てっきり『わたしかわいい』って意味かと思ってた
「この部屋じゃもう狭いわよ、やっぱり」
春のプロデュースが始まってから約一週間。
四人がアトリエに揃ったところでラファエラが真っ先に言った。
ミーナは部屋の中を見渡しながら答えて、
「そうだね。ここもけっこう思い入れがあるけど……」
ベッドに椅子が二脚、小さなテーブルの他は画材等が置かれているだけだった部屋は物でいっぱいになっている。
衣装やその試作品、リリが練習で作った服、服飾素材、ミーナのファングッズやファンからのプレゼントなどなど。
手持ちのアイテムストレージは
「……倉庫を借りるとか?」
「あれ、行き来するのが地味に面倒なのよね。こことは別に金がかかるし」
「では、思い切って引っ越しますか?」
「収入も増えてきたし引っ越し時じゃないかしら」
賃貸ではなく分譲なら定期的な出費はなくなる。荷物を置くためのスペースを確保することで窮屈な思いともさよならだ。
「絵を描く専用の部屋が欲しかったのよ。それからリリの作業部屋と、ミーナの衣裳部屋かしら?」
「作業部屋……♡」
「衣裳部屋……♡」
夢のような話にミーナたちは目を輝かせた。
「でも、そんな物件絶対高いよ?」
「ご心配なく。私の希望も受け入れていただけるのであれば費用は全て負担いたしましょう。徹夜で祈ることになるでしょうが、これも推し活のためです」
「金を出すのは春なんだし希望はもちろん聞くけど、なんの部屋が欲しいの? アイドルグッズ部屋?」
「惜しい。私が希望するのは物販スペースとミニライブ会場──つまり、居住スペースに専用のライブハウスを併設して欲しいのです」
「専用のライブハウス……!?」
この一週間ほどでミーナのファンはばんばん増えている。SNSのフォロワー数なんて増えすぎるので通知をオフにしたくらいだし、パフォーマンスを見に来てくれる人も40名近くに上っている。
ネット上で拡散されたりライターの人が記事にしてくれたお陰で知名度がばんばん上がっており──夜、寝ている間にスマホアプリがレベルアップを知らせてきたりする。眠れないのでこっちも通知を切った。
それでも専用の建物なんて大それたことは考えていなかったのだが、春は得意げに微笑んで、
「さすがに40人規模では通行の邪魔でしょう。ファンの皆さんも気にして道を開けてくださっていますが、グッズの販売も考えると路上では手狭です」
物販スペースがあればNPCを雇って二十四時間グッズを売れる。
ライブハウスを使えば他の人の邪魔を気にしなくて済むし、ライブ後にファンとの交流もしやすい。
「最高ですね! わたしなんかのためにそこまでしてもらうのは申し訳ないですけど……」
「何言ってるのよ。あたしたちはもう一蓮托生でしょ? ねえリリ?」
「はい。ミーナさんのお陰でレベルもたくさん上がりました。作りたい服もまだまだたくさんあります」
二人共、ミーナから離れるつもりは毛頭ないと言う。
「当然、私としても道半ばでプロデュースを止めるつもりはございません」
「春さん。みんな……!」
なんだか感動して涙が出てきてしまった。ラファエラが「何泣いてんのよ」と茶化してくるが、そう言う彼女も照れくさそうに目を逸らしている。
ミーナは強く頷いて心を決めた。
「どうせなら早い方がいいよね? わたしもできるだけお金を出すよ……!」
「あたしも支出がないのに収入が増えてるから貯金はあるわ。春の手持ちで足りなければこれも使ってもらいましょう」
「私も要らない衣装を売って稼いだお金があります」
出会ったばかりの頃に比べればミーナたちもだいぶお金持ちである。
春は三人の申し出を「ありがたく使わせていただきます」と受け入れた。
「お借りした分は後ほどお返しする、ということで物件を押さえてしまいましょう。必要なら後から増築も可能ですから」
ここはゲーム内。(限度こそあれ)見た目より中を広げられたりするし、それでも土地が足りなければ周りの建物の方がズレてくれる。改築・増築工事も一瞬だ。
ここでラファエラが首を捻って、
「あれよね。その規模の建物となると家っていうより──」
「ええ。ギルドハウスとして利用するべきでしょうね」
「ギルドハウス……♡」
名実共にグループの拠点となる建物。
四人は高揚してきた気分のまま「じゃあさっそく」と席を立ち、街の空き物件を見て回った。どうせ改築するので外の見た目は二の次。交通の便が比較的良さそうで予算をオーバーしない場所を見つけたら即決した。
ギルドハウスの誕生である。
「ところで、ギルドってことはリーダーがいるんだよね? 誰がやるの? 春さん? それともラファエラ?」
「いや、ミーナでしょ」
「ミーナさんですよね?」
「ミーナさんしかいないかと」
「わ、わたし……!?」
本人以外満場一致でギルドリーダーはミーナに決まった。
◇ ◇ ◇
ライブハウスに物販スペース、共用リビングにアトリエ、服飾作業部屋、衣裳部屋。
ああだこうだと顔を突き合わせながらひとまずの改築を済ませると、四人は協力して前のアトリエから荷物を移動させた。
忘れ物がないか確認するとラファエラはさっさと賃貸契約を解除。ミーナは「お世話になりましたっ」と最後に建物へ向かって頭を下げた。
戻ってきた新しい拠点、リビングにてひと息ついたところで、
「ギルドリーダーは頑張るけど、ギルド名はどうしよっか? なんか格好いいのが必要なんだよね?」
「別にインパクト重視で変な名前でもいいわよ。格好いい方がいいけど」
「格好いい方がいいです」
「ミーナさんの場合、アイドルとしてのブランド名とも言えますので相応の名前を付けた方がいいかと」
「そんなこと言われると決まらないよ……?」
もちろんみんなにも考えてもらったものの、なかなかいいアイデアは出てこない。
誰も口を開かなくなって「うーん」と呻り始めたところで、
「……そうだ、ミーナさん? ミーナさんの名前ってヴィーナスから取ったんですか?」
「ううん、本名をもじっただけ」
「そうなの? てっきり『わたしかわいい』って意味かと思ってた」
「さすがにそこまでやらないよ。リアルのわたしはともかく、
昨日ランキングを見てみたら
春がこれに「なるほど」と言って、
「魅力特化のミーナさんにはぴったりかもしれませんね。アイドルグループに女神の名前、というのなら前例もあります」
「いいんじゃない? アルファベットで書いとけばそれっぽくなるし」
「ギルド『Venus』のミーナってさすがに恥ずかしいよ」
まるで「わたしが女神です!」と言っているみたいだ。
「では『Aphrodite』はいかがですか? ヴィーナスと同一視される美の女神です」
「あ、格好いい。それならいいかも」
「決まりね」
ギルド名が『Aphrodite』で正式に登録された。
ラファエラもリリも春も「美しいものを追求する」という意味では共通しているし、なかなかミーナたちに合った名前かもしれない。
「では、ミーナさん。SNS等にお知らせをお願いします。私は余った資金を使って物販スペースにNPCを設置します」
「わかりましたっ」
ギルド結成、ギルドハウス建設、ライブ場所の変更などなどお知らせすることがいっぱいだ。
書き込みが終わった直後から反応があるので嬉しい悲鳴が上がる。春がNPCの設置を終えて物販が稼働できるようになったらそちらも併せてお知らせした。
これでファングッズの在庫が切れない限り寝ていても収入が得られる。
「リリさんには衣装製作と並行してグッズの生産もお願いします」
「責任重大ですね」
「ねえ、春。私の絵もこれからはこっちで売りましょうか? あれも一応グッズよね?」
「良いですね。ラファエラさんのスキルも上がってきていますからある程度高値が付けられます。オークションで競り合うよりは安く収まるかもしれない程度の価格帯で売り出しましょう」
こうなるとむしろ裏方のラファエラとリリが大忙しである。二人共物づくりが好きなタイプなのでよかったと思う。
「グッズづくりもNPCにやってもらえたらいいのにね」
「売り子のような単純作業と違い、職人系のNPCは運用コストが高いのです」
具体的には実際にアイテムを作らせてスキルを上げていかなければならない。やっていることが完全に「弟子の育成」である。もちろんアイテム製作には素材も必要なので余分にお金がかかるし仕入れの手間もかかる。
「店を大きくするために職人NPCを育てるために素材を集めるためにNPC冒険者を雇ってパーティーを組ませるために毎日冒険してお金を稼いでいるプレイヤーもいると聞きますが……」
「なによその苦行」
その分、ある程度形になってしまえば芋づる式かもしれない。『UEO』には本当にいろいろな遊び方があるものだ。
「今日はライブやっちゃったし色々あって疲れたから、ライブハウスを使うのは明日からだね」
「暇を見て資金の補充を行いますので、余裕が出たらレッスンルームも作りましょう」
「ここでレッスンができれば春さんが百円払わなくて済みますねっ♡」
◇ ◇ ◇
結論から言うと、ギルドハウス建設は大成功だった。
時間がまちまちなうえに場所まで変わったりしていたのが「ここでやります!」と地図で示せるようになり、多少騒いでも周りに迷惑がかからなくなった。同好の士しかいない空間では人はおおらかになるもので、ミーナの人気はこれによってさらに高まった。
ファングッズもそれなりに売れてリリたちも大忙し。
「好調ですね。ミーナさんはお客様が増えれば増えるほどパフォーマンスが良くなりますから相乗効果で全てが良い方へ向かっています」
「……そっか。ミーナさんの体質ですね」
「えへへ。わたし見られると興奮しちゃうから」
いきなり百人の前に立った時はさすがに緊張してしまったものの、基本的には「もっと見て」と楽しくなる。笑顔が自然にこぼれ、歌声にも感情が籠もるのでそれがファンには好評である。
気を付けないと口元が緩み過ぎるのでそこは気をつけないといけないのだけれど。
ラファエラがリビングの中央に置いた大テーブルから少し離れて絵を描きながら、
「大丈夫かしらね。そろそろあの子が殴りこんでくるんじゃない?」
せっかくアトリエができたのに「話をするのに不便だから」とリビングにイーゼルを持ち込んでいる本末転倒ぶりはひとまず置いておくとして。
あの子、というのはもちろんエリーゼである。
「エリーゼちゃんは最近どうしてるのかな? SNSを覗くとライブとかもやってるみたいだけど」
「ミーナさんに触発されたのかファンの獲得に熱心なようですね。その分だけ前線から遠ざかっているようで、我々としては願ってもありません」
黙っていても経験値が入るとはいえ戦闘をしなければその分、レベルアップ速度は鈍る。
「ラファエラさんの言う通り、そろそろ二度目の物言いがつく頃でしょう。そこで今度は実戦を言い渡し、相手の土俵で勝利します」
「上手くいくかなあ……?」
レベルアップに応じてステータスは上がっているし、剣舞のお陰でスキル熟練度も鍛えられている。それでもトッププレイヤーに及ぶほどかと言うと──。
「はい。正直に言えば、ミーナさんがエリーゼを実力で圧倒し続けるのは難しいでしょう」
「じゃ、じゃあどうするんですか……?」
「何度も負かす必要はありません。たった一度の敗北で土がつくと言うのなら、相手にもその気持ちを味わってもらいます」
要するに「頑張って一回勝てばいい」ということ。
格下のはずのミーナに負ければさすがのエリーゼも反省する。まさに前回の意趣返しだ。
「勝つための作戦と秘密兵器も用意してあります。後はみなさんの意見も取り入れてより完璧なものといたしましょう」
言うと招くというわけではないだろうが、紅髪のトップアイドルは次の日にやってきた。
「おねーさん? もう一回エリーちゃんに負けないとわからないのかなー?」
「うん、エリーゼちゃん。今度はわたしから勝負を申し込むよ。ライブ対決じゃなくて実戦で、どっちが強いか勝負しよう」
「……へ?」
ぽかん、と口を開けたエリーゼの顔はとても痛快だった、と後にラファエラは語った。
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