【番外編】ピンクの子とか胸でかすぎだろ
大学生活は高校時代に憧れていたほど華やかなものではなかった。
授業とレポート、バイトの繰り返し。出会いに憧れてテニスサークルなんぞに入ったところ意外と真面目な団体で普通に汗を流してしまっている。
自由な時間は多くなったし気楽ではあるのだか、もう少し何か刺激がないものか。
「お」
大学一年目の夏が過ぎ、九月も終わりを迎えようとしていたある日。
ぼんやりと希望を抱きながら構内を歩いていると、学食内に見知った顔が座っているのを見かけた。
せっかくだし声をかけてみるか。
軽食を注文し、トレイを手に歩み寄る。友人はなにやら熱心にスマホを眺めている。なんの気なしに覗きこんで、
「なんだそれ、なんかのアニメ?」
「うおっ!? いきなり話しかけるなよ、びっくりするだろ!?」
「いや、気配消したつもりもなかったんだが」
集中しすぎなんじゃないのか。
若干恨みがましい視線を送ってくる友人だが、隣に座られたことには特に文句を言ってこない。なんだかんだ暇していたのだろう。
「で、なにそれ?」
「アニメじゃねえよ。『UEO』で活動してるアイドルのページ」
「ああ、お前がやってるあのゲームか」
『Unlimited Experience Online』。
国産初にして世界初のフルダイブ型MMOを謡う今話題のタイトル。この友人はゲームやアニメ、ラノベの類を好んでいるため、このゲームにもすぐに食いついた。
かくいうこちらもそんな友人と親しくしているだけあってそういうのは嫌いではないが、そこそこ高性能なPCの他に専用機器+ゲームパッケージで五万近く飛んでいくのはさすがに厳しい。金が無い、という理由から「一緒にやろうぜ」という誘いはパスしていた。
「アイドルまでいるのか。っていうかさすがに画像綺麗だな」
「そりゃあな。3D映像っていうよりは実写だし」
三次元的に構築した映像をそのまま流しているのではなく、構築した世界の中から写真を撮っている……とでも言った方がいい仕組み。
ゲーム自体がハイクラスな映像美を誇っている以上、平面にしてもなかなか悪くない。
いわゆる不気味の谷というやつも上手く二次元的な表現を加えることで二次元と三次元のいいとこ取りをしている。
「しかしお前、高いゲームやってると思ったら今度はアイドルにハマったのかよ」
「馬鹿にするけどな。『UEO』の中でアイドル追っかけるのはなかなか意味があるんだぞ」
「へえ、例えば?」
「毎日のようにライブやってる。そしてそのライブに参加できる」
「ほう」
アイドルと言えばライブである。
会場に行って生で味わう歌声、会場の一体感は格別だろう。昔、兄がなんとかっていうアイドルユニットにドハマりしていてよく話を聞かされたのでその気持ちはわかる。
ただ、チケットを取って早起きして足を運べる機会なんてそう多くはない。せいぜいライブ映像を見るくらいで、後はサブスクで曲を聴いたりテレビやラジオに出ているのを追っかけたり、グッズを集めるのがメインだ。
「そうか、ゲームの中だから家から出ないでライブに行けるのか」
「そう。回数も多いから見られる可能性も高い。まあ、最近は倍率上がってきて入れない事も多くなってきたけどな……」
それはそれで、元がネットゲームなので配信系は充実している。
「配信で見るならリアルのアイドルと変わんなくね?」
「これを見てもそう言えるか?」
「動画? 別にそんなのアニメとかと変わらな──凄いなこれ」
軽口は途中で止まった。
流されたのは友人お気に入りのアイドル、二人組のユニットによるライブ映像だ。ユニットの所属ギルドが公式的に撮ったものらしく画質やアングル、編集も良い。
何より驚いたのはその迫力と美しさだ。
リアルのアイドルは生身の人間だ。可愛くて歌が上手くてダンスも得意で胸が大きい、なんていう子はなかなかいない。その点、ゲーム内のアイドルはステータスによって容姿や声に、スキルによって歌やダンスに補正が加わるため見栄えがする。
そんなアイドルがアスリートばりのフィジカルでステージ上を巡っている。
「だろ? リアルはリアルで良いところがあるけど、これは別物だ」
ユニットは女の子二人組、しかも二人の特徴は正反対と言ってもいい。
一人はピンク色の髪と瞳をした高校生くらいの女の子。
驚くほどの美少女ながら冷たい印象はなく、むしろ愛らしさを感じる容姿。胸と尻は太って見えないギリギリまで大きく、それでいて腰は細い。
露出が大きさと裏腹に清楚なデザインの衣装を纏い、両手には装飾付きの短剣。ひらひらした衣装を上手く靡かせながら可愛らしくも優雅に剣舞を披露する。
もう一人は紅の髪と瞳を持つ中学生くらいの女の子。
顔立ちはややキツめな正統派美人。それでいて全体的に小柄なのでマスコットや妹的な可愛らしさがあり、衣装もそれを引き立てるように体にぴったりとしたレオタード系+フリルやスカートを盛ったキュート感マシマシのそれに仕上がっている。
こちらは某宇宙時代劇の如く光る剣を振るってみたり、ファンタジーヒロインのように火の球を操りながら歌って踊る。
二人がセンターを入れ替えたり、左右に分かれたりしながら大きく歌声を響かせる様には「リアルでやったらいくらかかるんだよこれ」という感想を抱かざるをえない。
「確かにこれは別物だわ。ピンクの子とか胸でかすぎだろ」
リアルならグラビア系とか声優とかに行くはずだ。
その巨乳がダンスに応じてこれでもかと揺れる。それでいて本人が楽しそうな笑顔なのがいい。
運動のせいか頬は紅潮しているものの、下手に男へ媚びるような曲調にしたり不自然な腰振りを入れたり目配せを多用したりしていないのでいたって健全。エロ目的でなくとも普通に楽しめる……というか、普通に楽しんでいるうちにその魅力に惹き込まれる。
すると友人は得意そうに胸を張った。
「だろう? やっぱりミーナだよな」
「なんでお前が威張るんだよ。……まあ、この子っていかにもオタクが好きそうだもんな」
「お前だって褒めただろうが」
「褒めたけど、俺はどっちかというとこっちの子の方が好きだ」
ピンクの方ミーナは明らかにリア充だ。彼氏くらい普通にいるだろうし、何股もかけている清楚ビッチだとしても驚かない。あざと可愛すぎて自分と恋人になる妄想もできない。
その点、紅い方、エリーゼというらしい少女はミーナに比べると攻撃的な感じがあったり背が低くて貧乳だったりとわかりやすいギャップポイントがあるのが良い。
そこも女の子的な可愛さに繋がっているので一概に低スペックとは言えないものの、エリーゼから罵倒されたり犬として飼われたりするイメージならミーナと付き合うイメージよりも簡単に湧く。
「単にお前がロリコンなだけだろ。いかにもオタクが好きそうだよな、小っちゃくて可愛くて、適度に毒舌なキャラ」
「なんだと」
「なんだよ」
ジト目で言ってきた友人とにらみ合い、そこから五分くらいかけて互いの好みについて力説しあってから、
「止めよう」
「そうだな。不毛だ」
ため息をついて話を切り上げた。
その上で彼に言える事は一つだけである。
「とりあえずその子達のSNSアカウントを教えろ」
「ハマったな」
「うるさい。これからハマるんだよ」
ゲーム外のページ──SNSの投稿などならゲームをプレイしていなくても楽しめる。それを眺めているだけでもしばらくは娯楽に困らなさそうだ。
「ついでに『UEO』もプレイしようぜ」
「いや、アイドル追っかけるためだけに五万は高いって……」
「高いか? ゲームの中でレポート書けば時間を有効に使えるぞ」
「その手があったか」
時間倍率だけなら他のフルダイブ作品でもいいと言えばいい。実際彼もフルダイブ系のコミュニケーションゲームに登録しようか迷っていたが、こちらは月額制である。『UEO』は機器とパッケージを揃えてしまえば能動的に課金しない限り無料で遊べるので長期的に見ればコスパは良い。
「……バイト代の使い道をちょっと考えてみるか。気になってはいたしな」
「やるなら早い方がいいぞ。プレイしてない間にレベル上げる手段もある」
キャラ作成時に「プレイ開始してからの時間経過で経験値を得る」設定をすればいいそうだ。
何を隠そう、この方法を広めたのがアイドルの一人エリーゼ・マイセルフらしい。
そして、βテスト時代からレベルランキング一位をひた走り続けていたそのエリーゼをガチバトルで下したのが初心者から急成長してきたもう一人、ミーナなのだとか。
なんでアイドルがガチバトルでトップ争いをしているのか。
「え、この二人ってただのプレイヤーだよな? 運営の回し者じゃないよな?」
「……少なくとも理論的にありえない成長とかはしてないぞ。最近は運営の公式アカウントがいいね付けてるけど」
「ほとんど公認じゃねえか。だったらすぐ消えるって事はないか……」
金を使う価値が少し上がった。話をしたついでにwikiを検索して戦闘システムなんかを確認してみる。
「ひらひら避けるのは疲れそうだよな……。やるなら槍かな。STRそこそこ上げて鎧着こんで後は防御力に回せば棒立ちでもそこそこ戦えるだろ」
ゲームは好きなのでだいたいのイメージはできる。ぶつぶつ呟きながらキャラ設計をしていたら友人にぽん、と肩を叩かれた。
「ようこそ」
「わかったよ、やるよ! やればいいんだろ!?」
いい笑顔で歓迎された。まんまと乗せられた自分も自分だが、これが五万の出費が確定である。
「こうなったらライブも行って元を取ってやるからな」
「おう。高速レベルアップには課金アイテムがおススメだぞ」
「これ以上金を使ったら財布が死ぬだろうが」
しかし、彼がゲームを始めて一週間も経たないうちに公式からミーナとエリーゼのユニットが公式アイドルになることが発表された。
同時に「一定時間獲得経験値アップ」などの消費アイテムが特別イラスト版で登場。通常の物よりも割高だが、購入すると専用チケットが付いてくる。このチケットを一定数集めるとファングッズと交換できるという。
登録したその日に友人と一緒にライブを見に行き沼に嵌まっていた彼は友人を恨むと共に心から感謝した。
「……ライブでスパチャしてもチケットは付いてくるんだな」
次の月からバイト代がかなりの割合で消えていくことになったのは言うまでもない。
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