やだやだやだ! うわあああああん、いじめられたー!!

 決闘の場には前回と同じく大劇場が選ばれた。

 ただし今回のお金は半分ずつ。そして一日の猶予を設けることはなく、エリーゼが殴りこんできた一時間後には二人はステージ上で向かい合っていた。

 ミーナのライブが終わった直後だったのでお客さんのほとんどはそのままこちらに移動している。

 SNS上でも告知、拡散が行われたため観客も多い。今回はライブではなくバトル、MMOのメインプレイ層に刺さるからか前回を上回る人数が集まった。


 そんな中、エリーゼは明らかに不愉快そうに頬をひくひくさせながら、


「正気なの、おねーさん? あたしにバトルで勝とうなんて」

「もちろん本気だよ。勝ってエリーゼちゃんに『ごめんなさい』してもらうんだから」


 対するミーナは表向き冷静な態度。

 もちろん心の中では緊張してまくっている。


「ふうん。まあいいけど……」


 少女の身体が光で覆われ、フリル多めの戦装束バトルドレスと柄だけの剣が握られる。


「あんたなんかが勝てると思ったら大間違いだよっ♡」

「やってみなくちゃわからないよ……っ!」


 応えたミーナも戦闘用の衣装にチェンジ。

 複数の宝石で彩られ、柄の端にはリボンまで結ばれた一対の短剣。首下から手首・足首までをカバーする薄手の黒インナー(よく見ると花の刺繍入り)と、最低限の部位だけを隠す踊り子めいたセパレートの衣装。

 光沢のある手袋は指抜きタイプ。靴は低めのヒールが付いており、歩くたびにコツコツと音が鳴る仕様。長めの髪を纏めるヘアアクセサリーと首を飾るチョーカーも付け、顔には薄く化粧も施す。

 おお……っ!? と観客の声。


「なんかすげえぞあの衣装……!?」

「ああ。明らかにとっておきだろ。いくらするんだろうな、あれ」


 二週間にわたって服を作り続けスキルアップ&ステータスアップを果たしたリリがとっておきのアイテムを用いて作った一点ものだ。素材の市場価格だけで計算してもかなりのものだし、手間賃などを考えるともはや値がつけられない。

 短剣まではリリも作れないのでこちらは春がPC職人から買い付けてきたものだが。


「……へえ? けっこー可愛いけど、可愛いだけじゃ勝てないよ?」


 エリーゼが睨みながら牽制してきたことからもインパクトがわかる。今回は相手と同等かそれ以上の注目を集められている。


「決闘開始の合図は僭越ながら私──ミーナさんのマネージャーである春が務めさせていただきます」


 舞台下、最前線に立ったスーツ姿の春が淡々と宣言。


「勝負は一対一。決闘モードを使用し、先に相手のHPを0にした方の勝ち。敗者は勝者の願いを一つ叶えるものとします。……よろしいですか?」

「ふん。……いーよ♡ エリーちゃんが勝ったらおねーさんはアイドル活動禁止ね」

「わたしが勝ったらエリーゼちゃんは負けを認めて、雑魚とか言われて傷ついたみんなにも『ごめんなさい』してね」


 負けたら一般人に戻って露出を楽しもう、と思いながらエリーゼの要求を呑んで。

 ミーナは呼吸を整え、真っすぐに前を見据えたまま合図を待った。


「──始め!」


 両者が同時に動き出す。

 靴音を響かせながらミーナは前へ。同じく距離を詰めに来ていたエリーゼはこれに目を丸くするも、すぐに光の刃を振りかぶって、

 たんっ!

 不意のサイドステップによって刃は空を切った。


「っ。このっ!?」


 横薙ぎの二撃目もバックステップによって回避。

 まるで踊るような動作。いや、実際にミーナは「踊りながら」戦っているのだ。




「これが戦舞踏バトルダンスの運用方法。あらゆる戦闘行動にボーナスが加わるうえ、頻繁に繰り返されるステップが相手の目を翻弄します」

「見てるだけで疲れそうよね、これ。衣装がひらひらしてるから余計にややこしいわ」

「頑張って作った甲斐がありました……!」




 戦えている。

 あのエリーゼの攻撃を回避できているという実感にミーナは動きを止めないまま安堵する。連日人前で踊り、練習を繰り返してきたのは無駄ではなかった。中の人の動体視力や反射神経が鍛えられた上、スキルアップによる能力補正で敏捷性は十分なレベルに達している。


「なによこれっ!? 戦舞踏なんてまともに使ってるやつ始めて見た!」


 使い手が少ない理由は精神的に疲れる、なんか恥ずかしい、重装備ができないので防御力が低いなどいくつも理由があるものの、一番は「集団戦に弱い」からだ。

 モンスター狩りだと大抵は味方がいるし、ソロで狩るにしても敵が複数いることが多い。動くものが増えれば増えるだけミスする確率が上がっていくので「弱い」というレッテルを貼られがちなのだ。

 けれど、一対一ならその真価を発揮できる。


「で、でもでもっ、逃げてるだけじゃ勝てないでしょ!?」

「うん、そうだよねっ!」

「っ!?」


 可愛く振る舞う余裕がなくなっているのか、語尾に「♡」が付かなくなっているエリーゼ。動揺した分だけ攻め手も単調になった彼女の隙をついて接近すると、ミーナはくるりと円運動。まるでダンスのついでといった動作で少女を斬りつける。

 ヒット。

 決闘用に可視化されたエリーゼのHPバーが約3%ほど削れた。それを確認した少女は紅の瞳を見開いて、


「ダメージが大きい!? ……そっか、そのナイフ!」




舞踏剣ダンシング・ナイフ。踊りや舞いのスキルにボーナスを与える上、魅力と戦舞踏スキルの熟練度に応じて攻撃力が上昇、踊っている間は幻惑や魅了の効果を発生させる……ほとんどミーナ専用じゃないの、これ」

「……ゴーレムとかアンデッドは精神異常になりませんし、動物系は知能が低くて効果が薄いので、これも狩りに向いてない装備ですよね」

「ええ。当然、エリーゼはまともに運用されたところを見たことがない」




 ミーナは無傷のまま、二発目と三発目の攻撃をヒットさせる。

 絶えず動き続けながら攻撃するというのは神経を使うが、動いた拍子にちらりと見える観客の姿が高揚を生んで精神的疲れを忘れさせてくれる。


「っ。ちょーしに乗らないでよねっ!? 剣が避けられるなら魔法を使えばいいんだからっ!」


 エリーゼが大きく後ろに飛びのく。

 格下相手に退く、という選択をしてまで彼女が繰り出したのは炎の礫。魔法は弾速が速く、命中補正があるため避けきるのが難しい。一つ目と二つ目を避けたものの、さらに繰り出された三つ目が命中してしまう。


「やった……!?」


 歓喜の声の直後、ぱちん、という音が会場内に響いた。

 ミーナを守るが礫のダメージを軽減したのだ。結果、ミーナのHPは1パーセントも減っていない。

 バリアジュエル。

 物理もしくは魔法どちらか定められた属性の攻撃ダメージを大幅にカットする使い捨ての高級アイテム。ミーナはこれを春が持っていた分+残っていた所持金で買えるだけ買って所持している。つまり、何発かは当たっても大丈夫。

 しかもエリーゼからすると「何発当てればいいかわからない」。




「事前準備の差。これも勝つための策の一つです」

「エリーゼを煽るだけ煽った上で倉庫にも行かせずそのまま決闘に持ち込む。こっちはあらかじめ必要なアイテムを全部持ってるから装備の差がつく」

「さすがにあの子でも冷静なら気づいたはずですけど……」




「なによなによなによ!? ああもう、ならジュエルが切れるまで連打して──」

「それは無理だよ、エリーゼちゃん」

「っ!?」


 下がりながら魔法を連発したエリーゼに肉薄して連続攻撃をヒットさせる。

 さらに後退しようとした少女は不可視の壁に阻まれてしまう。これは課金アイテムではなく、事前に定めた戦闘領域から出ようとしたためだ。

 ステージの広さ、というアドバンテージ。

 長方形をしたフィールドでは逃げる方向が限られる。いったん追い詰められてしまうと短辺を移動するしかなく、その際に敵の攻撃にさらされやすい。

 しかし、ミーナにとってこの広さは慣れたもの。ステージから落ちないように気を付けながら剣舞を披露する、なんてこの一週間ほどずっとやっていたことだ。


「あ、あうあうあう……っ!?」


 ステップと円運動による檻があっさりとした脱出を許さない。

 なら攻撃を、と剣を振ってきてもステップ回避からの再接近で逆に追い詰める。

 エリーゼはかわいそうになるくらい動揺して動きが鈍っている。HPバーが減れば減るほど観客からも歓声が上がり、それがミーナにとっての追い風になる。

 それでも手はとめない。


 やるなら徹底的に!


 ミーナ──美奈はゲームをあまりやらない。

 やらないからこそ、勝ち負けを決めるゲームでは勝ちを目指すものだと思っている。ましてこれはお正月に年下の従姉妹とやるトランプとは違い、相手に負けを認めてもらうための決闘だ。

 だから、


「ああああああああぁぁぁぁっ!?」

「きゃっ!?」


 手を抜いたつもりはなかった。確実に、着実に、エリーゼのHPを後二割まで追い詰めて、このまま決めるつもりで動き続けて、

 絶叫した少女から放たれた猛烈な熱気と衝撃波に吹き飛ばされた時は何が起こったのかわからなかった。


「許さない、許さない許さない許さない……っ!」


 離れた場所に尻餅をついたミーナ。そこに迫ってくるのは瞳に怒りを燃やした少女だ。

 いや、燃えているのは瞳だけではない。全身が炎に包まれ、彼女のHPバーは徐々に短くなっている。

 炎を纏うことで自分の攻撃力を上げ、敵の接近攻撃を阻む特殊魔法。戦闘が終わるまで解除できずHPが代償となるためあまり使われない切り札を切って来たのだ。

 襲い来る光刃。

 一度動きを止めたことで戦舞踏によるボーナスはリセットされてしまっている。立ち上がる暇もなかったミーナはごろごろと転がってギリギリでかわす。当然のように来る追撃。バリアジュエルが次々弾け、それでもHPが半分を切る。


「泣かしてやるんだからぁっ!」


 エリーゼのHPはもう一割もない。

 だから、ミーナはストレージからありったけのを取り出して、投げた。

 連続して炸裂する炎、氷、雷、風、光、闇etc。


「……ぇ?」


 稼いだ僅かな間とダメージ。

 それによって、『UEO』内トップのレベルを誇る少女のHPは0になった。




   ◇    ◇    ◇




 勝敗が決定した瞬間、客席が大きな歓声に包まれた。


「本当に勝っちまったぞ!?」

「ミーナちゃんってこんなに強かったのかよ!?」

「もしかしこれ、最強アイドル世代交代か!?」


 決闘モードではHPが0になっても1に戻ってその場で復帰し、死亡デスペナルティも大きく軽減される。

 呆然とした顔でぺたんと座り込むエリーゼを見つめながら、ミーナは装備を普段用のものに戻した。

 すると少女はぽつりと、


「こんなの、まぐれで勝っただけじゃない」

「そうだね」


 この二週間でミーナは飛躍的なレベルアップを遂げている。

 他人の行動によって経験値を得られるミーナの条件は「何をしても獲得量が変わらない」エリーゼとは対照的だ。協力者が増えれば増えるほどレベルアップ速度が増加する上、協力者たちにはミーナに利している自覚さえ存在しない。

 ただ、レベルの差を埋めただけでは足りない。


 エリーゼの知らない装備。一方的な消耗品の準備。地の利。観客の存在。熱くなりやすい少女の性格を利用したこと。

 加えて言えば、エリーゼの剣が「魔法属性ダメージ」だったこともポイントだ。ミーナたちは相手の使ってくる戦法を情報収集によって把握・予測することができたため、バリアジュエルを対魔法用に偏って準備していた。もしも物理で攻められていれば最後のアレで負けていたかもしれない。

 ここまでやってギリギリの勝利。

 再戦すればあっさりエリーゼが勝つ。


「でも、今回はわたしが勝ったよ。みんなが協力してくれたお陰。エリーゼちゃんがわたしを鹿で」

「っ!?」


 涙で見上げられる。恨みがましい視線に「ごめんね」と内心思いながら、敢えてきついことを言う。


「アイドルってもっとみんなが楽しいものじゃないかな? キャラづくりならいいのかもしれないけど、本気で人を馬鹿にしちゃったら楽しめないよ」

「なにそれ、あたしが間違ってたっていうの?」

「わたしが正しいなんて偉そうなことは言えないよ。でも、雑魚って言われて傷ついた人がいるなら、それは謝らないといけないんじゃないかな?」

「………っ」


 唇を噛み、俯くエリーゼ。


「マネージャーなんて付けてまであたしをいじめるんだ」

「私はミーナさんに可能性を見出し、自分から協力を申し出ただけです」


 気づくと春やラファエラ、リリが集まってきていた。

 親衛隊も近くまで来ているが何も言ってこない。合意の上で行われた決闘であり、不正がなかったことがわかっているからだろう。

 あるいは戦闘中の態度に思うところがあったのかもしれない。


「エリーゼ──いえ、エリーゼさん。一度ご自分のアイドル像を見つめ直しませんか? そしてあらためて出発するのです」

「……そんなの」


 呟き、立ち上がって涙を拭う少女。

 期待するような視線が百以上も集まって、


「やだ!」

「え」

「やだやだやだ! うわあああああん、いじめられたー!!」


 エリーゼはあっという間にダッシュで逃げていった。

 残された面々はぽかん、である。親衛隊は「どうするよ?」とばかりに顔を見合わせた後、慌てて後を追いかけていく。

 ラファエラがジト目になって、


「この場面もばっちり撮影してるんだけど、あの子の戦略的には完全に悪手よね」

「うーん……でも、反省はしてくれたんじゃないかなあ」

「……明日あたりリベンジに来ないといいんですけど……」


 翌日本当に来た。

 ただし、用件は違っていて、


「あの、ミーナお姉さま? エリーと一緒にアイドルしてくれませんかっ♡」

「誰よあんた」


 即座にツッコミが入るくらいにはキャラが変わっていた。

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