R18指定で済むかしら?

 ぐるる。

 若干トラウマになっている唸り声が草原に響く。

 反射的にぴくんと身を震わせた後、ミーナはそちらを素早く振り返った。


「来た、狼さん……!」


 いい体格をした一匹の飢狼。

 威嚇するようにこちらを睨みつける彼(?)を前に舞踏剣を握り直し、ステップを開始。

 戦舞踏スキルが発動してステータスに補正がかかる。


「今日は逃げないよ。かかってきなさい!」


 狼さんが若干意外そうな顔をした──というのはミーナの妄想かもしれないが。

 直後、彼は勢いよく飛びかかってきた。以前はどうすることもできずに押し倒されて噛み噛みされた。それからは幾度となく逃げ回ってきた相手。

 けれど。

 今はその動きを目で追える。成長した運動能力を使い余裕をもってかわし、短剣を閃かせる。

 さくっさくっ、さくっ……ぎゃおーん! ばたり。


「え。あれ……?」


 三発であっさり倒れた。

 入ってくるドロップアイテムを見てミーナは呆然としてしまう。

 自分がどのくらい強くなったのか試すためにデスペナ覚悟で挑んだというのに、ノーダメージで完勝してしまった。

 魔法ダメージを与えるうえに深く切り裂けるエリーゼの剣と違い、さすがに一撃とはいかなかったが。


「わたし、強くなったんだ……!」


 目をきらきらさせたミーナはギルドハウスに帰ってみんなに報告した。


「あのミーナがアレを一人でね……思えば遠くに来ちゃったわ」

「ミーナさん、毛皮はドロップしましたか……!?」

「さすがお姉さま♡ 今度エリーちゃんと狩りに行きましょうね♡」

「残念だけどドロップはあんまり良くなかったよ。でも、そろそろわたしも狩りで役に立てるんじゃないかな?」


 これだけ強くなれば前衛として頑張れる気がする。敵の注意を惹きつけながら避け続けるタイプを避け壁というんだったか。

 すると元親衛隊の面々や春が微妙な顔をして、


「ミーナさんは火力担当で良いかと」

「一度ミスをしただけで倒れてしまうのは癒し手としても不安すぎます」

「わたし、そんな扱い!?」


 全ては戦舞踏が特殊過ぎるのがいけない。

 防具が軽くないと動きが鈍るし、両手に武器を持つので盾も持てない。魅力特化なぶん、舞踏剣を持てば攻撃力だけは出るものの集団戦には相変わらず向いていない。

 耐久力にはポイントを振っていないのでHPも低い。

 普通の狩りでバリアジュエルに頼っていたら当然ながら赤字である。

 リリがこれに「うーん」と声を上げて、


「……武器を変えてみるのはどうでしょう。防御に向いた武器がたしかあったはずです」

「ああ。シールド・バトンとかバトル・ファンとかね」


 それぞれ「持ち手付きの小さな盾(兼鈍器)」と「戦闘用の丈夫な鉄扇」らしい。

 調べてみるとこれはこれで格好いい。扇なんか見た目からして踊っている感が満載だ。


「ちょっと面白そう。でも、また練習し直しなんだよね?」

「武器のスキルは鍛え直しですが、戦舞踏スキルは流用できますから完全に一から……ということにはならないかと」

「お姉さま、武器を買うなら早い方がいいですよ」

「え? どうして、エリーちゃん?」

「あんたの影響で戦舞踏練習する奴が増えてるからよ」


 そのため、踊りながら振るえる武器が価格高騰し始めている。もちろんNPCが販売している一般武器なら定価で買えるが、強い武器が欲しいならレアアイテムやプレイヤーメイドが必須だ。

 スペックとしては一線級の装備と言っていい舞踏剣をミーナたちが手に入れられたのは「人気がないから」という一点も大きく影響していた。

 だというのに、一躍注目のスキル・装備に。


「まあ、ほとんどの人はすぐに諦めて投げ出しちゃうみたいですけどぉ」

「リアルでもギターや登山道具等を死蔵している方は多いでしょうね……」


 せっかく買ったのに使わないなんてもったいない。

 とはいえゲーム内なら中古とかあまり関係なく売れるのでまだマシだ。ただ、頻繁に売り買いがあるので値が安定していないのだとか。

 まさかそんなことになっているとは思わなかったミーナは「うーん」と悩んだ。


「じゃあ、とりあえず普通に買えるやつで練習してみようかな」






 というわけで店売り最強の品を買ってきてみた。

 絵やリリ製グッズの売り上げ、ライブを見た人からの寄付は材料費を差し引いた後、メンバー(+ギルド金庫)で山分けしている。前よりは収入が増えたのでこれくらいの出費なら大丈夫だ。

 専用のレッスン室を使えば周りにも迷惑がかからない。

 指導役の春と「せっかくだから」と見に来たラファエラ、リリ、エリーゼの見守る中、まずはバトンを手にしてみて、


「わっ、やっぱり違うね」


 短剣は直線的なフォルムだが、バトンは腕に沿うような形をしている。照明を反射する刃も存在しないので魅せ方は自然と変わってくる。

 戦闘に用いるとなったら猶更だ。踊りながら刃を滑らせるように運用していたのと同じ要領ではダメージにならない。意識的に敵へ叩きつける必要があるだろう。


「でも、刃物より気は楽かも」


 どんな武器でも相手のHPが減るだけ、とわかっていてもなんとなく怖いものである。

 エリーゼとの決闘とか正直申し訳ない気持ちも強かった。


「盾の役割も持っている武器ですので防御力も多少上がります」

「ガードすれば魔法攻撃も少しはマシになりますよ、お姉さま」

「あ、それいい」


 いざという時に「避ける」以外に「ガードする」選択が増えるのは大きい。短剣だと相手の武器に上手く当てて逸らさないといけないのでかなり難しいのだ。


「ミーナ。その武器を使ってる時は蹴り技って選択肢もあるみたいだよ」

「え、これで殴るんじゃないの?」

「主に盾として用いつつ、攻撃の選択肢を増やして相手を翻弄するスタイルらしいです……」


 おすすめは後ろ回し蹴りらしい。蹴る時に一度後ろを見せるのでフェイント効果が高いのだとか。

 踊りながら蹴りを入れてさらに踊り続けるのはなかなか難易度が高そうだが、


「合法的に下着見せられるってこと……!?♡」

「普通はスカート穿かないかインナーを重ね穿きすんのよ」

「そんなの損した気分だよ! ……あ、でもショートパンツっていうのはアリかも?」

「お姉さまの生足……♡ しかも蹴られるなんて羨ましいです」


 バトル・ファンの方はまた特殊な使い心地だ。

 金属製の扇は広げた状態だと先端が刃物のように機能する。短剣ほどの威力は出ないにせよ鎧を着けていない部分などを狙えばそれなりのダメージが期待できそうだ。

 閉じた状態だと力が入りやすくなり丈夫さも増すので防御に向いている。

 扇という形状も踊り向きだ。アイドル的なダンスではなく日舞などの「舞い」に近い動きとは特に相性がいい。閉じたり開いたりすることで魅せ方の種類も多く、ステージの上ではかなり有効なアイテムかもしれない。

 問題は、


「これ、踊りながら開いたり閉じたりするのすっごく大変」

「テンポの速いダンスにはあまり向かないかもしれませんね。ですが、緩やかな舞いもまた良いものですよ」

「春さん、日本舞踊もできたりしますか?」

「齧った程度ですが、基礎の基礎程度であればお教えできるかと」

「じゃあ、是非お願いしますっ」


 これも暇を見て練習してみることにした。メインは短剣でいいとして、小道具の種類が多くなればダンスのレパートリーが広がる。


「アイドルもいいけど、芸者さんとかもちょっと憧れるよね」

「わからなくはないけど、あんたが金持ちのおっさんを接待するとか洒落にならないから気を付けなさいよ」

「お姉さまをいやらしい目で見るおじさんには天罰が下ればいいと思います!」


 ラファエラもエリーゼも芸者さんをなんだと思っているのか。まあ、しっかりお化粧をして着物で着飾った女性たちはいかにも「大人」っていう感じがしてえっちだとはミーナも思うのだけれど。みんな誇りをもってやっている立派な職業である。

 それに、そういうことを言うならアイドルだって……以下略。


「日舞かあ。初心者向けの教室とかないかなあ」

「リアルで習いに行くのはなかなかハードルが高いかもしれませんね。よろしければ伝手を使って紹介いたしましょうか?」

「本当ですか? うう、ちょっと悩んじゃうかも」


 日舞の話をしていたら着物もいいなあと思い始めた。


「リリちゃん。こっちでも着物って作れるの?」

「デザイン自体は可能です。生地や色味は選ばないといけませんし、和裁は私も勉強不足ですが……。着物風ドレスとかなら比較的簡単に作れるかと」

「良いですね。そういった衣装があると和風の曲とも合わせやすくなります」

「あ、エリーちゃんも和風ミニスカとか着てみたい! あれ可愛いよねっ」

「ミーナが着物はだけた姿とか描いてみたいわね。……R18指定で済むかしら?」


 いったん考え始めるとアイデアはさらにいろいろ湧いてくる。

 踊りながら使える武器というと他にもある。しゃらしゃら鳴る飾りを付けたリング状や打楽器状の鈍器なんてステージの上でも映えるし、熟練が必要ではあるものの鞭なんかも優秀だ。


「鞭かあ。それだと衣装は何になるんだろう。アラビア風とか? それともボンデージ?」

「ボンデージは止めなさい。完全に趣旨変わっちゃうでしょ」

「ミーナさん。鞭のデザインをリボンにすることもできますよ」


 ひらひらと翻りながら敵を襲うリボン。可愛い上に格好いい。


「それも使ってみたいなあ。リリちゃん、武器も作れるようになったりしない?」

「……できたらいいなとは思いますが、時間がいくらあっても足りません」


 やっぱりギルド専属の職人を増やすべきだろうか。武器職人とか料理人なんかはいてくれるととても助かる。


「グッズとしてお菓子などを販売できると幅が広がりますね。……やはり、ライブハウスと言えばワンドリンク制ですし」

「マネージャー、そういうところに凝るの好きだよねー。エリーちゃんも美味しいお菓子が食べられるならだいかんげーだけど」


 ちなみに現在ギルドで最も料理スキルが高いのは元親衛隊の一人である。ただ、基本的に狩り用のキャラクターなので本職とは言えない。それでもときどきメンバーに料理やお菓子を振る舞って楽しませてくれている。


「職人じゃないけど楽器使えたり作曲できる奴も欲しくない? さすがに春もそっちは本職じゃないでしょう?」

「そうですね……。アイドル時代は作詞をさせられたりしましたが、忙しい中、合間を縫って勉強したので……今の自分が見て百点を付けられる出来ではありませんでした」


 公式アイドル化の発表は間近に迫っている。公式化して以降は会社側が楽曲を提供してくれたりするらしいので、いなければいないでもいいのだが、どうせなら仲間に欲しいという思いもある。


「だいだいてきにメンバー募集とかしてみるー?」

「……その、それはちょっと怖いです……」

「別に無理して募集しなくていいんじゃない? これだけ有名になれば向こうの方から募集してくるでしょ」


 実際、その後ラファエラの言う通りになったのだが、それはまた別の話。

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