女性の裸を描くのがお好きなのですね。私では年齢的に範囲外でしょうか?

「春、と申します。よろしければこちらをお受け取りください」


 黒のレディーススーツを纏った女性はそう言うとミーナたちに名刺を差し出してきた。

 見た目の年齢は二十代半ばくらい。

 髪と瞳は黒。制服で出歩いている時のミーナ以上にファンタジー感がない。まさにできる女といった雰囲気であり、コスプレなら逆にすごい。

 ちなみに顔もなかなかの美人だ。


「名刺なんて作れるんだ」

「メッセージカードとかギルドのメンバー証を作る要領ね。意外と簡単よ。……高いけど」

「多少経費はかかりますが、ご挨拶に名刺は欠かせません」


 立ち話も落ち着かないから、と移動した先はラファエラのアトリエ。

 喫茶店でも良かったのだが「できれば人目のないところの方が」と春が希望したのだ。

 なお、椅子が足りないので春に座ってもらい、ミーナたちはベッドに並んで腰かけている。


「あの、それでお話っていうのは……?」

「はい」


 漆黒の瞳がかすかに輝き、


「単刀直入に申し上げますと、ミーナさんにエリーゼ・マイセルフの打倒をお願いしたいのです」

「───!?」


 三人揃って息を呑んだ。

 タイミング的にエリーゼ絡みかな、とは思っていたものの、まさか「倒せ」と言われるとは。


「これは正式な依頼です。必要であれば契約書も用意いたしますし、経費はこちらで負担します。さらに、前金として謝礼の二割をお支払いできます」


 告げられた前金の額にミーナは思わず「そんなに……!?」と声を上げてしまった。

 それだけあればしばらくの間、リリに思う存分服を作ってもらえる。

 成功すればさらにその四倍。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。なんでそんな大金払ってまであいつを倒したいのよ?」


 ラファエラが慌てたのも当然と言えるが、春は特に動じた様子もなく、


「今の彼女はアイドルとして相応しくないからです」

「そうですか? すごく可愛かったし、パフォーマンスも良かったと思うんですけど……」

「確かに実力はあります。意欲も十分に持ち合わせているでしょう。しかし、言動の根底には他者への優越感があります。『あたしはすごい』と思いたいがためにトップの立ち位置とキャラクター性を維持しているわけです」

「要するに『偉そうでむかつくから泣かせたい』って事?」

「端的に言うとそうなります」


 わかりやすい。

 ミーナだってもうちょっと親しい立場なら「ざぁこ♡ は言い過ぎだよ」くらいの注意はしている。

 倒れているプレイヤーの下着を見るのも他の子が相手だったらセクハラだ。


「ちょっと懲らしめるくらいならやってもいいかなあ……?」

「まあ、あいつを泣かせられたら楽しいだろうとは思うわ。でも、この子はついさっきエリーゼに負けたばっかりなのよ?」

「もちろん、無策で挑むつもりはありません。私がミーナさんを全面的に支援し、レベルアップおよびスキルアップを手助けいたします。その上でエリーゼを打倒しましょう」


 ここで、今まで黙っていたリリが頷いて、


「……あなたもレベル高そうですもんね」


 春は少し恥ずかしそうに笑った。


「いえ、実を申しますと私の性能はあまり自慢できません。この容姿も課金で手に入れたものですし」

「課金で可愛くできるんですか?」

「魅力に関わらず容姿を固定できる課金アイテムがあるのよ。高いけど」


 これを使うと一定の魅力ステータスを持っているものとして美男・美女になれる。

 難点は確定後の調整が利かないこと、レベルが上がれば上がるほど実際の魅力値との差が少なくなるので恩恵が薄れること。

 ミーナのような学生には「リアルマネーがかかる」というのもネックだ。


「ですが、プロデュースに関しては自信があります。必ずやミーナさんをトップアイドルにしてみせましょう」

「トップアイドル……♡」


 いい響きである。人生一度くらい大観衆の前で歌ったり踊ったりしてみたい。ステージ後にしばらく身動き取れなくなってもいいからその快感を味わってみたい。


「でも、それならミーナさん一人でいいんじゃ……?」

「まさか。それでは不都合が生じてしまいます」


 ふるふると首を振る春。


「アイドルには衣装や宣伝ポスターも不可欠。外注も可能ですが、ミーナさんと綿密に連携を取って行動できる方がいらっしゃるのであれば頼らない手はありません。私の申し上げた『必要経費』にはお二人の製作にかかる雑費も含まれております」

「何よそれ超いい話じゃない」

「ミーナさん、このお話お受けしましょう……!」


 ラファエラとリリの目の色が変わった。

 あなたが必要だ、だからいくらでも好きなだけ作っていい。クリエイターにとってこれほど意欲の湧くセリフが他にあるだろうか。


「……うーん」


 ミーナは考える。

 さっきこてんぱんに負けたばかりの相手。正直、勝てる自信はないのだけれど。

 やってみたい気持ちと天秤にかけ、最終的に一つの質問によって方針を決めることにした。


「あの、一つだけ教えてください。……春さんの『魂の在り方』はなんですか?」


 この質問に春は驚いたように目を丸くしたが、すぐににっこり笑って答えてくれた。


「推しの傍にいる事です。推しに設定した特定プレイヤーと行動を共にしている限り経験値が入ります」

「へえ。で、その推しって?」

「当然、これからはミーナさんになります」


 ミーナは深く頷いた。それなら答えはひとつだ。


「やります。エリーゼちゃんに勝てるかどうかはわからないけど、精一杯頑張ります!」


 仲良しグループにプロデューサー志望の美女・春が加わった。




    ◇    ◇    ◇




 『打倒 エリーゼ・マイセルフ』。

 目標が決まった後はそのまま作戦会議である。これは確かに喫茶店でやらない方がいい話題だ。


「具体的にはどうやって戦うんですか?」

「幾つかプランはありますが、ミーナさんのレベルをどの程度上げられるかが重要ですね。皆さんの『魂の在り方』もお伺いしてよろしいでしょうか?」


 三人は一度顔を見合わせてからそれぞれ答えた。


「女の子の裸を描く事」

「私の作った服を着てもらう事、です」

「わたしをネタにひとりえっちしてもらうことです」


 あらためて考えてみてもひどい。

 さすがにドン引きなんじゃないかと思いつつ様子を窺うと、春はなにやら考えるようにして、


「ということは、私がした場合にもミーナさんに経験値が入ると?」

「は、はい」

「それはとても素敵ですね」


 ほう、と、恍惚の息がこぼれた。


「は?」

「素敵ではありませんか。ファンの思いがそのままミーナさんの糧になるのです。これはアイドルとして利用的なあり方と言えるかもしれません」

「いや、邪な考えなしに推してるファンもいるでしょ」


 もっともなツッコミが聞こえたのか聞こえていないのか、端正な顔立ちにはっきりとした笑顔を浮かべ、夢見がちな少女のように手を組んで、


「女性アイドルのファンは大部分が男性、そして彼らの大部分はアイドルに強い愛情を向けています。彼氏の存在や結婚が報じられるとよく荒れるでしょう?」

「ああ、なるほど。また変態が増えたわけね」

「ラファエラだって変態のくせに」

「女性の裸を描くのがお好きなのですね。私では年齢的に範囲外でしょうか?」

「春さん、失礼な口をきいてごめんなさい。良いお付き合いにしましょうね」


 男性ファンの傾向が正しいかはともかく、春の語ったファン像とラファエラはある意味似たようなものである。


「せっかくだからリリも脱ぎなさいよ」

「い、嫌です。恥ずかしいです。ラファエラさんが脱ぐなら考えます」

「私なんかの裸でいいなら好きなだけ見ていいわよ」

「……言うんじゃありませんでした」


 四人も集まるとアトリエも少々手狭。そこに全裸の女子が四人──なんだかよくわからない光景になってしまった。

 まるで世界の常識が狂ってしまったかのようでミーナとしては楽しいものの、


「話が飛んじゃったじゃない。結局、どうやってこいつを勝たせるの?」


 キャンバスを前に手を動かしながらラファエラが尋ねた。

 春とラファエラが位置を交代して突発のお絵描きタイムである。

 真ん中に座ったミーナの左側から春が軽くもたれかかりながら、


「絶好のレベルアップ手段をお持ちのようなので、ここは一つ、一対一の直接戦闘でエリーゼを打倒しましょう」

「え。さ、さすがにそれは無理だよ!?」

「いいえ、問題ありません。集中的に取り組みさえすれば短期間で──そう、二週間もあれば彼女に匹敵できるでしょう」

「……そんなに上手くいきますか?」

「ほぼ間違いなく。エリーゼ・マイセルフの強さの秘密はあの最強と言ってもいい経験値獲得条件にありますから」


 毎秒経験値が入ってくるというチート級の能力に支えられたエリーゼは他の上位プレイヤーに比べると戦闘による自己鍛錬にはさほど時間を割いていない。低級狩場にボス狩りに来たりライブを開いたりアイドル衣装を作ったりしているのがその証拠だ。


「彼女を上回る経験値獲得速度さえ構築できれば勝てるチャンスは十分にあります。そして、それを実現するのは我々裏方のサポートです」


 春はラファエラとリリに具体的な指示を出した。

 難しいことはなにもない。ただ今までやっていたのと同じこと、すなわち絵と服の製作を思いっきりやるように言っただけだ。

 画材や布の代金は必要経費。作れば作っただけお得である。


「あの、お金は大丈夫なんですか?」

「ご心配なく。この通りゲーム内通貨にはかなりの余裕があります」


 見せてもらった所持金欄には貧乏人が泣いて拝みたくなるような額が表示されている。


「『ギフトオブフォーチュン』の賜物です」


 使うとお金やアイテムがランダムに手に入るという聖職者系の魔法スキルらしい。

 MP効率が悪いうえにたいていは低収入で終わるためロマンスキルとされている。それを春はリアルマネーの力で運用した。

 課金装備に身を包んでステータスを底上げ、ドーピング系のアイテムを購入してさらに強化し、MPがなくなったら回復系の課金アイテムを躊躇なく消費する。ビルド自体も最大MP特化で金策以外何も考えていない。今のレベルもほとんどが魔法を使って得た経験値によるものという徹底ぶりである。


「それ、総額でいくら使ったのよ?」

「知りたいですか?」

「……怖いからいいわ」


 得体の知れないものを見るような目をしながらラファエラが首を振った。


「話を続けます。資金を得た代償……というわけではないのですが、私は普段、リアルが多忙な身でして。休憩がてら暇を見てログインいたしますので、ミーナさんにはその際に歌やダンスの指導などさせていただければ」

「わかりました」


 それ以外の時間は街で踊ったり街を散歩したりラファエラの絵のモデルになったりしていればいいらしい。


「でも、そんなことでいいんですか?」

「一つだけ特に力を入れていただきたいことがあります。SNSの更新を心がけてください。プロフィールの作り方や投稿の注意点はこれからお教えいたします」

「わ、なんかアイドルっぽい」


 説明された内容も丁寧かつ意図が明確で、できる女っぽいのは見た目だけでないことが証明された。これで全裸でなかったら余計に格好良かっただろう。

 役目を終えると春はいそいそとスーツに着替え直しながら告げる。


「では、また暇を見つけてログインいたします。……ミーナさんの経験値獲得にご協力できるよう、私自身も可能な限り努力いたしますね?」

「はう。……想像しちゃうじゃないですか」

「はい。私もミーナさんの姿を目に焼き付けましたので」


 心なしか目が潤んでいる。


「ですが、ミーナさんはご自身の姿に興奮していただければ。その方がレベルアップにも繋がります」


 しゅん、と消えるように春がログアウトしていけば、そこにはいつも通りの三人だけが残された。まるで夢の中の出来事のようだが、それぞれのアイテムストレージにはしっかり名刺が残っている。


「ねえ、これ詐欺じゃないわよね?」

「自分も全裸になって働くのはかなり覚悟の決まった詐欺師だと思います……」


 もちろん(?)春は翌日もしっかり元気にやってきた。

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