身体が軽くなった気がする。


「うん、これならもっと頑張れそう」

「おめでとうございます。私たちもより一層プロデュースに力を入れて参りますね」

「はいっ♡」


 春と見つめ合い、頷きあう。

 パソコンを待っている間にスパチャや課金アイテムも開始され、ライブで処理落ちすることもしばしば。新しいのが待ち遠しいくらいだった。

 あまり固まっているとお客さんの楽しませられないし、こっちとしても気分が乗れないのでなんとかなって良かった。


「せっかくだし、新しいことにも挑戦したいなあ。そうだ、魔法とかどうかな?」

「魔法ですか? ……ちなみに、どんな魔法を?」

「飛べるようになったりしたらパンツが見え──綺麗だと思わない、リリちゃん?」

「でしたら背中に羽の飾りをつけても映えそうですね……♡」


 うっとりするリリを見るとミーナまで幸せな気分になる。

 専属の衣装担当である彼女もまたミーナにとってはパートナーだ。振付や選曲を担当する春も、実際にステージで隣り合うエリーゼも、宣伝に欠かせないラファエラも、足りない部分を埋めてくれる元親衛隊もみんなギルドになくてはならないメンバーだ。

 これからさらに頑張っていこう。

 ミーナが決意を新たにして程なく、公式アイドル化してから初めてのゲーム内イベントが開催された。

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