これで自撮りとかも上げられるね
「ねえ、ミーナちゃん。いつ
少なくとも二日に一回は街で踊るようになってから何度目かの練習終わり、ギャラリーの一人からそんな要望が飛び出した。
自分では思いつかなかった話に「なるほど」と思う。
見てくれる人はもう平均十人を超えている。リアルの街角ではないのを考えるとなかなかの人気だろう。歌を始めたのもちょっとは効果があったか。
楽しみにしてくれる人が一人でもいるなら、見られる快感とはまた別の嬉しさがある。
「うーん……でも、予告した時間に必ず始められるかなあ?」
時間指定によって逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。
こてん、と首を傾げて告げると、希望を口にした男は「そっか……」と残念そうな顔をした。
ちくりと胸が痛む。
「じゃ、じゃあ、始める前にSNSへ書き込むくらいなら」
「本当? うん、それでもないより全然いいよ!」
登録すると言ってくれる人がその人以外にも複数出てくる。
嬉しくなったミーナはその場で暫定アカウントを作成し、ギャラリーに公開した。フォロワーがあっという間に十人を超える。
「……えへへ」
幸せな気分から思わず笑顔がこぼれた。
「これで自撮りとかも上げられるね」
鏡を使えば自分をスクショすることも可能だ。すると、おおー、と嬉しそうな声が上がる。需要があるようでよかった。
ひょっとして、これはいわゆる裏アカというやつか。
だとすると、ゆくゆくはえっちな自撮りとかも上げていかなければ。
「ふふ……っ♡」
「ちょーっと待ってもらっていーい、おねーさん?」
至福の心地で微笑んだところで、水を差すように高い声が響いた。
振り返るとそこには紅髪紅目のロリっ娘がマントを靡かせながら立っている。
「エリーゼちゃん?」
「そ。『UEO』最強にして一番の美少女、エリーちゃんよ。ちゃーんと知っててえらーい。いいこいいこしてあげるねっ♪」
言って少女が一歩踏み出せば、人垣がざっと左右に割れる。小さい子相手にまるで怯えるような反応だが、実際問題「つよい。かてない」で合っている。
悠然と歩いてきて背伸びをし、ミーナの頭を撫でてくれるエリーゼ。「可愛い♪」と思いながら撫でやすいように身を屈めてあげると向こうも笑顔になって「ありがとー」と、
「って違うわよ!」
一歩後退しながらの見事なノリツッコミが繰り出された。
びしっ、と指を差されたうえに睨みつけられた。はて、そうするとこの子はいったい……?
「どうしたの、エリーちゃん? もしかしてなにかご用だった?」
「こほん。……ふんっ、そのとーりだよ、黒パンツのおねーさん♪」
ギャラリーが「黒パンツだと?」「ノーパンじゃないのか!」とざわめきだす。
「下着はいっぱい持ってます!」
「今穿いてるパンツはどうでもいいの! ちなみにあたしが今穿いてるのは縞々だけど」
「そっか。縞パンっていうのもありだよね」
思わぬところで新しいネタが手に入った。深く頷きながらエリーゼに感謝して、
「いやいや。真似しないでよね、おねーさん? っていうかそろそろウザいんですけどー?」
「う、ウザい?」
「とーぜんでしょ? この『UEO』のアイドルはエリーちゃん一人でいいの。後から入ってきてアイドル名乗られたらムカっとするのよ」
小さな胸を大きく張ってドヤ顔。うん、やっぱりひたすら可愛い。
「アイドルっていうのもわかるなあ。強い上に可愛いんだもんね、わたしじゃ敵わないよ」
「でしょでしょ♡ わかってるじゃんおねーさん♡ ……じゃなくて! アイドル活動止めろって言ってるの!」
なるほど、用件はそれだったのか。
どこかで噂を聞いたのかもしれない。街でアイドルっぽいことしているだけの小娘なんて放っておいてもいいのに。
ミーナは再び頷いて、
「ごめんね、お断りします」
「なんでよっ!?」
「歌ったり踊ったりするのに資格がいるわけじゃないでしょ? ……通行の邪魔になってるとかならちゃんとした場所を借りたりしないとだけど」
邪魔にならないように主要エリアを避けているので特別問題は起きていない。
言えばすんなり止めてもらえると思っていたのか、意外にもきっぱり断られたエリーゼは「ぐぬぬ」と声に出して言うと「じゃあ」とさらに言ってきた。
「じゃあじゃあ、トップアイドルの名を賭けて勝負しよ、おねーさん♡」
「え」
なんだかすごいことになってきてしまった。
◇ ◇ ◇
「本当、なんでこんな事になったのよ……?」
「わたしにだってわからないよ!?」
「……ミーナさんが急に有名になりすぎて私は胃が痛いです」
ここは神聖王都最大の貸劇場。
踊り子や吟遊詩人が大規模な公演をするために使う──という名目ながら、大きすぎる上に賃料が高いのであまり使われていない施設だ。
たまーに大規模ギルドが会議のために借りたりするくらいで後は放置されているのだが、なんとエリーゼはここを個人で一日借りた。
ミーナと勝負をするためだけに。
当日いきなりはさすがに無理だということで次の日まで待ってもらったものの、ミーナはもちろん、経緯を後から聞かされただけのラファエラとリリも「どうしてこうなった」という気分である。
三人は舞台袖で身を寄せ合って囁き合うのが精一杯。
そうしている間にも客席には一般プレイヤーが次々に集まっている。ミーナが普段相手にしている十人なんて目じゃない。百人以上が見に来ているのではないだろうか。これはエリーゼが自分の取り巻きなどを使って大々的に宣伝した結果である。
リアル時間で二十四時間あればゲーム内では四十八時間。突発的に決まった対決とはいえ広まるだけの余裕はあったらしい。
「ふふん♡ 逃げないできたことだけは褒めてあげるね、おねーさん♡」
「エリーゼちゃん……今日は一段と可愛いね?」
「でしょう? 有名な職人さんに頼んで作ってもらったの」
答えた少女はウインクを一つ投げるとその場でくるりと回ってみせる。スカート長めフリル多め、幼さの残る容姿に良く似合うピンクベースのアイドル衣装。
これでもか、という強烈な可愛らしさがマシマシ。
衣装をつぶさに観察したリリが「……妬ましい」と呟いているので職人の腕も確かなようだ。
一応、ミーナも衣装を新調。前の衣装の面影は残しつつ黒を加えてより大人っぽく、かつ可愛さもあるデザインに身を包んでいる。
着実にレベルアップ&スキルアップしているリリの今ある技術を盛り込んだ力作だが、金に物を言わせたエリーゼの衣装の前ではインパクト負けだ。
「負けを認めるならいまのうちだけどー? ま、その場合、おねーさんの歌と踊りを期待して集まってくれた十人くらいのお客さんに『ごめんなさい』しないとねー♡」
「さすがはエリーゼ様!」
「エリーゼ様最高!」
傍に控えている「エリーゼ親衛隊」の面々が合いの手を入れる。
ラファエラが深いため息を吐いて、
「上級狩場で稼いでるだけじゃなくて、取り巻きに貢がせた金も使ってやりたい放題ってわけね」
「えー、それの何が悪いのー? 悔しかったらエリーちゃんみたいに強くて可愛くなってくださーい」
「ウザい」
「まあまあラファエラ……」
ミーナは苦笑しつつ友人を宥める。
どうしてこうなったのかはよくわからないし、こっちとしては対決する意味もあまりない。
ただ、一つ言えることは、
「わたしのために来てくれた人が一人でもいるなら、ちゃんと踊ってから帰るよ」
「ミーナ」
「ミーナさん……さすがです」
「ふうん。根性だけはあるみたいね。いーよ。じゃあおねーさん、先攻と後攻、どっちがいい?」
「うーんと、じゃあ、先攻にするね」
ステージに立つと観客の多さがよくわかった。
百を超える視線がミーナ一人に集中する。
ラファエラとリリにバックダンサーを頼もうとしたところ「絶対無理」と言われてしまったが、これは確かに視線が快感になる人以外には恐怖だ。
興奮。
それから珍しいことに不安からも身体が震える。
深呼吸をひとつ。気持ちを落ち着かせたミーナは笑顔を浮かべ、新しく買った前よりもランクの高い短剣を手にステップを始めた。
曲は一年くらい前に流行ったアイドルのもの。
比較的よく知っていて歌えそう(踊れそう)な曲の中で手を大きく使っているやつを選んだ。これなら剣舞アレンジなんて器用なことをしなくてもそこそこ見栄えがする。
劇場据え付けの音響機器(マジックアイテムという設定)にサブスクを通して曲を流せば大音量となって会場を湧かせる。
始めてしまえば終わるまであっという間だった。
ステージ中央に停止してぺこりと一礼。「ありがとうございましたっ」と言った途端に多くの拍手が贈られる。十なんて数ではない。半数以上からの賞賛に胸がいっぱいになった。
「お疲れ様、ミーナ。良かったじゃない」
「ありがとう。……うん、楽しかった。エリーゼちゃんに感謝しないといけないかも」
興奮で足が震えている。
汗もかいたし後で下着を替えようと思っていると、ピンクの悪魔(仮)がミーナたちの横を通り過ぎていく。
「前座おつかれさまー、おねーさん♡」
『UEO』トップアイドル、エリーゼ・マイセルフのライブは圧倒的だった。
曲が始まった瞬間、取り巻きやファンがわっと歓声を上げたというのも関係はある。ただ、それ以上にエリーゼは「自分の魅せ方」というのをわかっていた。
自分が可愛いことを知っていて、自分のステータスに自信もあって、それらを最大限に活用している。甘い声音と嘲るような口調もそのためのものだろう。
「よーし、アンコールいくよー! よろこべ愚民どもー♡」
拍手の数はミーナの倍近かった。
「これでわかったでしょ、おねーさん♡」
客の掃けた後の劇場にて二人は再び向かい合った。勝敗はわかりやすい形で出ている。そのせいかエリーゼはとても上機嫌だ。
「アイドルはこのあたし、エリーちゃん。おねーさんじゃあたしには追いつけないの、いーい?」
「うん、いいよ」
負けは負け。ミーナは素直に頷いた。
頷いて、目をきらきらと輝かせた。
「これからわたし、エリーゼちゃんに追いつけるように頑張るから!」
「は? あの、おねーさん、話聞いてた?」
「見てたし聞いてたよ。エリーゼちゃんはすごかった。だからわたしももっと頑張らないと。アイドルやるんならお客さんも楽しませないとねっ」
「……だめだこのおねーさん。自分の世界に入っちゃってる」
目を細めて呟くエリーゼ。キャラが崩れてしまっているので気を付けた方がいいと思う。
「ふふっ。……諦めなさいエリーゼ。この娘はこういう子だから、権力で叩き潰そうとしても無駄。気づいたら起き上がって活動を再開するわ」
「───」
遠い目をしてしばし硬直。
再び動き出した少女は「ま、いっか♪」と笑った。
「どっちが可愛くてアイドルに相応しいかは結論でたんだし、ファンのみんなもわかってくれたもんねー♡ ざこのおねーさんは好きに活動してればいーよ♡ あたしには勝てないけど」
言うだけ言うと少女+親衛隊はミーナたちを追い出しにかかった。
ゲーム内も夏なので寒空ということはないものの、華やかな劇場内から外に出ると少し寂しい気もする。
けれど、
「……活動を止めろって言われなくて良かったですね、ミーナさん」
「なによ、リリ。いつになく前向きじゃない」
「そういうわけじゃないですけど……。私はだいだい最悪の状況からスタートするので、少しでも良い事があったら嬉しいなって」
「そうだね。リリちゃんの言う通りだよ。わたしたちはなにも損してないんだから、これからまた頑張ろ?」
リリの小さな身体を抱きしめながらミーナが微笑むと、ラファエラも「そうね」と眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
「じゃ、アトリエに帰りましょうか」
「さんせーい」
三人は連れ立って歩きだし、
「失礼。ミーナさんとそのお仲間とお見受けいたします。皆様に折り入ってお願いがあるのですが、少々お時間を頂けないでしょうか」
スーツ姿の怪しい女性に声をかけられた。
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