ゲームの中で下着売っても匂いも感触も残らないよ!?
「あ、来た! ミーナちゃんだ!」
「わ……!?」
対決の翌日、路上パフォーマンス(という名の練習)に出たミーナは会場となる街の片隅で十人を超えるプレイヤーに出迎えられた。
始まる前からこれだけの人がいるのは初めてである。
「もしかしてわたし、時間間違えてましたか?」
「大丈夫、合ってるよ」
「昨日のでミーナちゃんを知った人もいるんじゃない?」
「そうですか、良かったあ……」
ほっとひと息。
もう踊るな、とか言われなかった嬉しさも手伝い普段以上の笑顔で、
「じゃあ、今日も頑張りますねっ♡」
「頑張れー!」
昨日の新衣装とちょっといい短剣。
歌って踊るのにも慣れてきてちょっとずつ上手くなっている気がする。
視線の数が増えたことで身体の奥の「熱」も強くなる。
身体を動かすほどに意識は没頭して、あっという間に時間が過ぎた。
「今日はここまでにします。どうもありがとうございましたっ」
ぺこりと頭を下げれば二十人以上からの拍手。
「今日も良かったよ、ミーナちゃん」
「エリーゼにいじめられて落ち込んでなくてよかった」
「えへへ。ありがとうございます。……わたしはわたしなので、これからもよかったら見てくださいねっ?」
ミーナの笑顔に複数の笑顔が返ってくる。
ちゃんとした冒険者風のPCが多いのも、モンスター退治以外のことに目を向けてくれているんだ、という気がして嬉しかった。
「ところでミーナちゃん。スクショ・動画OK、拡散も自由って本当?」
「はい。わたしなんかの映像でよければどんどん使ってください」
これにはおお、と歓声が上がった。
昨日、春のアドバイスを受けてSNSに明記した内容である。まずは知名度を上げること、ということでみんなの力を借りることにした。
もちろん、えっちな目的で使われる可能性もあるのだが──ミーナとしてはむしろそれこそ望むところだ。
「時間が合わなくて来られない人もいるからなー」
「昨日のライブ配信もアクセス数上がってるよ」
「みなさん本当にありがとうございますっ」
その日のパフォーマンスは大満足のうちに終わった。
「ふふっ。エリーゼには感謝しなければいけませんね」
「春さん。あれ、いつからいたんですか?」
「途中からです。ログインしたところミーナさんがライブ中だったようなので観察させていただきました。……推しの晴れ姿を生で見るのは格別の喜びです」
軽く身体を抱くようにして恍惚のため息。
本当にアイドルが好きなのがよくわかる。
さて。
エリーゼのお陰、と春が言ったのはさっきお客さんも言っていた「昨日のライブ映像」の件だ。
親衛隊が撮影したと思しき映像が公開されてなかなかの注目を集めている。ミーナのパフォーマンスも短めの尺であるもののしっかり映っていた。
両方映さないと客観的な勝敗がわからない、という意図なのだろうが、おかげでこちらの知名度まで上がってくれた。
「今後もこの調子で活動を続けていきましょう。それと並行してレッスンも」
「はいっ。春さんはこの後お時間は大丈夫なんですか?」
「ゲーム内で言う二時間ほどは余裕があります。どこか部屋を借りて練習しましょう」
と、いうことで移動した先は見るからに豪華そうなホテル。
「防音がしっかりしているということで目を付けていたんです」
安い宿でも普通にしている分には他の部屋の声なんて聞こえないが、《聞き耳》スキルを使った場合は別。壁のしっかりした部屋ほど盗み聞きの難易度が上がるらしい。
ということはプレイ初日のアレももしかすると誰かに聞かれていたのかも……?
「あの、春さん。もっと安いところでもいいんじゃ?」
「ご心配なく。ここはリアルマネーで借りられますので」
「余計だめじゃないですかっ!?」
まさかの「ホテルを使うために課金」である。
「大した額ではありません。現金に直すとたったの百円です。リアルできちんとしたレッスン場を借りるのに比べたら十分の一以下ですよ」
「そう言われると安い気もしますけど……」
スイートルームのような広い部屋をレッスンのためだけに使う、という物凄い贅沢なことになった。
広いし大きな鏡も置かれているので案外実用的なのが不思議な気分。そんな中で行われた春の指導も優しく、それでいて効果的ものだった。
「ミーナさんの行っているのは剣舞──ですので、いわゆるアイドルのダンスとは別物です。また、あまり技術に拘り過ぎて『踊る楽しさ』を忘れてしまっても本末転倒です。私が指摘するのはあくまでわかりやすい『気を付けるべきポイント』に絞ろうと思います」
具体的には「腕や足をしっかりのばす」とか「動きにメリハリをつける」「目線も重要」などなど。
気を付けていたつもりでも、実際の動きに対してピンポイントに指摘されると「確かに」となる。
説明の説得力、じゃあお前やってみろよと言われた時の対策についても完璧で、(ミーナは言わなかったし思わなかったが)要所要所で映える演技を実際にやって見せてくれた。
「実は春さんってもの凄い人なんじゃ……?」
尊敬の眼差しで見つめると彼女は少し照れくさそうにして「多少経験があるだけです」と答えた。
「練習を重ねさえすれば技術は身に着けられます。ミーナさんには後天的に身に付かない独自の魅力がありますから、自信を持ってください」
「わたしの魅力、ですか?」
「ええ。あなたのそういった自然体で朗らかな性格です」
優しく真摯な眼差しに射止められ、ミーナはむずむずした感覚を覚えた。
熱っぽい視線や邪な視線なら自分も楽しめばいいのだけれど、真面目に褒められると照れくさくなってしまうのだ。
春はそんなミーナを見て愛おしげに笑って、
「推しとこうして二人きりの空間にいられる。……これほどの贅沢があるでしょうか。これこそ役得というものです。ただお金を積んだだけでは決して実現できません」
「わたしにも少しわかります。リアルのわたしが一人で頑張っても、こんな風に何人ものひとに見てもらえたりはしなかったと思いますから」
「では、このめぐり合わせに感謝しましょう。一緒に頑張りましょうね、ミーナさん」
その呼びかけにミーナは心から「はいっ」と答えた。
◇ ◇ ◇
アトリエに戻るとそこは異様な熱気に満ちていた。
「ふふ……っ♡ 今までなかなか手の出なかった素材がいっぱい……♡」
「これからしばらくは絵の具ケチらなくてもいいのよね。こうなったら描けるだけ描いてやるわ」
リリとラファエラ、意欲に満ちた若きクリエイター二人が怖いくらいの笑顔を浮かべて作業に没頭しているせいだ。
気心の知れているはずのミーナでさえ見た瞬間に「ひっ」と言ってしまった。
春と別れてしまったのが残念だ。この驚きを誰とも分かち合えない。彼女がいても「素晴らしいです」で終わりだったかもしれないけれど。
「二人とも、気合入ってるね?」
「ああ、ミーナ。お帰りなさい。ほら早く服脱ぎなさいよ」
「ミーナさん、試作品をたくさん作ったのでどれがいいか試着していただけますか?」
「あ、うん」
答えたミーナは装備を解除して裸になりラファエラの創作意欲をブーストしながら、リリの作品を下着から順に試着していった。
白、黒、ピンク、青、紫……色とりどりの衣装にリボンが付いたり刺繍がされたりフリルがあしらわれていたり。見ているだけで楽しい気分になってくる。これを全部試着していいというのだから天国のようだ。
「うーん、これ、どれを買い取るか迷っちゃう」
「衣装代ってことで経費で落とせばいいじゃない」
「ラファエラ。経費って『タダにする魔法』じゃないんだからね?」
春の財布が空になったら終わりである。そうなったらミーナたちもアイテムの山と空になった財布を前に途方に暮れることになる。
「足りなくなったら春にお祈りさせればいいのよ」
「……神様に『何か恵んでください』って祈り続ける聖職者」
絵面がシュールすぎる。
「でも、本当に春さんのお陰です。あのスキルはたまに珍しい素材も手に入りますから」
春は現金だけでなく手元に残っていた分の素材アイテムも提供してくれた。
NPCショップで買える基本素材は資金さえあればいくらでも買えるのでスキル上げのための練習もし放題。使わない衣装は売却してお金に換えてもいい。
「そうだ。ミーナに一回着せて街を歩かせてからオークションで売りましょうよ」
「プレミアというやつですね」
「待って二人とも。ゲームの中でそれやっても匂いも感触も残らないよ!?」
「じゃあ、公式グッズとして同じデザインのアイテムを売るとか……?」
「あ、それはいいかも」
リボンなどの小物なら男性プレイヤーでも比較的買いやすい。
部屋に置いておかなくてもアイテムストレージにこっそり入れておけばいいのでファン活動のやりやすい環境かもしれない。
「なんだ、下着売るんじゃないの?」
「それじゃ違う商売みたいだよ……」
「アニメコラボとかだとたまにありますけどね、下着」
「アニメキャラは個人特定されないものね」
ヌード絵を描き続けている画家が言うとなんとなく説得力がある。
「で、ミーナ? レベルアップは順調なの?」
「うん。たまに回数を確認して悶えてる」
加算回数だけ「そういうこと」があった、と考えただけでとても幸せになれる。
ボーナスポイントは変わらず
「このままどんどん増えるといいですね」
「あはは。そこまでうまくはいかないよー」
うまくいった。
◇ ◇ ◇
【初のフルダイブMMO『UEO』にてアイドル戦争勃発か?】
アバターを被って配信を行う『Atuber』の流行から数年──電脳世界でアイドルが自由に歌って踊る時代がとうとうやってきた!?
話題の国産初、そして世界初のフルダイブ型MMORPG『Unlimited Experience Onling』通称UEO。
(フルダイブMMOとはゲーム内に意識を没入させ、キャラクターの身体を自由に操って遊ぶゲーム。他のプレイヤーも同時に同じ世界にログインしており、協力や交渉、恋愛などができる)
遊び方は無限大と銘打たれている通り無数のプレイスタイルが存在するこのゲームには歌って踊って笑顔を振りまく「アイドル」さえも存在する。
中でも注目を集めているのが二人のプレイヤーだ。
〇メスガキ系美少女アイドル『エリーゼ・マイセルフ』
一人目は愛らしい容姿を持つ最強アイドル、エリーゼ。
彼女はアイドルであるだけでなく『UEO』において最も高いキャラクターレベルを誇る、文字通り「最強」のプレイヤー。
強力なモンスターをたった一人で次々になぎ倒すヒーロー、もといヒロインでもある。
可愛らしさではなく強さに惚れこむファンも多いという彼女のトレードマークは「ざぁこ♡ ざぁこ♡」に代表される「メスガキムーブ」。
美少女に甘え声で罵倒されるという倒錯的シチュエーションは根強い人気がある。
エリーゼが「本当に強い」こともあってまさにハマり役。彼女に罵ってもらいたいがために会いに行くプレイヤーも後を絶たないと言うから驚きだ。
だが、アイドルとしての実力は本物。
当人のSNSにアップされているライブ映像を見ていただければその魅力は十二分に伝わるだろう。ただし、ハマりすぎて親衛隊に加わるようなことになっても当方としては責任を負いかねるので悪しからず。
〇天然系美少女アイドル『ミーナ』
二人目はゲーム内に彗星の如く現れた新人アイドル、ミーナ。
彼女はエリーゼとは逆に初心者からアイドル活動を開始。少数のファンとの交流を経て、こうして話題に上るようになった努力家だ。
容姿もエリーゼとは正反対。
か弱さと純粋さと包容力を兼ね備えた「まさに女の子」は気付かないうちに我々の心を捕らえて虜にしてしまう。まして当人と出会い柔らかい笑顔などを向けられようものならファンになりたい衝動を堪えるのに大変苦労することだろう。
気ままに行動を変える上に一般プレイヤーの赴けない上級狩場に出没することもままあるエリーゼと違い、毎日のように街で「歌やダンスの練習」と称したミニライブを行っているのも魅力だ。まさに会いに行けるアイドル。運が良ければ本人と直接お喋りすることだってできる。
戦闘力やパフォーマンスの実力についてはまだまだ課題が残るところ。
しかし、考えてみて欲しい。アイドルの本来の役割とは笑顔を振りまき人々の心を癒すことではないか。本職ダンサー(歌手)並の技術や、ましてゲーム内での戦闘力なんて必須項目ではない。むしろ一生懸命に努力し、ファンと交流しながら成長するミーナが黎明期のアイドルの姿と被りはしないだろうか?
〇突如勃発したアイドル対決
さて、この二人が注目を集めるようになったきっかけは先日行われた「ライブ対決」だ。
対決の経緯は詳しくわからない。
ただ、開催はその前日に急遽決まったとされている。そのため集まった観客は百人と少しのプレイヤーだけだったという。
(※ゲームを遊ぶには専用の機器と会員登録が必要になるため百人と言ってもあながち小規模とも言えない。参考までに7月頭時点での登録者数は公式発表で約10万人である)
この対決において、ミーナ(当時はまだ一部に名前が知られ始めたばかり)とエリーゼが対決し、エリーゼが勝った。
エリーゼの項で紹介したライブ映像はこの対決の時のものである。拍手を票数とするならその差は倍。圧勝と言っていい。
──無名アイドルと最強アイドルの実力差であることを考慮しなければ、だが。
会場の手配はエリーゼ側が行ったとされている。初心者であるミーナにそれだけの資金(日本円ではなくゲーム内のお金)があるとは思えないのでこれはほぼ間違いないだろう。
つまり、エリーゼはミーナの持つ可能性、アイドルとしてのポテンシャルに何かを思って対決を持ちかけたのではないだろうか。
結果的にこの対決以降、ミーナの知名度は上がった。
当然だ。最強アイドルと一緒に紹介されているのだから興味を持つ者はいる。だとするとむしろエリーゼはミーナを成長させるために対決を……?
いずれにせよ、ミーナが敗北によってアイドルの道を断念『しなかった』ことは事実だ。
二人は今日も活動を続けている。
あなたがプレイヤーであればゲーム内で出会うこともあるだろう。もし会った時はどうか応援してあげて欲しい。
ライブや練習の映像はそれぞれのSNSにてアップされているのでプレイヤーでなくとも閲覧できる。是非そちらもご覧いただければ幸いである。
(この記事は分業型成長AI『シュヴァルツ・シスターズ』の五女・フュンフが作成しました)
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