あぁ……♡ お姉さまいい匂い♡
「あたし、一晩考えたんです。どうしたらいいのかって」
「それでどうして『お姉さま』になるのよ」
「……ラファエラさん、話が纏まりそうなんですから……」
ギルドハウスのリビングにて。
ミーナの膝の上に乗った(※本人の希望)エリーゼはしゅんと肩を落としながら語った。
「きっと、あたしが間違ってたんだと思います。お姉さまの言う通り、いつの間にか『ゲームが楽しい』んじゃなくて『一番になるのが楽しい』になってた。それをお姉さまが気づかせてくれました」
「エリーゼちゃん……」
「だから、お姉さまとユニットを組みたいって思ったんです♡」
「エリーゼちゃん……!?」
因縁をつけられるよりはマシだが、これはこれでなかなかのトラブルである。
紅髪の少女はミーナの困惑をよそに身体の向きを変えると、ぎゅっ、と抱きついてきて、
「だめですか、お姉さま? あたし、お姉さまと一緒なら楽しくアイドルできると思うんです」
「え、ええっと……駄目じゃないけど」
「待ちなさいミーナ。普通に考えたらこれ、乗っ取り工作よ」
「あんたさっきからうるさい。あたしが仲良くなりたいのはお姉さまだけなんだから黙っててくれない?」
「オッケー、一発殴らせなさい」
「ラファエラさん、だから落ち着いてください……!」
必死にしがみついてラファエラを抑えるリリ。
眼鏡の画家もとりあえず止まってくれているので大丈夫として、ミーナは「どうしましょう?」と春を振り返った。
いつも通りスーツを着込んだ彼女は「……そうですね」と思案して、
「エリーゼさんが反省をなんらかの形ではっきりと表すのであれば良いと思います。……例えば、昨日の負けを公に清算する、などですね」
「もちろん、お姉さまのお願いは聞きます。みんなに『ごめんなさい』すればいいんですよね?」
「うん。ちゃんと謝ればきっとみんな許してくれるよ」
少女は「わかりました」と頷いた。この際だから、と春やラファエラが状況をセッティングしていく。ライブ配信+アーカイブに保存してSNSにアップすることで「あれ? そんなことあったっけ? エリーちゃん知らなーい」となるのを防ぐことになった。
撮影はライブハウスで行うことに。三十分前に告知をして来場者も募る。ちょっとした謝罪会見である。
「今まで本当にごめんなさい。みんなにひどいこと言い過ぎてました。これからは心を入れ替えて頑張ります」
──メスガキ止めちゃうってこと?
「ううん。これからはもっと優しいメスガキを目指すの! 苦手な人はお姉さまのファンになってくれればいいと思う」
──お姉さまって誰?
「ミーナお姉さま。今、お姉さまとユニットを組ませてくださいってお願いしてるの」
──ミーナちゃんとエリーゼちゃんのユニット!?
「うん。もし実現したらみんな嬉しい?」
──嬉しいー!!
「えへへ、そっかぁ♡ じゃあ、お姉さまにいっぱいお願いしてみるねっ♡」
内容はこんな感じだ。
意外とみんなあっさり許してくれた。ゲームの中で自由に振る舞っていただけではあるし、絶対許さない勢は「顔も見たくない」と会見に来なかっただけかもしれないけれど。
「どうやらエリーゼさんは自分を負かしたミーナさんを神格化することで心の安定を図ったようですね。凄い人に負けたのなら仕方ない、と言い聞かせることでダメージを軽減したのです」
「そう聞くとちょっとアレね。ま、懐いてくれたならそれはそれでいいけど」
会見の後、一般のお客さんには帰ってもらったものの、そのまま帰せない人たちもいた。
「エリーゼ様」
「……親衛隊」
エリーゼ親衛隊の面々である。
用事で来られなかった人がいる、というだけにしては数が少ない。
「みんなにも我が儘言ってごめんね。これからは自由にしてくれていいから」
「そんな……! 俺達はエリーゼ様について行きます!」
「よかったね、エリーゼちゃん。ちゃんとわかってくれてる人もいるんだよ」
「お姉さまぁ♡」
ばっと抱きつかれた。ミーナの胸に顔を押し当ててすりすりしてくる。
「あぁ……♡ お姉さまいい匂い♡」
「ちょっ、待ってエリーゼちゃん。可愛いから抱きしめたくなっちゃう、じゃなくて人前だから!」
「……あれ、ミーナちゃんって実はめちゃくちゃ可愛くね?」
「ああ……エリーゼ様とは別の可愛さがあるよな」
「おいお前達、そんなこと言ったら死刑だぞ! 掟を忘れたのか!?」
「いーよ。自由だって言ったでしょ? エリーちゃんも新しいこと始めるし、みんなも新しい推しを見つけなよ」
どうやら本当に心を入れ替えたようだ。
春が心から嬉しそうにうんうんと頷いて、
「ああ、美少女アイドル同士が抱きしめ合っている。挟まりたい……いえ、アイドルに挟まるマネージャーなんて万死に値しますね。見ているだけで我慢しなくては」
「……春さんってこんなに変態だったんですね?」
「私達の趣味について来れる逸材よ。変態に決まってるじゃない」
自分で言うのもどうなのだろうか。
「いかがですか、ミーナさん。エリーゼさんとユニットを組んでみては」
「春さん。いいんですか?」
「悪いはずがありません。私はエリーゼさんに心を入れ替えて欲しかった。叩きのめされてゲームを止めて欲しかったわけではないのです」
さっきの私欲の入った笑顔から一転、優しい大人の笑みを浮かべた彼女はミーナからエリーゼへと視線を移した。
「もしかしてこれ、最初から計画通りってわけ?」
「まさか。人の感情というのはままならないものです。そうなったらいいな、という希望的観測を抱いていた程度。後はミーナさんの魅力のなせる業かと」
「……わたしの」
抱きついたままのエリーゼを見下ろす。透き通った綺麗な瞳でこっちを見つめる彼女。あらためて見ても可愛い。いがみ合うよりは仲良くしたい。
「うん。わたしでよかったらお願いします、エリーゼちゃん」
「やったぁ! 今のは冗談、とかなしですよ、お姉さまっ♡」
「わ。く、くるしい。苦しいようっ」
悲鳴を上げつつも可愛い女の子に抱きつかれるのは嬉しい。
春がうんうんと頷き、ラファエラも「まあいいんじゃない?」と笑う。リリは「怖い人が増えました」とびくびくしているものの嫌だとは言わない。
「エリーゼ。うちのギルドに入るからにはヌードモデルになってもらうわよ」
「は? エリーちゃんあんたの命令になんか従いませんけど?」
「あ?」
「まあまあ二人とも。仲良くしようよ」
「あのー。それで俺らはギルドに入れてもらえるんでしょうか……?」
「は? 駄目に決まってるでしょ。うちのギルドは男子禁制よ」
親衛隊(男性八割)が「そんなー!」と悲鳴を上げたものの、ミーナとしても女子だけの気安い雰囲気を壊されたくなかったので無理に「入れてあげようよ」とは言わなかった。
◇ ◇ ◇
「でも、お姉さま強すぎじゃないですか? 作戦勝ちだとしてもあたしに勝ったんですよ?」
「ミーナのレベルと
場所を移して再びリビング。
ラファエラに言われてランキングを確認したエリーゼが可愛い悲鳴を上げた。
「魅力ランキング一位!?」
「あはは……。ついに取っちゃった」
「そりゃまあ、魅力特化なんてビルドでここまで上げる奴は他にいないでしょ。特殊経験値稼ぎまくらないと無理よ」
トップ層が団子状態だったところに昨日の対決があり、ミーナの人気が高まった。決闘によりエリーゼの経験値の一部がミーナに移動したこともあってレベルアップ。一気に上位を追い抜いた。
ちなみにレベルの方もβテスターに食い込むところまで来ている。
集団戦や範囲攻撃や魔法や状態異常に弱いものの、魅力を参照する装備を付ければ火力とスピードだけは出る。
「お姉さま、どうやってレベル上げたんですか……?」
「ミーナさんは熱烈なファンが増えるほどレベルアップが早まるんですよ」
「?」
不思議そうに首を傾げる少女に春が耳うち。意味を理解したエリーゼは顔を真っ赤にした。見た目通りの年齢ならそれはそうだろう。
と、
またしてもミーナの膝の上にいる彼女はそのまま上を見上げて、
「あたしがそういうことしたらお姉さまの経験値になるってことですか……?」
「なるけど、年齢的にいろいろアウトじゃないかなあ……?」
「なんでトッププレイヤーまでこんな変態なのよ? ミーナ、あんたが伝染したんじゃないのこれ?」
「いくらわたしが変態でも伝染ったりしないよ……!?」
こほん。
大騒ぎになりかけたところを春の小さな咳払いが収めて、
「実を申しますと、私としてはこの状況がとても好ましいのです」
「推しが二人に増えたから?」
「それもあります。残念ながら条件に設定できるのは一人だけですが……それ以外にもミーナさんに、そしてこうなった以上はエリーゼさんにもお話があります」
「?」
どこからともなく取り出された名刺が一同に差し出される。
前にももらったものと同じ──と思ったら、書かれている内容が異なる。
『株式会社〇〇芸能部門
プロデューサー 長峰小春』
思わず何秒か硬直した。
「……これ、もしかしてリアルの名刺ですか?」
「はい。驚かれるとは思いますが、実は私、リアルでもプロデューサーをしているのです」
「いや、それはなんとなく予想してたわ」
アイドルへの情熱からして「そういうこともあるかな?」とはミーナも思っていた。
リリまで「それで?」という顔をしたので春は恥ずかしそうに視線を逸らして、
「ゲームにログインしているのも実を言うと業務の一環なのです。ゲーム内で新しいアイドルを発掘せよ、というのが上からの指示でして」
素質のありそうな子を探したり声をかけて回ったりしていたらしい。
「ん? じゃあひょっとして、課金で得た資金って」
「実は本当に経費で落ちます」
羨ましい限りだった。
いや、仕事のためにゲーム内でスキルを使い続けるとかぶっちゃけ苦行ではあるのだけれど。
エリーゼがミーナの膝の上から身を乗り出して、
「じゃあ、もしかしてあたしたちに話って」
「はい。我が社では『UEO』の運営元と連携を取ってアイドルプロジェクトを進めております。もちろんまだオフレコですが……ゲームの公式アイドルとしてお二人のユニットを登録させていただければ、と」
「あたしたちが」
「公式アイドル……!?」
アイドル、と言ってもあくまでゲーム内での話だ。
生身の姿で歌ったり踊ったりする必要はなく、ゲーム内イベントで司会をしたりパフォーマンスをしたりといったことが主な仕事になる。
「ゆくゆくはリアルイベントにも『ゲーム内からの中継』といった形で出演していただくかもしれませんが、いかがでしょう? もちろん、受けていただけるのであれば正式な契約ということになりますので、お給料が発生いたします」
「ねえリリ。ゲームで遊びながらお金がもらえるって聞こえたんだけど?」
「はい、ラファエラさん。私にもそう聞こえました……」
仕事が限定される分だけ給料はさほど高くないらしいが、それでもプライベートにアルバイトをがっつり入れるより稼げる。
在宅のバイトとしては破格である。
これにエリーゼは目を輝かせた。彼女からしてみれば最強アイドルから転落して気持ちを入れ替えた途端に最高の話がやってきたことになる。
「やりますっ! やりますね、お姉さまっ?」
「うーん。どうしようかな」
リアルなことを考えると「お母さんに相談しないといけない」し、そういうのを抜きにしてもミーナは遊びで作ったキャラクターだ。
お仕事になってしまって好きに楽しく遊べなくなったら逆に苦痛になってしまうかもしれない。ちょっと悩みどころだと思った。
ここは少し考えさせてもらってから、
「もちろん、公式アイドルになるわけですのでゲームのテレビCMへの出演もあるかもしれません。お二人が日本中、もしかしたら世界中の方々に視られるわけですね」
「やりますっ♡」
気付いたらさっきまでの思考を吹き飛ばして元気に返事をしていた。
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