やっぱりもうちょっと露出すればよかったかな

 楽しい。

 見られる喜びが胸いっぱいに溢れている。

 安物の短剣と、リリが今のスキルで限界まで頑張った衣装。上には上がいるし、ダンスだって拙いにも程があるけれど、スカートを翻しながら一生懸命に披露する剣舞は(リアルでは)大人しい少女にとって一世一代の晴れ姿と言ってもいいものだった。

 この胸の高鳴りは決して特別なものじゃない。

 芸能人だって人前に立つのが楽しいからやっているはず。人前で「自分」を表現するのは楽しいことなのだ。


「……やっぱりもうちょっと露出すればよかったかな」


 見られることに性的興奮を覚えるのが普通かはともかく。


「ふう……っ」


 ミーナは一時間──リアルでは三十分ほど踊ったところで動きを止めた。

 フィールドにいる時や戦闘している時以外、今のような街中では動きっぱなしでも(ゲーム的な)疲労は発生しない。ただ、次にどう動くか考えっぱなしで精神的にはだいぶ疲れた。

 激しい運動をした結果として身体には汗が浮いている。何気なくそれを拭いながら息を吐くと、ギャラリーから拍手が贈られた。

 人数が十人近くに増えている。


「ありがとうございますっ」


 ぺこり、と頭を下げる。

 すると一人が声をかけてきて、


「最近街をよく歩いている子だよね。ダンサー志望なの?」

「いえ、わたしは──」


 なんと答えたらいいのだろう。

 「魅力特化です」だと単にステータスを答えているだけだし「お洒落が好きです」もゲーム的な役割の話ではない。

 一応前衛ということになったし、戦舞踏バトルダンスを鍛えているわけだからダンサーで合っているような気もするのだが。


「わたしは……なんなんでしょう?」


 笑って誤魔化すと一同の間に妙な沈黙が下りた。


「あーっと、そうだ。名前はなんていうの?」

「ミーナです。また街のどこかで踊るかもしれないので、見かけたら応援してください」

「ミーナちゃんか」

「ダンサーっていうかアイドル志望的な感じなのかな」


 アイドル。

 偶像の名を冠するその職業は雲の上の存在。名乗って良いのは選ばれた者だけだと思っていたのだけれど、


「いいですね、アイドル。わたしでもなれますか?」


 今まで思いつかなかったのが不思議なくらいだ。たぶん、小さい頃は裸になることに夢中だったせいだ。視線を集めることが楽しいのだともっと早く気づいていたら「わたし、アイドルになる!」と宣言して両親と兄を困らせていただろう。

 それとも意外と母は応援してくれたりしただろうか。


「なれるんじゃない?」

「そうそう。目指す分には誰でもできるし」


 リアルでも地下アイドルと言ってあんまり知られていない子達がいっぱいいるらしい。

 この『UEO』の中でなら猶更自由。画家も職人も踊り子ダンサー吟遊詩人バードも当人たちが名乗ったり周りからそう呼ばれているだけなので、ミーナが「アイドル志望です!」と名乗ればそれでOKだ。


「じゃあ、わたし、アイドル志望ってことにします」


 おお、と歓声が上がり、何人かが「応援するよ」と言ってくれた。


「ありがとうございます、嬉しいです」

「ねえミーナちゃん。おひねりとか贈っていい?」

「スパチャ機能とかあったっけ?」

「直接投げればよくね?」


 ちゃりんちゃりん、とコインが飛んできてミーナの懐に吸い込まれていく。お小遣い程度ではあるものの増加していく所持金を見て「いいんですか?」と目が丸くなった。


「いいのいいの。楽しませてもらったお礼」

「芸術系はこういう時に稼がないと辛いでしょ」


 みんな返されるのを望んでいないようだったので、もう一度「ありがとうございます!」と深く頭を下げた。

 散開していくギャラリーと入れ替わるようにして、隠れていたラファエラとリリが合流してくる。


「お疲れ様でした、ミーナさん」

「ありがとう、リリちゃん。楽しかったあ」


 リリは素直に労ってくれ、それから「衣装の改良点が見つかりました……!」と新たな意欲を湧き上がらせていた。

 ラファエラはというと、小さくなったギャラリーの背中を見つめながら一言。


「なんか格好いいこと言ってたけど、あいつらのうち何人かはあんたの胸見てエロいこと考えてたわよ、絶対」

「そんなこと言ったらいい雰囲気が台無しだよ!?」


 三人がアトリエに戻ったあたりでミーナに経験値が入った。




    ◇    ◇    ◇




「そろそろ夏休みだけど、二人もログインできそう?」


 ラファエラのベッドに寝転んでファッション誌を読んでいたミーナがふと質問すると、作業していた二人が同時に顔を上げた。


「普通にログインするけど?」

「私もです」

「そっか。じゃあわたしもなるべくログインしようかな」

「学校の友達とかと遊ばなくていいの?」

「うん。だからなるべく」


 遊ぶにしても予定を合わせないといけないし、何よりお金がいる。


「リアルもこっちみたいに稼げたらいいのにね」

「こっちで金に困ってるのに向こうでまでバイトしたくないわよ」

「……普通、逆じゃないでしょうか?」

「MMOにハマりすぎるとリアルでも『学校行く途中でモンスター倒せば昼食代は稼げるな……』とか考えるようになるらしいわよ」

「なにそれこわい」


 そこまでハマらないよう気を付けよう……とミーナは固く心に誓った。


「夏休みに入ったらまずは宿題を片付けないとね」

「あんた本当そういうところ真面目よね。私としてはアトリエここにいてくれた方が捗るからいいけど」

「宿題やりながらモデルもするから大丈夫だよ」


 下着姿で学校の宿題に耽るJK。なかなかフェティッシュな光景だが、家の中なら普通と言えば普通だ。……それを描いた絵が流通するのを考えなければ。


「宿題以外はいつも通りですか?」

「うん。街を散歩したり、ダンスの練習したり、狩りに行ったり。あ、歌の練習もしたい」

「アイドルとか言われてその気になってるわね」

「ラファエラだって『未来の天才画家』とか自分で名乗ってたじゃない」


 アイドルと言えば歌とダンスである。踊りながら歌えばいっぺんにスキルを鍛えられるし、やっておいて損はない。

 お小遣いをもらえるという邪な考えも少しはあるけれど。


「わたし一人でもウサギ相手ならそろそろ大丈夫そうだし」

「なんだかんだレベル上がりまくってるもんね、あんた」

「ラファエラとリリちゃんのおかげだよ」


 実際、ミーナのレベルアップはラファエラたちよりも速い。

 『UEO』の売りの一つはタイトルからもわかる通り、特殊な経験値獲得方法だ。これを上手く使った者が上に行くシステムであるのはトッププレイヤー・エリーゼを見ても間違いない。

 ラファエラたちの条件が「絵を描く」「服を作る」という時間のかかる行動を経ないといけないのに対し、ミーナの条件はそのあたりが緩い。

 おかげでステータスもかなり伸び、戦闘能力も地味に上がった。もちろんまだまだ狼さんには勝てないが。


「いいんじゃない。その調子でどんどん可愛くなって私の絵に貢献しなさい」

「ミーナさん。一日に一回は採寸しましょうね……!」

「二人とも、これからも仲良くしてね」


 その後、ミーナ──美奈は無事に一学期の終業式を迎えた。

 友達とも遊ぶ約束をしたものの大部分の日はオフである。

 ちなみに友達にも『UEO』を薦めてみたものの、みんな乗り気にはならなかった。ゲーム自体は「面白そう」と言ってくれるものの「パソコンの他に五万円くらいかかる」と聞いた途端に「やっぱ無理」である。

 楽しいのに。

 と言いつつ、ミーナもゲームの解放感に惹かれなかったらプレイしたか怪しいのだけれど。


「ゲームの中で露出してます、なんて説明しづらいし、ちょうど良かったのかな……?」


 高校生になったのに彼氏を作ろうとしないことを母親に心配され、父親には喜ばれながら、ミーナはゲーム内でせっせと宿題を終わらせた。




    ◇    ◇    ◇




 『UEO』外・某大規模掲示板にて。


『速報。最近神聖王都でよく見かけるピンク髪の美少女は「ミーナ」ちゃん。なんでもアイドル志望とのこと』

『白いワンピースとか制服とか着て歩いてる子か。スクショスレにもよく画像が上がってるよな』

『あの巨乳でノーブラノーパンの子な』

『待て、ノーブラは有志の検証によってほぼ証明されたがノーパンの方は確定してないぞ

 ほとんど紐みたいなのを穿いているかもしれん』

『どっちにしてもエロいじゃねーか!』


『スクショスレ見てきた。ひょっとしてこの娘、最近オクに出品されてるヌード絵のモデルじゃね?』

『なんだそれ詳しく』

『掘り出し物の画像がないかたまに絵のオークションとかチェックするんだが、最近、ある絵師が同じモデルで絵を出品し続けてるんだよ

 売れたのか見かけない時もあるけど見かけたときは毎回構図が違うからたぶん日常的にモデルを頼んでる

 俺も一枚買った』

『画像はよ』

『俺が金出して買ったものをタダで貼るの損した気分になるだろ

 全部は嫌だからトリミングした画像だけな』


 -中略-


『絵じゃねーか』

『絵だって言っただろ』

『絵(画)じゃんて話なんだろうがわかりづらいなww』

『まあ同一人物なのは確定だな

 つまりその絵師は日常的にナマでこの娘の裸を見ていると……?』

『裏山C』

『さすがに女同士じゃね』

『同性の裸を毎日描き続ける女の子絵師……?』

『中身はおっさんなんだろ』

『お前男の描いたエロ漫画は使い物にならない派かよ』


『>>1ってまだいる?

 ミーナちゃんってダンスとか上手いの?』

『いや、ぶっちゃけダンスは一般人が好きでやってるレベル

 それが可愛い』

『わかる』

『ガチアイドルのパフォーマンスならテレビ見りゃいいからな』

『今から応援すればアイドル志望の素人を育成する気分が味わえる……ってコト?』

『お得だな』


『これからも街でゲリラ的に踊ったりするらしいから見かけたら応援してやってくれ

 一生懸命なのは見てて伝わるし衣装もけっこう可愛い

 あと動くたびに胸が揺れる』

『おい最後が重要だろあと三行くらいかけて詳細に描写しろ!』

『でかい

 やわらかそう

 ぜったいいいにおい』

『なんで動画撮らなかったんだよお前』

『スクショと違って専用アイテムが要るだろあれ

 あと付け加えるならお辞儀して前かがみになった時が最高だった』

『俺拠点神聖王都に移すわ』

『俺も』

『お前ら甘いな。俺なんか一週間は前からミーナちゃんを探して街ブラしてるぜ』

『怪しい男が街をきょろきょろしながら歩いてました……って通報しようぜ』

『通報とかひどくね?』


『優しい笑顔のスクショが多いのもいいよな。

 エリーゼは可愛いけどメスガキだし』

『メスガキだしな』

『メスガキだからな……』

『一部のドM以外は可愛いから許してるだけだからなアレ

 他に推せる女子がいるならそっち推すわ』

『エリーゼは実力で話題取れるから可愛さはミーナちゃんがトップとっていいぞ』

『変なスレ立てんなと思ったらなかなかの良スレ

 このまま専スレにしていいんじゃね?』

『1000も行くか? ……行くかもな』

『そこはミーナちゃんの頑張り次第よ』

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